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世界の断頭(仮)  作者: でいおん
第三章 獣
15/24

寝ぐら

ギルドを出て、街路を歩き出す。


灰色の空の下、石畳の道はどこか湿った匂いを帯びていた。


その時、不意に記憶が蘇る。


——鬼子の少女の声だ。


まだ修行を始めて間もない頃。

薄暗い森の中、焚き火の揺れる火を挟んで彼女は淡々と話していた。


「盗賊はな、領域ごとに拠点を作る」


枝で地面に線を引きながら少女は続けた。


「拠点の種類は様々だ。廃城、洞窟、村、森、平原、川、湖……」


少しだけ考える仕草をしてから、肩をすくめる。


「言い出せばキリがない。あいつらは、まるでゴブリンみたいに巣を作る」


枝先が円を描く。


「実際、ゴブリンの巣を襲撃して、そのまま寝ぐらにすることもある」


焚き火がぱちりと弾けた。


橙の光に照らされた少女の瞳は、静かにこちらを見ていた。


「だからこそ、ダンジョン戦ではどんな状況でも適切に動け」


「盗賊の拠点は……中々手強い」


彼女は少しだけ視線を落とす。


「そもそも拠点ってのは、守るために作るものだ」


「守るために最善を尽くしている場所」


「そう考えれば、強いのは当然だろ」


言葉は短いが、重かった。


少女は枝を折り、今度は地面に小さな印をいくつも刻み始めた。


「今から盗賊のトラップを全部覚えていってもらう」


淡々とした口調。


だがその目は、試すように鋭い。


「難しいものもある。でも気にするな」


「いずれ実戦で嫌でも身につく」


そして、ふと付け加える。


「ちなみに洞穴を爆弾で吹き飛ばすとかは考えるな」


焚き火の光の向こうで、少女は少しだけ笑った。


「そんな単純なこと、盗賊が対策してないと思うか?」


記憶はそこで途切れる。


街路の風が頬をかすめた。


盗賊の拠点。


洞窟。


今回の依頼書に書かれていた場所と、ぴたりと重なる。


自然と足は街の外へ向かっていた。


街を離れ、しばらく歩くと森の匂いが濃くなる。


洞窟へ向かう道すがら、また鬼子の少女の言葉を思い出していた。


――洞窟を寝ぐらにしている盗賊は、必ず印を残す。


それが盗賊同士の目印になるからだ。


少女は地面に枝で印を描きながら説明していた。


日本語で言えば「※」に似た形の刻印。

洞窟の近くの木や岩に刻まれていることが多いらしい。


「これに気づかず、ただのダンジョンだと思って入る冒険者は多い」


「そして、そのまま狩られる」


少女は淡々と言っていた。


「※」が一つ。

それは盗賊団の拠点。賊長がいる証。


二つの場合。

二つの盗賊勢力が合流している状態。


「部下は三十人前後。賊長は二人」


「洞窟の内部も拡張されている可能性が高い」


三つ刻まれていた場合。


「四十五人前後。正面から行けばまず死ぬ」


少女はそう言い切っていた。


だからこそ――


盗賊の罠を理解し、逆に利用する。


それが生き残るための戦い方だと。


森の奥へ進み、目的の洞窟へ近づく。


ふと、洞窟の手前に立つ一本の木が目に入った。


幹に刻まれた傷。


近づき、静かに触れる。


そこには確かに刻まれていた。


「※」


しかも――二つ。


三十人の盗賊。


賊長が二人。


小さく息を吐く。


「……少し厄介だな」


だが、リスクがあることは最初からわかっていた。


ここで引き返す理由にはならない。


まずは状況確認だ。


洞窟の入り口を遠くから観察する。


見張りの位置。

出入りの気配。

地形。

逃げ道。


それらを頭に叩き込んでから、任務を開始する。


盗賊の寝ぐらは、ほとんどの場合――

ハタオリドリの巣のような構造をしている。


つまり、簡単には入れない。


自分たちが生活する空間と、侵入者を殺すための空間を明確に分けているのだ。


多くの場合、侵入者が最初に入るのは罠の空間だ。


そこは一見すると、あまりにも入りやすい。

だからこそ油断を誘う。


床の石を踏めば毒矢が飛ぶ。

足を進めれば剣山が跳ね上がる。

あるいは、岩陰や壁の影に潜んだ用心棒の盗賊が待っている。


そして本当の寝ぐらは、そこからさらに奥。


一工夫しなければ辿り着けない場所に作られている。


盗賊団の構成も、ある程度決まっている。


拠点を持つ盗賊団であれば――


入口付近に構える用心棒兼盗賊が四人。

外回りや見回りを行う盗賊が六人。

商売や取引を担当する盗賊が二人。

炊事係が一人。

そして宝や人攫いの見張りが二人。


それに賊長を加えて、およそ十五人。


だが今回の印は「※」が二つ。


単純計算で三十人。


厄介なのはもちろん、前線に立つ用心棒の盗賊だ。

純粋な腕力で押してくる連中は厄介だが――


それ以上に危険なのが、人質の見張り役だ。


もしこの盗賊団が人攫いを行っている集団だった場合、

戦闘が始まった瞬間に人質を盾にして逃げ出す。


そうなれば討伐は一気に難しくなる。


だから最初に狙うべきは――


見張り役。


そして洞窟内で比較的安全な罠の空間を見つけ出すこと。


罠はすべて解除、あるいは使用不能にする必要がある。

手間はかかるが、その価値はある。


なぜなら盗賊の掟として――

罠の空間には基本的に入らないからだ。


自分たちが仕掛けた罠に巻き込まれるのを避けるためだ。


ならばそこを拠点にすればいい。


罠を無効化した罠部屋。

そこは盗賊にとって死角になる。


あとは――

どうやって居住区へ侵入するか。


洞窟の入口を、岩陰から覗く。


人の気配はない。


しかし奥の方に、ぼんやりと人影が見えた。


四人。


盗賊だ。


会話をしている様子はない。


しばらくすると、四人はそのまま洞窟の奥へ歩いていった。


通路を進んでいく。


……はずだった。


だが。


途中で、姿が消えた。


思わず目を細める。


消えた?


