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世界の断頭(仮)  作者: でいおん
第三章 獣
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新たな任務

日課。


朝、何もなければ必ず行う行動。


鬼子の少女に言われた言葉を思い出す。


――呼吸をするように行え。


それは、武器点検だ。


机の上に一つずつ並べていく。


まずは銀の斧。


刃を光にかざし、角度を変え、指で縁をなぞる。


欠けなし。歪みなし。血脂の残りもなし。


次に投げ斧。


小ぶりで扱いやすいが――


刃の根元に、わずかなひび割れ。


爪で叩き、音を聞く。


まだ使える。


だが、次の任務前には修理が必要だ。


三本目。


鍛冶師にもらった斧。

相変わらず謎な形をしている。


やはり軽い。


まだ未使用。


刃は鈍くも鋭くもない、静かな光を放っている。


手に持った感触だけ確かめ、そっと戻す。


魔石が埋め込まれた四つの指輪。


一つずつ回し、石の濁りや亀裂を確認する。


特に使用した赤の指輪。


魔力の流れをわずかに通す。


反応は正常。暴発の兆候なし。

残り三つも異常なし。


旧貨幣の入った布袋。


紐をほどき、中身を軽く揺らす。

問題なし。


最後にポーション類。

討伐報告の日に買い揃えたばかりだ。


封は固い。

液体の濁りも沈殿もない。

一通り確認を終え、深く息を吐く。


呼吸と同じ。


生きている限り、繰り返す。


装備を一つずつ身につけ直す。


銀の斧を背へ。

投げ斧を腰に。

指輪を指へ通し、魔石の冷たさを確かめる。


すべてが定位置に収まると、ようやく身体が“自分”になる。


宿を出る。


街は相変わらず静かだ。


朝だというのに活気は薄い。

人通りはまばらで、石畳に響く自分の足音だけがやけに大きく感じる。


鍛冶屋へ向かう。


煤で黒ずんだ看板。

煙突からは細い煙が上がっているが、客の姿はない。


店内に入ると、鉄と油の匂いが鼻を刺す。


カウンターの奥で、ドワーフの店主が椅子に腰かけたまま、大きなあくびを垂らしていた。


「……帰ってきたか」


眠そうな目がこちらを見る。


「それで、どうだった?」


どうだった。


一瞬、意味を測りかねる。


討伐のことか――いや、違う。


視線が、こちらの腰へ落ちる。


柄のない投げ斧。


ああ、それか。


「あれは……」


少し言葉を選ぶ。


「まだ使い慣れていない。何度か試したい」


正直にそう告げる。


ドワーフは片眉を上げる。


「ほぉ?」


「裏に空き地がある。そこで試せ」


ドワーフは顎で奥を指す。


「あそこは俺の土地だ。どう使ってくれても構わん」


ニヤリと笑う。


「工房や店を焼かれない限りはな。何を使おうが文句は言わん」


そう言って、重い足取りで店の奥へと歩き出す。


軋む扉を抜けると、裏手に出た。


空き地――というより、明らかに試し切り専用に整えられた場所だった。


地面は踏み固められ、砂利と土が均等に敷かれている。


奥には、大きな原木で組まれた人型のハリボテ。


何度も斬られた跡が刻まれ、胴体は削れ、腕は何本か新しい木材に替えられている。


他にも、丸太を束ねた的や、吊るされた鉄板。


試し切りにもってこいの環境だ。


「もし何か調整してほしいことがあれば、また呼べ」


ドワーフは腕を組む。


「重心、刃の角度、柄の長さ。直してやる」


短く言い放つ。


「わかった。助かる」


それだけ返す。


ドワーフは満足そうに鼻を鳴らし、ゆっくりと工房へ戻っていった。


裏庭には、自分と木偶だけが残る。


静かな空間。


試すには、十分だ。


ベルトから、柄のない斧を瞬時に引き抜く。


掌に乗せた瞬間、違和感が走る。


馴染まない。


初めて触れる重心。


確かに軽い。

だが軽さは扱いやすさとは違う。


刃の向き、指の掛かり、放る角度。

ほんの僅かな誤差が、そのまま軌道になる。


狙いを定める。


木偶の胸――心臓。


踏み込み、放つ。


一投目。


斧は回転し、乾いた音と共に木に食い込む。


だが位置は肩。


浅い。


「……」


視線だけで軌道をなぞる。


二投目。


今度は回転が足りない。


弾かれ、地面に落ちる。


三投目。


