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世界の断頭(仮)  作者: でいおん
第三章 獣
12/24

報告

翌朝。


――いや、朝と言っていいのかも分からない。


窓の外には、低く垂れ込めた灰色の雲。

陽の光はほとんど差さず、世界は薄暗いまま沈んでいる。


目を覚ました瞬間、全身に残る鈍い重さで思い出す。


昨日は戻って、そのまま倒れ込むように眠ったのだと。


夢は見なかった。


いや、覚えていないだけかもしれない。


ゆっくりと上体を起こす。

骨が軋むような感覚。だが動ける。


緋色の弾丸の反動も、棍棒の打撃も、ポーションのおかげで表面上は収まっている。

それでも奥に残る疲労は消えない。


腹が鳴った。


静かな部屋にやけに大きく響く。


階下へ降りる。


宿屋の一階は、昨夜の喧騒とは打って変わって静かだった。

数人の冒険者が眠たげな顔で椅子に腰かけ、湯気の立つスープをすすっている。


主人公は余計なものは頼まない。


黒パンと薄いスープ、少量の干し肉。


簡単に済ませる。


味は覚えていない。

ただ栄養を流し込む作業。


食事を終えると、立ち上がる。


装備はそのまま。


銀のアクスを腰に。

投げ斧を固定。

赤のリングは静かに沈黙している。


一瞬だけ、自分の手を見る。


震えはない。


そのまま宿を出て、石畳を踏みしめる。


灰色の空の下、ギルドへ向かう。


任務完遂の報告をするために。


外へ出ると、灰色の雲が垂れ込めているにもかかわらず、意外なほど明るかった。

青空が見えない分、空気は重たい。それでも反射する光が石畳を白く照らし、わずかに目を細める。


この街の朝は、いつもこうなのだろうか。


活気は薄い。

人の往来はあるが、どこか沈んでいる。


市場の前を通る。


並ぶのは、色の抜けた野菜や、斑に汚れた果実。

魔王戦争の影響で土壌が荒れ、まともな作物は滅多に育たないと聞いた。


薄暗く、劣化した屋台の列。


客足が遠のくのも無理はない。


視線を逸らし、ギルドへ向かう。


重厚な扉を押し開けると、外界とは別の空気が流れていた。

落ち着いた静けさ。木と紙とインクの匂い。


だが今日は、人の集まり方が違う。


掲示板の前に、数人が固まっている。


内容は見えないが、ひそひそと声が漏れる。


「“剛腕の盗賊”を討伐したの誰だ?」


「あの剛腕だぞ? 物理なんて碌に効かないって話だろ」


「腕も立つやつだったらしいぞ」


「あのガマガエル面の外道が消えたのは助かるけどな」


「ただ、上位ランカーが潰れたら報復が怖い……」


「このギルドの人間じゃないといいが」


喜びと、怯えが混じる。


主人公は足を止めない。


――正直に話さない方がいいか。


思考を一瞬巡らせ、受付へ向かう。


昨日の受付嬢が、こちらに気づき微笑んだ。


「おかえりなさいませ。戻られて何よりです。昨日来られた時の傷も、もう大丈夫そうですね」


昨夜、装備点検の合間に摂取したハイポーションのおかげだ。


「すまない。助かった」


自然と口から出た言葉に、受付嬢がわずかに目を見開く。

それでもすぐに、業務の顔に戻った。


「今回の討伐任務、改めてお疲れ様でした。報告の際は、こちらの翡翠石に手を置いてください。倒した人数や個体数を計測できます」


カウンターの上に置かれた淡い緑の石。


「討伐方法までは分かりませんが、単独か協力か程度は識別されます。……嘘だけはつけない仕組みですので」


剛腕の盗賊。


その名が、内部表示に出るはずだ。


一瞬、躊躇する。


だが動揺は見せない。


ポーカーフェイスのまま、翡翠石に手を置く。


石がわずかに光る。


受付嬢の前にだけ見える魔法モニター。

視線が流れる。


だが、彼女は動じない。


事務的に確認を進める。


やがて、静かに頷いた。


「では、今回の報酬です。銀貨一枚になります」


銀貨が差し出される。


想像より、軽い。


討伐方法について問われるかと思ったが、何もない。


受付嬢は軽く頭を下げ、「失礼します、ただもしよければギルド内でお待ちください」と言い残しと席を外す。


そのまま奥へ。小さな別室。


扉の上には、この世界の文字で――

《ギルドマスター》

おそらく、剛腕の件で報告に行ったのだろう。


数分後。


受付嬢が戻ってきた。


「申し訳ありません。こちらへ……ギルドの外に出て、裏口からお入りください」


裏口?