いや――違う。


確かめるため、少しだけ入口に近づく。


リスクはあるが、情報の価値の方が高い。


足音を消しながら距離を詰める。


そして見えた。


盗賊たちは消えたわけではない。


跳んだのだ。


洞窟の入口から続く暗い通路。

その中央付近に――


普通に歩いていれば気づかない段差。


奥へ進むためには、

後ろへ跳びながら渡る必要がある道があった。


侵入者は気づかず落ちる。

だが盗賊は知っている。


単純だが、非常に効果的な仕掛けだ。


思わず小さく息を吐く。


「……なるほど」


これは、かなり有力な情報だ。


これは間違いなく――

用心棒が潜む仕掛けだ。


落ちた先。

そこに待ち構えている。


侵入者は段差に気付かず落下し、態勢を崩す。

そこへ用心棒が襲いかかる。


単純だが、非常に理にかなった罠だった。


もし攻めるなら、まず狙うのは用心棒だ。


奴らは腕が立つ。

だからこそ賊長も全幅の信頼を置いている。


そして都合のいいことに、盗賊という連中は――

仲間同士でさえ信用していない。


誰がどこで何をしているのか。

互いに深く干渉しない。


その性質のせいで、情報の伝達は驚くほど遅い。


つまり――


仮に用心棒を始末できたとしても、

それが仲間に知られるまでには時間がかかる。


その隙が生まれる。


用心棒を排除したあと、正規ルートへ戻る。

そこから洞窟の奥へ進む。


だが油断はできない。


正規ルートの途中にも、まだ罠部屋がある可能性が高い。


見つけ次第、すぐに調査。

罠の構造を確認し、解除するか使用不能にする。


そして罠部屋を確保したうえで、

居住区へ侵入して撃破。


流れとしては単純だ。


だが――


少しでも気を抜けば、難易度は一気に跳ね上がる。


今回は「※」が二つ。

つまり盗賊団が二つ合流している拠点だ。


三十人規模。


罠だけでは済まない可能性もある。

洞窟内部が複数の居住区に分かれていることも考えられる。


そうなれば、戦いは長引く。


焦る必要はない。


岩陰から洞窟をもう一度見つめる。


今すぐ動くのは得策ではない。


「……まずは様子を見るか」


一旦、この周辺で野営する。


二日か、三日。

見つからない距離を保ちながら、

奴らの行動パターンを観察する。


巡回の時間。

出入りする人数。

食事の時間。

見張りの癖。


そういった小さな情報が、

いずれ命を左右する。


焦らず、確実に。


盗賊を狩るための準備を整える。


......


二日間、洞窟から距離を取りながら観察を続けた。


その結果、いくつか分かったことがある。


そしてその内容は――

半ば絶望的と言ってもいいものだった。


盗賊の人数。


出入りする数、巡回の交代、物資の運び込み。

それらを総合して考えると、洞窟にいる盗賊の数は――


四十は確実に超えている。


二つの盗賊団が合流していると考えれば、辻褄は合う。

だがそれでも、当初の想定より多い。


そして、もう一つ。


洞窟へ運び込まれている物資だ。


荷馬車で運ばれてくるのは、金品や武具、そして食料。

盗賊の寝ぐらとしては、よくある光景だ。


だが――


食料の量が不自然だった。


四十人規模の盗賊が消費する量として考えても、

明らかに多すぎる。


干し肉。穀物。酒樽。

そして鹿や猪に至るまで。


それらが、何度も、何度も運び込まれている。


まるで――


盗賊以外の何かを養っているかのように。


岩陰から洞窟の入り口を見つめながら、思考する。


これは確実に何かいる。


盗賊だけではない。


別の存在。


魔物か。

それとも魔獣か。


あるいは――

それ以上に厄介な何か。


まだ、確定できる情報は足りない。


だが一つだけ言えることがある。


この洞窟は、

ただの盗賊の寝ぐらではない。


何かが、ここにいる。


ここまで二日間観察した盗賊たちの行動パターンから判断すると、襲撃するなら明け方が最も適している。


夜通し騒いでいた連中がようやく眠りにつく時間帯。

逆に、夜の巡回を終えた盗賊が疲れ切った顔で洞窟へ戻ってくる姿も何度も見た。


実際に、寝起きのまま外に出てくる盗賊もいる。

警戒が最も薄くなる時間帯――それが明け方だった。


つまり、狙うならそこしかない。


岩陰に身を潜めながら、静かに息を吐く。


最後に装備を確認する。


腰の銀の斧。

ベルトの投げ斧。

予備の斧。

指にはめた魔石の指輪。


赤の指輪――緋色の弾丸も、指先でそっと触れて確かめる。

問題はない。


旧貨幣の布袋。

ポーション。

スタミナポーション。


どれも揃っている。


夜の森は静かだった。

虫の音と、遠くの風の音だけが耳に届く。


その静けさの中で、じっと時を待つ。


焦る必要はない。

焦れば、それだけ死に近づく。


呼吸を整え、目を閉じる。


そして、ゆっくりと開く。


空が白み始めるその瞬間まで――

ただ、待つ。

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