刺さるが、狙いは外れる。


意外と難儀だ。


銀の斧のように、身体の延長にはならない。


だが――


焦らない。


朝の日課と同じだ。


呼吸。


構える。


投げる。


拾う。


また構える。


呼吸をするように、持ち、投げる。


その繰り返し。


無言の裏庭に、木に刺さる音だけが積み重なっていく。


反復を重ねるたびに、斧の軌道は少しずつ安定していった。


最初は肩に逸れていた刃も、次第に胸へ、首へと吸い寄せられるように刺さっていく。


だが、何度も投げるうちに一つの答えに辿り着く。


軽すぎる。


投擲用の斧は、もともとハンドアクスより軽く作られている。

それは知っている。


だが、この斧はそれにしても軽すぎる。


軽さは扱いやすさを生むが、同時に殺傷力を削る。

今の重さでは、急所を外した瞬間に威力が落ちる。


もう少しだけ重くするべきだ。


わずかな重量。

そして、指が掛かりやすい形状。


それだけで軌道も威力も安定する。


そう判断し、一度斧を回収すると、そのまま鍛冶屋の店内へ戻った。


店に入ると、ドワーフの店主は相変わらず椅子に腰掛けたまま、暇そうに顎髭を撫でている。


事情を話し、斧の重みを足すことと、手で持つ部分を投げやすい形状に加工できないか提案した。


店主は斧を受け取り、刃と重心をしばらく見つめる。


やがて鼻を鳴らしながら頷いた。


「なるほどな。確かに軽すぎる。

 少し芯を仕込めばいい感じになるだろう」


そう言うと斧を作業台に置き、


「だがすぐには無理だ。二、三日はかかる。

 また来い」


それだけ言った。


「わかった」


短く返し、鍛冶屋を後にする。


その足で向かったのはギルドだった。


扉を開けると、いつもの落ち着いた空気が広がる。


まっすぐ掲示板へ向かう。


今日も探すのは――盗賊狩りの依頼。


もっとも、探すと言っても難しいことではない。


掲示板の大半が盗賊討伐の依頼で埋まっているからだ。


その中で、一枚の依頼書に目が止まる。


紙が日焼けしている。


他の依頼よりも、明らかに古い。


手に取り、日付を見る。


五ヶ月前。


依頼内容は単純だった。


十五名で構成される盗賊団の討伐。

さらに、その盗賊たちの寝ぐらとなっている洞穴の破壊。


報酬――銀貨五枚。


少ない。


だが問題ではない。


目的は金ではない。


盗賊。


それを滅ぼすこと。


それだけだ。


依頼書を手にしたまま受付カウンターへ向かう。


昨日と同じ受付嬢の前に立ち、紙を差し出した。


受付カウンターに依頼書を差し出すと、受付嬢はそれを見て小さく微笑んだ。


「こんにちは。今日も盗賊ですね」


そう言いながら、慣れた手つきで書類仕事を始める。


だが、ふと依頼書の日付に目を落とすと、少しだけ眉を寄せた。


「……ただこれ、五ヶ月前の依頼でして。一度、依頼情報を確認してからお伝えしてもよろしいですか?」


「構わない。どれくらいかかる?」


「このあとすぐ調べますので、その場でお待ちください」


そう言って受付嬢は一礼し、席を立つと奥の書類棚の方へ消えていった。


静かな時間が流れる。


だが、それほど待つこともなかった。


ほどなくして受付嬢は戻ってきた。


「お待たせしました。確認できました。依頼自体は問題ありません」


書類を整えながら、続ける。


「ただ……五ヶ月経っていますので、盗賊の寝ぐらの状況が変わっている可能性があります。任務の際は十分お気をつけください」


そして周囲を軽く見渡した。


ギルド内に人はいない。


それを確認すると、彼女は少しだけ身を乗り出し、小さな声で耳元に囁いた。


「……前みたいに、“剛腕”のような者がいる可能性もありますので」


その言葉に、わずかに頷く。


「了解だ。任務を受諾する」


受付嬢は静かに頷き、書類にサインを入れた。


「はい。これで正式に受諾となります」


依頼書を返そうとして、ふと手を止める。


そして、さっきまでの事務的な表情とは違う顔をした。


少しだけ、不安そうな顔。


「……絶対に帰ってきてくださいね」


それは業務の言葉ではない。


心からの言葉だった。


その言葉を聞き、短く頷く。


それ以上の言葉は必要なかった。


そのまま背を向け、ギルドの扉を押して外へ出た。

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