わずかに眉を動かすが、何も言わず頷く。


言われた通り、ギルド横の脇道へ回る。

石壁に挟まれた細い通路は昼でも薄暗い。湿った空気がこもっている。


奥に、目立たぬ木の扉。


周囲を確認し、そのまま中へ入る。


そこは、受付窓口の“内側”だった。


カウンターの裏手。

帳簿や魔道具が並ぶ事務空間。


冒険者からは一切見えない、完全な死角。


なるほど、と内心だけで呟く。


さらに奥。


目の前の木扉を押し開けると、空気が変わった。


応接間。


王朝に置かれていそうな重厚な木製の低机。

深紅のソファ。


壁には、竜と戦士が激突する劇画が豪奢な額縁とともに飾られている。


スコンスから伸びる蝋燭の炎が、ゆらりと揺れる。

火が瞬くたび、部屋の陰影が形を変える。


静かだが、どこか圧のある空間。


部屋の奥には、異様な存在感を放つ巨大なランスと盾が立てかけられていた。


禍々しいほど大きい。


まるで――

かつてこの部屋の主も名のある冒険者だった、と主張するかのように。


視線を巡らせている、その時。


自身が入ってきた側とは別の、大きな扉が開く。


重厚な音。


そこに立っていたのは――


二メートルを優に超える、筋肉質の男。


整えられた髭。

威圧感のある体躯。

だが身に纏うのは、品のあるドレスコード。


背後には、先ほどの受付嬢。


書類を抱え、静かに控えている。


空気が、わずかに張り詰めた。


筋肉質の男は、低く響く声で言った。


「お前が剛腕をやった新人か?」


確かに、それは自分のことだ。


翡翠石の判定から隠す術はない。

主人公は静かに頷いた。


「やはりそうだったか……お前が、ね」


男は上から下まで視線を走らせる。


装備の細部。

刃の摩耗。

革の擦れ。

手袋の縫い目。


「ほぉ……くすんでいて、あまり使えん装備の数々に見えるが……実に陰湿がましい」


口元がわずかに吊り上がる。


「持っているものはまずまず、といったところだな。……まぁこれなら剛腕を倒せても驚きはしない」


受付嬢から差し出された書類を受け取り、男は目を通す。

いくつかの項目で頷き、紙を返した。


「いや、すまんな。よければ座れ。……冒険者にしては礼儀正しいやつだ」


主人公は無言で腰を下ろす。


「申し遅れた。俺はここのギルドマスター兼、現役冒険者だ」


名乗りはしない。

それだけで十分という態度。


「今、受付嬢から“剛腕を倒した冒険者が判明した”と報告を受けてな。お前の身の安全のために、裏から入ってもらった」


腕を組む。


「いやぁ……こんな小さな街で剛腕が落ちるとは、正直驚いた」


一拍。


「お前は、不思議に思わなかったか? なぜ剛腕が倒された情報が、すぐに出回ったのか」


――確かに妙だ。


もし第三者に見られていたなら。

緋色の弾丸を目撃された可能性もある。


それは、まずい。


わずかに緊張が走る。


だがギルドマスターは続けた。


「実はな、賞金首や討伐対象の“生存確認”ができる魔道具がある。『千里眼』という翡翠石に似た代物だ。各ギルドに一つは置いてある」


部屋の奥を顎で示す。


「剛腕も登録対象だった。同業者――つまり盗賊に殺されたり、寿命で死ねば、情報は完全に消える。だが、登録冒険者に討伐された場合は違う」


指を立てる。


「千里眼で確認した際、名が“緑色に光る”仕組みだ」


なるほど。


だから早かったのか。


「ちなみに今回の剛腕……賞金首ランクとしては、ゴールド寄りのシルバーだ」


視線が鋭くなる。


「お前さん、相当の腕と見える」


だが、すぐに表情を緩めた。


「安心しろ。俺も冒険者の端くれだ。互いの手の内は明かさない。それがモットーだ。無理な詮索はしない」


重い沈黙。


「ただな。今後、“剛腕を倒した冒険者がこの国内にあるギルド所属”という話は人伝に広まる」


だからこそ、裏口。


「功労者に対しては失礼な扱いだったな」


ギルドマスターは、わずかに頭を下げた。


「改めて謝らせてほしい」


しばしの沈黙の後、彼は受付嬢からもう一枚の書類を受け取る。


「ちなみに今回の報酬だが――」


机の上に革袋が置かれる。


重い音。


「金貨一枚、銀貨八十枚、銅貨五枚」


視線をこちらへ向ける。


「剛腕に関してはな、あらゆる街や村、はたまた個人から依頼が出ていた。積み重なった結果の額だ。膨れ上がった報酬と見てくれていい」


金貨が袋の中で鈍く鳴る。


「本音を言えば、これを機にお前をカッパーではなくゴールドランクに引き上げたいところだ」


だが、と首を振る。


「それをすれば、余計に個人が特定される可能性がある。今はまだ早い。一旦見送りだ」


鋭い視線が、こちらを射抜く。


「なに、君のような冒険者であれば、ゴールドなどすぐに届くだろうさ」


軽く笑う。


「長々と話してしまったな。……何か聞きたいことはあるか?」


