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間話2




 アリエリアナに拾われてから1週間、ルドヴィクの身体もかなり回復したようだった。少し陽の下で動いた方が良いだろうと、晴れた日に庭の花や樹木の水やりを教えたら、翌日から1人でするようになっていた。その様子を、アリエリアナは室内から観察している。その様子を見て、側近のエイレーネーはため息をついた。


「何が良いんですか?脱走した連邦人なんか匿って」

「だって面白いじゃないの。戻れば死罪、このままでも1年生きられない人間が、異文化に触れて生きる気力を取り戻そうとしてる姿見るの。死んだ人間のことを考えるより、ずっと……」

「お嬢様……楽しむのは良いですが、回復しなければいけないのは、お嬢様も一緒です」


 エイレーネーが退室し、アリエリアナは窓を開けて外にいるルドヴィクに声をかけた。


「ヴィーカ、いらっしゃい!お茶にしましょう!」




「その“ヴィーカ”ってのやめろ」


 外から戻ったルドヴィクは、彼には眩しすぎる日光避けに被っていた麦わら帽子を脱ぎながら、椅子に座った。


「あら、飼い主に逆らうの?」

「犬じゃねえ!」

「貴方のお国の愛称って、略称だけでしょう?味気ないじゃない。この国では略称だけじゃなくて、特別に愛情を持った呼び方はaの音で終わるのよ。だから、ヴィーカ。私のヴィーカ」


 明らかに嫌な顔を見て楽しんでいる。


「貴方はコーヒーが好きらしいけど、この時間だけは私の趣味に付き合ってね」


 美しい装飾が施されたティーカップに、同じ装飾のティーポットで紅茶を注ぐ。ふわりと薔薇の香りが、茶から広がった。


「お前、お茶に砂糖は入れないのか?」

「何故?」

「いや…女は甘いものが好きなイメージ……」


 ルドヴィクから聞いてアリエリアナは驚いたが、連邦の男女別教育はすごいなと思う。一体何を目指しているのか。そしてルドヴィクの中の異性に対する固定概念も、目の前のアリエリアナで随分と崩れたようだ。まさか本当にタブレット端末以上の物を持ち上げられない人類がいただなんて…と。


「嗜好なんて十人十色よ。私は甘い物も好きだけど、仕事で糖分たくさん摂るから、オフではセーブしてるの」


 セーブしてるの、と言いながら、小さなケーキを上品に口に運ぶ。

 それを見ながら、ルドヴィクも胡瓜のサンドイッチを口に入れた。シャキシャキと瑞々しい、庭の小さな菜園で採れた胡瓜だ。ここに来てから、彼は野菜を食べる度感動してばかりだ。


「気に入ってもらえて良かった。庭師も喜びそうね」


 連邦の食糧事情は、行ったことの無いアリエリアナでも把握している。ここにいる間は全て楽しんで欲しい、というアリエリアナの配慮だった。






 月が無い新月の晩だった。

 間接照明だけを付け、邸宅の書棚から持って来た本を読んでいる。気付くと室内に誰かの気配がした。護身用に邸宅内から拝借していたナイフを握り、気配の方を見ると、頭から真っ白なシーツを被った寝巻きのワンピース一枚のアリエリアナだった。

 ちょっとギョッとした。絵に描いたようなお化けかとも思った。


「………何してるんだ?」

「今日、一緒にいても良いかしら…」


 シーツから少しだけ見える脚が、カタカタと震えている。

 大きくため息を吐き、ナイフを元の場所に隠した。


「来い」


 シーツの中から、パァっと明るい顔を覗かせる。

 ひたひたと小さな裸足がルドヴィクに駆け寄って来た。


「おま、裸足!室内履きくらい…」

「音が聞こえたら、エイレーネーにバレるわ」


 バレてる。もう既に。言っては悪いが、アリエリアナよりも側近のエイレーネーの方が、軍人としての能力は高い。

 逆に言えば、帝国はこの軍人にはとても向かなそうなただの少女を、国の防衛の最前線に晒してるということだ。本人は17歳だというが、小さな手足に細い肩や首。まだ育ちきれていないアンバランスな精神。自身が育った連邦と違い、帝国には政争が存在する。皇帝や政治の反対勢力の人間に対しても、帝国では軍を使う。そしてその人殺しの作戦指揮をしていたのが、アリエリアナ・ククルスカだった。他国は畏怖と軽蔑から、彼女を「アウレシアの魔女」「白い厄災」と呼んだ。


 こんな奴に押し付けるとか、この国大丈夫かよ。

 ルドヴィクが1人考えていると、気付けばアリエリアナがいない。きょろきょろと見回すと、彼女は既にベッドに潜り込んでいた。


「何してんのお前?」

「私、新月の日に1人でいたくないの」

「男と同じ部屋で寝るってリスク、お前の周りの人間は誰も説明しなかったのか?」

「わかってるつもりよ?だから戦場では、女性軍人は私の陣営に全て寝泊まりさせていたんだから」


 自分の陣営に入れ、その高い地位で女性軍人も男性軍人も守る。なるほど…?でも今はそういう話じゃない。


「私は眠たいの。でも1人じゃ寝れないの!貴方が不安なら、本を読みながら起きてれば良いんだわ」


 そう言ってアリエリアナはベッドに潜り込み、数秒後には小さな寝息を立てて本当に寝てしまった。


 寝ているアリエリアナが窒息しないように、と、頭にかかっていた布団をずらしてやる。

 こいつ本当に俺を大型犬だと思ってないか?

 寝る場所も奪われたので、ルドヴィクはベッドの近くに椅子を持って来て、また読書を続けた。


 アリエリアナが寝てから2時間ほど。日付も越えた頃、寝ていた彼女の呼吸が突然浅くなった。何かぶつぶつと…戦法の指示らしき言葉も聞こえる。


「ああ、だめ…なぜ…」

「おい、大丈夫か?」


 布団を捲ると、彼女ガタガタ震えながら起きていた。が、目の焦点が合っていない。


「止まって…お願い止まってよ…撃ちたくないのよ………」


 焦点の合っていない目からはボロボロと涙が溢れている。


「ごめんなさい、ごめんなさい、」


 大丈夫な筈が無い。

 巨大な陸の帝国の、安定のために使われる生贄の少女が

 無傷なわけが無かった。





「あぁ、今回はここにいたのですね」


 一晩中パニックに陥っていたアリエリアナが落ち着いたのは、外が少し明るくなった頃だった。それまでずっと彼女の背中をさすり、寒そうに震える体に布団を巻き、一晩中面倒を見てげっそりしているルドヴィクのところへ、エイレーネーがアリエリアナを引き取りに来たのだった。


「新月の夜はフラッシュバックするみたいで。貴方もお疲れ様でした。」

「……お前らおかしいぞ。こんなガキに背負わせて」


 アリエリアナを起こさないよう抱き上げるエイレーネーは、ルドヴィクの言葉を無感情に聞いている。


「そうですね。でも私には、貴方もこの方と同じに見えます」


 熟睡するアリエリアナを回収し、エイレーネーは部屋から出て行った。





ルドヴィクに弟や妹がいて、家庭が機能していたら、きっと良いお兄さんになっていたでしょう。

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