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14.



「閣下!」と厳しい声がするたび、ブレンは正直もう帰りたかった。

 なんか、ここ怖い。という、とてもシンプルな理由と、フィリアと話し込んでいるアリエリアナと名乗った人の側近たちに、心なしかじろじろ、穴が開くくらい見つめられていると感じるのも、もう1つの理由だった。だからフィリアがひと足先に退出した時は、できる事なら「一緒に連れて行って」と泣き喚きたかった。


「失礼。本題に入るのが遅くなりました」


 ブレンの座る質の良いふかふかのソファの横には、保護官のルドヴィク。そして正面の同じく質の良いふかふかのソファにはアリエリアナが座った。アリエリアナの斜め後ろには、側近のエイレーネーが立ち、その後ろには他5人の側近たちが並んでいる。ブレンからはキョロキョロとしない限り見えないが、連邦軍人たちも壁際に同じように並んでいるのだろう。


(息苦しいな…)


「では、先日貴国から送られて来た生体データの件ですが…」


 先日の生体データ…ブレンの事だ。


「結論から申しまして、2年前にすでにお亡くなりになっているのです」

「お………どういうことですか?」

(ルディ、今“おい、訳わかんねぇこと言ってんじゃねぇぞ”って言いそうになったんだなぁ)


ヒヤヒヤしながら黙って聞いているダリウス。要人の前で余計な事は言わないで欲しいと心の中で祈っている。


「そんな責めるような目で見ないで下さい、ルドヴィク・エイン中佐。我々も困惑したんです。貴方は今までどこで、どうやって生きてきたのです?」


 資料データを映し出す端末を持ちながら、アリエリアナはブレンの目をじっと見る。


「ごめんなさい…わからないです。気付いたら、フィリアの顔があって」


 見つめる目から逃げるようにブレンは自分の膝をじっと見る。その様子を見ていたルドヴィクが口を開いた。


「死人だとしても、データはあるんですよね?で、ブレンは一体誰なんですか?」

「………ここからは国家機密扱いになります。皆様、覚悟はよろしくて?」


 アリエリアナの目が変わる。つまり、口外無用ということだ。


「以前、わたくしは貴方に会ったことがあるのですよ。8年ほど前だったでしょうか…わたくしは貴方に、チェスを教えに宮廷に上りました。たった数回でしたが、わたくしの手を理解して、短時間で随分と腕を上げたのですよ、覚えていませんか?殿下」


 連邦軍人たちが静かにどよめく。ブレンは額に冷たい汗を浮かべていた。


「宮廷…?殿下…?一体何を言って……」


「貴方は、我がテオドリカ帝国の偉大なる父であるバシレイオス帝の末皇子、マヌエル・ニカンドロス皇子殿下ご本人であらせられます。恐れながら、帝国軍事貴族ククルスク家が娘、アリエリアナ・ククルスカの名において保証いたします。間違いございませんわ、殿下」


 アリエリアナを含め、その場にいた帝国人全員が、ブレンの前で帝室に対する最上級の礼をとった。特に筆頭であるアリエリアナのカーテシーは、その文化がない連邦人から見ても、最も美しかった。


「ニカ、ドロス…?何言って…頭、痛っ」


 ブレンの異変に一番先に気付いたのは、隣にいたルドヴィクだった。

 見ると、たっぷりと冷や汗をかいている。


「ブレン?おい、しっかりしろ」


 両手はカタカタと震えて、呼吸が浅い。


「殿下!?」

「おい今それ一旦やめろ。ブレン、聞こえるか?ゆっくり息をするんだ」


 ルドヴィクはソファにブレンを寝かせ、アリエリアナは焦る側近たちを手で制しブレンに駆け寄った。


「ごめんなさい、こんな状態だって知らなくて」

「後にしろ。……過呼吸だな。ダリ、医務室に連絡。そこに突っ立ってるカカシ共使って運んでくれ」

「了解」

「帝国軍閣下、これ以上はコイツの保護官として看過できない。日を改めろ」

「中佐、言い方ってものが…」

「返事」

「………はい」


 テキパキと指示するルドヴィクにアリエリアナは苦言を呈したが、ルドヴィクの眼光に敵わなかったらしい。

 そうこうしている間にブレンは担架に乗せられ、運ばれて行った。

 廊下に待機していたフィリアも、ダリウスと共にブレンについて行ったようだ。


「ファビオ、殿下…じゃなくてブレンさんについて行って。様子を全て持ち帰りなさい」


 ファビオと呼ばれた側近の青年も、運ばれたブレンの後を追う。

 各自に本日は解散と伝え、連邦軍人たちは各自の持ち場へ、アリエリアナの側近たちは、要人用の客室へ戻って行った。


「では中佐、わたくしはこれで…」


 にこやかに去ろうとするアリエリアナの細い肩を片手で掴み、ルドヴィクは一言、ドスの効いた声で


「おめぇはこっちだ、馬鹿」

「ねえ、貴方…私、他国の要人だって知ってる…?」


 ブレンの冷や汗がうつったのか、アリエリアナの首筋にも冷たい汗が流れたような気がした。





テオドリカ帝国は帝室と貴族が国を回しています。

政治、軍事の要職は全て大貴族・名門貴族が名を連ねており、アリエリアナ・ククルスカの実家のククルスク家は、軍事貴族の名門中の名門です。何代か前には、帝室の女性が降嫁してきた事もあります。なので、アリエリアナには薄ーく薄ーーーーく、古い帝室の血が流れています。

ちなみに、性別によって苗字が少し変わり、アリエリアナの家は男性なら「ククルスク」、女性なら「ククルスカ」と名乗ります。本人がちょっとアレでアレなのですが、バッキバキのお貴族様です。



2026.3.19 誤字を修正しました。

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