転生
「ギフトは――《木こり》」
その言葉が告げられた瞬間、俺は自分の鼓動の音だけを聞いていた。
どくん。
どくん。
やけに大きい。
玉座の間は広いはずなのに、音が内側に反響しているようだった。
周囲がざわめいた気がする。
だがそれは、波紋のように広がることもなく、すぐに消えた。
失望、というほどではない。
興味が薄れただけだ。
それが一番堪えた。
「万物を両断する能力とのことです」
側近が補足する。
王は、頷きもしなかった。
書類に視線を落としたまま、淡々と聞いている。
俺はそこで理解した。
――ああ、外れか。
勇者は聖剣を掲げ、空気を震わせた。
魔術師は魔力で燭台の炎を揺らした。
聖女は光を降らせ、人々を跪かせた。
俺は、斧だ。
「路銀を与える。民として生きよ」
王は顔を上げなかった。
それは裁定ではない。
処理だった。
書類を一枚、片付けるような声だった。
その瞬間、配下の一人が小さく笑った。
「魔王軍も森なら怖いでしょうな」
数人が、くくっと喉を鳴らす。
王は止めない。
止めるほどの価値もないのだろう。
「……失礼」
俺は頭を下げた。
声は、自分のものとは思えないほど静かだった。
玉座の間を出るとき、背中が軽かった。
期待が剥がれ落ちた分だけ。
だがその軽さは、羽のようなものではない。
中身が抜け落ちた軽さだ。
廊下は長く、冷えていた。
磨かれた床に、俺の足音だけが響く。
だがすぐに、その音に別の声が混じる。
「聞いたか? 木こりだと」
「召喚儀式にいくらかかったと思っている」
貴族たちが、隠そうともせずに囁く。
魔石、賢者、儀式陣、供物。
国家予算の何割を削ったか。
具体的な数字まで飛び交う。
その中に、俺がいる。
まるで投資に失敗した商人のような目で、値踏みされる。
「転生者は対軍勢用の兵器だ」
文官が腕を組む。
「一騎で千を討つ力。都市を守る象徴。それが最低条件だ」
「なんでも切れる? で、何を切る」
「薪か?」
笑いが起こる。
乾いている。
心底どうでもいいという笑いだ。
怒りは、湧かなかった。
代わりに浮かんだのは、理解だった。
ああ、そうか。
俺は“人間”ではないのか。
俺は“期待値”だ。
この国が支払った金額に見合うかどうか。
それだけで測られる存在。
「軍勢を相手にできぬ力など、兵器として不十分」
兵器。
その言葉が、胸に沈む。
俺は自分の手を見る。
震えていない。
なのに、妙に遠い。
万物を両断できる。
だが、軍勢は両断できない。
空を埋め尽くす魔物も、魔王の結界も、一振りでは消えない。
つまり、役に立たない。
「民として働くなら税の足しにはなるだろう」
誰かが言う。
それに、数人が笑う。
俺の背中に視線が突き刺さる。
軽い。
重くもない。
ただ、“終わったものを見る目”。
その視線が、一番痛い。
城門へ向かう途中、ふと振り返る。
巨大な城。
高い塔。
王国の象徴。
あそこに、俺の居場所はない。
最初からなかったのかもしれない。
門番が門を開ける。
ちらりと俺を見て、にやりと笑う。
「薪割りなら頑張れよ、転生者様」
門が閉まる。
重い音が響く。
その音は、世界が切り離される音に似ていた。
外の空気は冷たい。
城の外は、思ったより静かだった。
俺は斧を握る。
これが俺のギフト。
万物を両断する力。
だが今、俺の中で切れたのは何だろう。
国との繋がりか。
期待か。
それとも――
自分の価値か。
足が前に出る。
行くあてはない。
ただ一つだけ、はっきりしていることがある。
俺はこの世界に呼ばれた。
金をかけて。
期待を背負って。
そして――
値札だけが残った。
中身のない商品として。




