帰還
緋色の弾丸を使用した際の鉄則は、一つ。
証拠を残さないこと。
魔力の痕跡を完全に消すことはできない。
だが、追跡を困難にすることはできる。
主人公は盗賊の懐から奪った小袋を取り出す。
尾行破りの粉。
本来は追手を撒くための道具だが、魔力の残滓を乱す副次効果がある。
風に乗せれば、術式の流れを攪拌し、辿ることをほぼ不可能にする。
戦闘地点を中心に、半径二十五メートル。
無駄なく、均等に振りまく。
風向きを読み、足跡の流れを踏まえ、死角になりやすい木陰にも忘れず撒く。
次に――遺体。
ためらいはない。
火を放つ。
炎は感情を持たず、ただ役目を果たす。
形を失わせ、痕跡を断ち、物語を終わらせる。
骨も装備も、判別できぬほどに。
ギルドへは簡潔に報告するだけでいい。
盗賊五名を討伐。
詳細を問われた場合は――火炎系魔法で仕留めた、とでも言えばいい。
この世界ではそれが最も自然だ。
緋色の弾丸の存在は、知られてはならない。
研究の余地を与えない。
模倣を許さない。
対処法は、すべて鬼子の少女から叩き込まれたものだ。
「撃った後が本番だ」
そう言われ、何度も模擬戦でやらされた後処理。
感情を挟まず、淡々とこなす。
やがて、現場から“戦闘”という情報は消えた。
焦げた匂いだけが、森に薄く漂う。
視線は――感じない。
索敵。
魔力探知。
異常なし。
そこでようやく、身体が悲鳴を上げた。
不意打ちで受けた打撃の痛みが、遅れて押し寄せる。
こめかみが脈打ち、視界がわずかに揺れる。
よく立っていられるものだ。
内心、自分の身体の丈夫さに半ば呆れ、半ば感心する。
腰のポーチからポーションを二本。
迷わず飲み干す。
続けて、スタミナポーション。
喉を焼く感覚とともに、内側から熱が広がる。
裂けかけていた神経が、ゆっくりと繋がる感覚。
完全ではないが、動ける。
森は静かだ。
何事もなかったかのように。
ゆっくりと呼吸を整えた。
最後に、装備を確認する。
銀のアクス。
刃こぼれなし。
投げ斧は回収済み。
ベルトの固定も問題ない。
ポーション残数なし。
赤のリング――問題なし。
ひとつ、深く息を吐く。
森を歩き出す。
戦闘の緊張が切れた身体は、鉛のように重い。
一歩ごとに、足裏が地面へ沈み込む感覚がある。
枝を踏む音さえ億劫だ。
神経が擦り切れている。
視界は正常。
索敵も維持している。
だが、精神が限界に近い。
木々の隙間から、街の灯りが見えたとき、ようやく胸の奥の緊張がわずかに緩む。
門をくぐる。
もう夜中だというのに、街は明るい。
酒場から溢れる笑い声。
酔った冒険者たちの喧騒。
焼いた肉の匂いと、甘い酒の香り。
最初にこの街へ来た時も、同じ光景を見た。
あのときも思った。
自分が、あそこに混ざる未来はない、と。
今日も同じだ。
賑わいは、どこか遠い世界の出来事のように感じる。
足を止めることなく、宿屋へ向かう。
階段を上る足取りは重く、手すりに体重を預けなければ崩れそうだった。
部屋に入る。
鎧を外す気力もほとんどない。
それでも最低限だけ整え、武器を手の届く位置に置く。
ベッドへ倒れ込む。
柔らかいはずの寝具が、硬く感じる。
瞼が閉じる。
意識が沈む。
夢を見る余裕もない。
まるで――
命を一度使い切ったかのように。
主人公は、死んだように眠りについた。




