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世界の断頭(仮)  作者: でいおん
第二章 滲み
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緋色

銀の刃についた血を振り払う。


四人。


確かに、四人を切った。


思いの外、あっけなかった。

正直なところ、その事実に驚いている自分がいる。


だが高揚感はない。

勝利の余韻も、達成感もない。


ただ――無感情な殺戮者として、盗賊の脆弱さに驚いているだけだ。


昨日は囲まれていた。

四方から圧をかけられ、わずかな遅れが傷に繋がった。


だが今回は違う。


奇襲。


それだけで、ここまで結果が変わる。


森の静寂が戻る。

倒れた影はもう動かない。


おそらく、次が最後だ。


盗賊は基本的に五名以上で固まらない。

個として目立つことを避ける。

利害だけで繋がる緩い編成。だからこそ五人前後が限界だと、鬼子の少女は言っていた。


油断はしない。


だが、残る一人が取る行動はほぼ決まっている。


逃走。


それが最適解だ。

誰だってそうする。


今、半時計回りに潰してきた。

ならば位置関係からして、この先にいるはず。


視線を細める。

風向き、足跡、枝の折れ方。


盗賊は追い詰められれば、罠を使う。

落とし穴、足止め用のワイヤー、簡易爆薬。


一瞬の焦りを誘い、それで距離を稼ぐ。


だからこそ、急ぐが焦らない。


呼吸を落とし、重心を低く保つ。

銀のハンドアクスを構え、指輪の魔力を静かに巡らせる。


確実に屠るために。


迅速に。

そして慎重に。


森の奥へ、一歩踏み出した。


罠がない。


足を止め、周囲を見渡す。

落とし穴も、張られた糸も、不自然に踏み固められた地面もない。


静かすぎる。


盗賊なら、追われる側なら、何かしら仕掛ける。

それが常套だ。


――もしかしたら。


通常の盗賊ではないのかもしれない。


盗賊落ちした冒険者。

流れた騎士。

あるいは魔王軍の兵士崩れ。


可能性はいくらでもある。


だが、考え込む時間はない。

思考に沈めば、足が鈍る。


進む。


風の流れが変わる。

木々の隙間が、わずかに開けた。


その先に、立っていた。


身を隠すこともなく、ただ静かに。


フードを深く被り、杖を持つ男。

外套の裾が揺れる。


――ウィザードか。


距離を測る。

魔法の間合い。

詠唱の猶予。

こちらの投擲圏内。


男は逃げない。


戦意を失った様子もない。


むしろ――


確実に勝てると踏んでいるのか。

それとも腐っても元は冒険者側の誇りか。


フードの奥から、低い声が落ちる。


「お前、ひとりで四人を葬ったのか?」


わずかな間。


「……相当の手練れだな?」


森の空気が張り詰める。


銀のハンドアクスを、静かに握り直した。


「俺に下手な小細工は通用しないぞ?」


低く、乾いた声。


「試してもいいが……無駄だと思うぞ。」


脅しか。

それともブラフか。


――関係ない。


やるべきことは決まっている。


ここまでが、出来すぎていた。

だからこそ、こういう手合いだ。


真正面から圧をかけ、こちらの思考を鈍らせる相手。

読み合いで崩してくる相手。


その一歩先を取るために――

この三年間、鬼子の少女の下で血反吐を吐くほど修行してきた。


呼吸を消す。


茂みの向こうから、全力で投げ斧を放つ。


当てずっぽうではない。

風、距離、重心、詠唱の溜め。


確実に殺す軌道。


放った瞬間、身体を弾く。

相手の隙となる位置へ、一直線に駆ける。


斧は――


男の頬を掠め、風を裂いて背後へ抜けた。


違和感。


静寂。


――砕ける音がしない。


ギフト潰しのリングが反応したなら、あの乾いた破砕音が響くはず。


「ほぉ、斧か。」


フードの奥で、口元がわずかに歪む。


「ということは……近距離特化の冒険者、か。」


悟られた。


一瞬で距離を詰める動きも。

投擲武器が斧である意味も。


読まれた。


次の刹那。


視界の端から、別方向――


丸太で叩きつけられたような鈍い衝撃が、顔面を打ち抜いた。


骨が軋む。

視界が白く弾ける。


地面が傾く。


「手品がわかれば、拍子抜けだな。」


倒れ込みかけた視界の先。


そこにいたのは――


もう一人。


巨漢の盗賊。


いつの間にか死角に潜んでいた男が、太い木の棍棒を振り抜いていた。


森の奥で、重たい息が響く。


五人編成ではない。


最初から――六人だったのか。


「最初から六人だったとか思っているような顔つきだな。」


フードの奥で、口角が吊り上がる。


「残念だがお前の読みは正しい。……ただ、お前は本当に運が悪い。」


杖の石突きが地面を打つ。


「今日この場所で、こいつと取引のために待ち合わせていたんだ。」


わずかに肩を竦める。