主人公は一拍置いてから口を開く。


「名持ちの盗賊とは、なんだ」


「それと……トップランカーの盗賊は、どれだけいる」


ギルドマスターの目が、わずかに細まる。


「ほぉ……そこを聞くか」


背もたれに身体を預ける。


「名持ち、というのはな。単なる盗賊ではない。“二つ名”が流通している者だ」


「剛腕、毒牙、影縫い……そういった呼称が自然発生的に広まり、各地の依頼書に記されるようになる」


「つまり、“実績が積み上がった犯罪者”だ」


蝋燭の火が揺れる。


「トップランカーは、国内で数えて十を少し超える程度だな」


「ゴールド級は三人。プラチナ相当が一人いる、という噂もある」


部屋の奥の巨大なランスへ一瞬視線をやる。


「連中は単なる力だけではない。資金、情報網、裏の加護。時には貴族や魔王軍残党との繋がりも持つ」


再び、見る。


「剛腕は、その入口に立ったばかりの男だ」


静かな声。


「お前は、その入口を踏み潰した」


部屋の空気が、わずかに重くなる。


「だからこそ、これからが本番だ」


「ちなみに――お前はどこまで自分がやれると思う?」


ギルドマスターの目が、試すように細められる。


「名持ちの盗賊は相当強い。今回の剛腕を“入口”とするなら……どこまで打倒できる?」


沈黙が落ちた。


剛腕に勝てたのは、緋色の弾丸を使ってこそだ。


万物を両断できる力――確かにある。

だが、まだ使っていない手札もある。


それは、相手も同じこと。


慢心は死に直結する。


だが。


盗賊への復讐を誓った、あの日から決めている。


どんな相手であろうと、自分の目が黒いうちは斬り続けると。


盗賊と名の付く者がいる限り、借りは全て断ち切る。


それが、絶対。


だからこそ、口をついて出た答えは一つだった。


「――全てだ」


空気が凍る。


蝋燭の火さえ、揺れるのを忘れたかのようだった。


数秒。


やがて。


「はは……ははははっ!」


ギルドマスターが吹き出す。


受付嬢は渋い顔をしている。いや――心配しているのだろう。


「剛腕は貪欲な男だと聞いていたが……」


豪快に笑いながら続ける。


「お前は負けないくらい貪欲だ!」


大きな手で机を叩く。


「面白い。その力、存分に震わせろ。これからも盗賊絡みの依頼は優先的に斡旋してやろう」


目が鋭くなる。


「ただし、名持ちクラスの報告は、今後もこの部屋だ」


「これはお前の名が上がる仕事ではない。名声も勲章も与えん」


わずかに口角を上げる。


「……だが、お前はそれを望んでいない顔だ」


静かな圧が部屋を満たす。


「そして覚えておけ。もしお前がくたばっても、俺は何もしない。干渉もしない」


一歩、前に出る。


「だが、口を割った瞬間――俺が首を刎ねる」


重い沈黙。


「この条件でどうだ?」


「問題ない」


短く、そう返す。


すると、横に立っていた受付嬢が小さく息を吸った。


「……ただ、一つ問題があります」


視線はギルドマスターへ向けられている。


「これはお金の流れについてです。今後、名持ちの依頼を継続してこなした場合、どこかで資金の流れから辿られる可能性があります」


淡々とした口調だが、その内容は重い。


「どこのギルドが討伐を担っているのか、いずれ気付かれるでしょう。無闇にこなせば、それだけ危険性が増します」


もっともな話だった。


盗賊の手先がどこに潜んでいるかもわからない。

情報も金も、力と同じ武器になる。


ギルドマスターは腕を組み、鼻を鳴らす。


「そこは君の腕の見せ所だろう。ギルド内で金勘定を一番取りまとめているのは君だ」


「それは少し難儀すぎます……また残業が増えてしまいます」


小さく肩を落とす。


そして、ちらりとこちらを見る。


その目が、ほんのわずかに揺れた。


だが次の瞬間、何かを決めたように頷く。


「……わかりました。打開案を練り、行動します」


一歩前へ出る。


「ただし、ギルドマスター」


その声音は、はっきりしていた。


「彼を道具のように扱うのはやめてください」


空気が張る。


「彼は一人の、この国の、この街の冒険者です」


そして、少しだけ表情を崩す。


「それと――私の給料も、ちゃんと上げてくださいね」


書類をまとめてギルドマスターへ手渡す。


豪快な男は一瞬ぽかんとした後、低く笑った。


「はは……肝の据わった受付だ」


部屋の空気が、わずかに緩む。


受付嬢は、今度は真っ直ぐこちらを見る。


先ほどまでの事務的な顔ではない。


個人的な、感情の乗った目。


「……それから」


一歩、近づく。


「絶対に、帰ってくると約束してください」


蝋燭の火が揺れる。


その問いは、契約でも義務でもない。


ただの――願いだった。

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