「いやぁ、助かったよ。」


喉の奥で、ほくそ笑む。


背後に立つ巨漢が、棍棒を肩に担ぎながら首を傾げた。


「コイツ、ダレダ?」


ガマガエルのように濁った声。


「モシカシテ……オマエノ……ナカマ、タオシタヤツカ?」


「ああ、そうだ。助かったよ、剛腕くん。」


巨漢の小さな目が、ぎらりと光る。


「オレ、ヨクヤッタ。」


棍棒を握り直す。


「コイツ……ヤッテイイカ?」


「もちろん良いとも!」


森の空気が、重く沈む。


――思考が追いつかない。


状況は理解している。

六人目。待ち伏せ。取引。偶発的な挟撃。


理解しているのに。


脳が震える。


殴打の衝撃が神経を揺らし、平衡感覚を奪う。

視界が二重に滲む。


膝が笑う。


このままでは――死ぬ。


ここで終わるわけにはいかない。


回復魔法。


いや、詠唱の隙がない。

そもそも今使うべきではない。


煙幕? 爆薬?


距離が近すぎる。

巨漢の腕の振り下ろしの方が速い。


助けは来ない。


立て。


とにかく立つんだ。


地面に指を食い込ませ、無理やり重心を引き上げる。


俺は――

こんなところで終わる人間じゃない。


その瞬間。


ひとつだけ、方法が浮かぶ。


奥の手。


鬼子の少女から「最後の最後まで使うな」と言われたもの。


できれば使いたくなかった。

代償が大きい。


だが――


正直、これしかない。


発動条件は一つ。


奴が、最大限まで近づいた時。


それしかない。


巨漢が、のしのしと歩み寄る。

棍棒を振り上げるため、間合いを詰める。


今だ。


左の人差し指。


そこに嵌めた赤のリングへ、魔力を静かに、深く、流し込む。


左の人差し指に嵌めた、赤い宝石の指輪。


その名は――

「緋色の弾丸」


鬼子の少女ですら、最後まで眉をひそめていた禁じ手。


能力は単純だ。


緋色に発光する、鉛に似た高密度の鉱物を――

“鉄砲”のように射出する魔法。


転生前の記憶を持つ自分にとっては、映画や戦場映像で見慣れた光景。

引き金を引き、火花が散り、弾丸が放たれる。


それだけのもの。


だが。


中世ヨーロッパを模したこの世界において、それは――


革新どころではない。


概念の逸脱。


弓でもない。

魔法弾でもない。

投擲でもない。


“直線的な殺意”を、ほぼ音速で叩き込む力。


もし、この能力を見られたなら。


確実に殺さなければならない。


研究させない。

模倣させない。

発展の芽を与えない。


この世界の均衡は、魔法と加護の上に成り立っている。


そこに「銃」という概念が持ち込まれれば――

力の序列が崩れる。


戦争の形が変わる。


だからこそ、代償が大きい。


魔力の消耗だけではない。

精神への負荷。

反動による神経焼け。


連発はできない。


だが、今やれるとすれば――


不意の一撃。


巨漢が近づく。

間合いを詰める。


棍棒が振り下ろされる軌道へ入る、その一瞬。


相手も馬鹿ではない。

ただの魔法詠唱なら、警戒する。


だから。


それは――


“意外性”でなければ通用しない。


主人公はふらつきながら、わざと膝をついた。


呼吸を荒げる。


敗者の姿を演じる。


巨漢が、にやりと歯を剥く。


距離、三歩。


二歩。


一歩。


――最大接近。


赤い宝石が、静かに脈動した。


――一閃。


指先で弾けた緋色は、まるで夜空を裂く流星のように一直線へ奔った。


それは“撃つ”というより、

空間に赤い線を引く行為だった。


次の瞬間。


巨漢の胸元に、その線が吸い込まれる。


衝撃は遅れて届いたかのように、彼の身体がびくりと震える。


何が起きたのか分からない、という顔。


目を見開き、口をわずかに開いたまま――

糸の切れた操り人形のように、前のめりに崩れ落ちた。


棍棒が地面に転がる音だけが、やけに大きく響く。


間髪入れない。


主人公の人差し指が、静かに横へ滑る。


それはもはや指ではない。

見えない“銃口”だった。


フードを被った男へ向ける。


男の瞳がわずかに揺れる。

だが、詠唱の気配も、防御の構えも間に合わない。


再び、赤い閃光。


音より速く、意思が届く。


男の胸元に、小さな衝撃が走る。


外套が揺れ、杖が手から滑り落ちる。


「……なにを……」


言葉は最後まで形にならない。


彼もまた、理解できていない。


矢ではない。

魔法陣もない。

詠唱もない。


ただ、指を向けられただけ。


それだけで、世界が反転した。


二人は、互いに何が起きたのかを知ることなく、森の土へと沈んでいく。


静寂が戻る。


赤い宝石の輝きが、ゆっくりと収まっていく。


胸の奥に残るのは、重たい反動と焼けるような感覚。


だが――


確かな手応え。


二度の脈動は、確実に届いた。

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