12.
エイン家で暮らすようになって数日、平日はフィリアもルドヴィクも学校や仕事があり、1人で外に出る事ができないブレンは、2人がいる時間に教えてもらった家事をしながら日中を過ごしていた。この先、生活するのに困らないよう、リハビリも兼ねてルドヴィクが教えてくれた料理が気に入ってしまい、2日に1回はパンやクッキーを焼いている。「帰って来ると、最近美味しい匂いがするね」と、フィリアが喜んでくれて、ブレンも悪い気はしなかった。
ここにいて良いんだと、少し安心する。
「ブレン、1日中家の中っていうのも飽きるでしょ?外に散歩行かない?」
学校から帰ったフィリアが「少しは体動かさないと」と言いながら、部屋からフード付きの服を引っ張り出して来た。
「さ、これを着て」
「服なら、僕のもらったのがあるけど…」
「それはわかってるんだけど、その頭、隠した方が良いと思うから…」
少し、奥歯に物が挟まったような言い方。
「えーっと、ほら。海中コロニーって、世間狭いでしょ?あんまり好奇の目で見られるのって、大変だと思うから」
どっちの言い訳も、ブレンとしては何となく、納得がいかなかった。
しかし閉じこもっているのに飽きてきてるのも事実なので、着ている服の上からフィリアの服を着る。
「まだちょっとブカブカだね」
言われた通りフードで頭を隠し、2人は外へ出た。
家から歩いて十数分。改良植物が多い公園があった。
人工光が暮れる時刻まで、十分時間がある。フィリアは、ブレンが見た事のない改良植物の名前を教えながら、散歩を楽しんでいた。
「大丈夫?いつもより歩いたし、疲れたらいつでも休憩するから、言ってね」
「ありがとう。ちょっと、フードが熱いから取りたい、かな…」
「えーっと、それは…」
少し焦ってキョロキョロと辺りを見渡し、フィリアはホッと胸を撫で下ろした。
「この辺には人が見えないから、良いよ」
まただ。フィリアは何かを気にしている。それが腑に落ちなくて、ブレンはどうも胸の辺りがモヤモヤしてしまう。
「さっきから、何を気にしているの?」
「それは…」
フィリアは気まずそうに目を合わせようとしない。
「僕を見られるのがダメなら、外に出さなくても良かったっんじゃない?」
「いや、それはさすがに不健康…」
気まずい空気が辺りを流れる。
その空気を壊すように、フィリアのよく知る声が遠くから聞こえた。
「ーーーリー…フィリー!」
「ニーヴ!」
小さなニーヴが改良芝の上を走ってくる。その後ろをシオラ、モイラ、イングリズの3人が歩いてきた。
「何でここに?」
「近くで散歩できそうなところって、私たちに相談したのフィリじゃん」
どこから走ってきたのだろう。ニーヴは少し息が上がっているようだ。少し汗ばんで紅潮した頬が可愛く思えて、フィリアはつい、ニーヴを両手でぐしゃぐしゃと撫でてしまう。
「わああああ!やーめーてーよー!」
「ニーヴ超可愛くて、つい…」
そんな事をしていると、歩いていた後ろの三人も到着したようだ。
モイラがブレンに柔らかく「こんにちは」と挨拶をすると、ブレンはまだ人に慣れていないのか、恥ずかしそうにペコっとお辞儀をした。
「大分動けるようになりましたね」
「う、うん…ありがと…」
そろりそろりと、ブレンはフィリアの後ろに隠れるように移動する。
「ブレン、モイラとニーヴと、シオラとイングリズだよ。一緒にブレンを助けてくれた、私の友達」
「その…ありがとう」
また目を合わせようとしない。恥ずかしい、というより、怖がっているようにも見える。
「なーんか、思ってたのと違うね?帝国人ってもっとこう、連邦男性より厚みがあるって聞いたけど」
「ニーヴ、見た感じ私達と同じくらいだし、子供の頃ってみんなそうなのかも。私達、男の子の成長って、よくわからないでしょう?」
モイラがやんわりと嗜めると、ニーヴは口をむーと尖らせた。
シオラとイングリズは様子を見ているのか、無言でブレンを見ている。まるで…
(観賞用動物を見るみたいだ…)
と、ブレンは思った。
早く帰りたい…。
「だって、帝国人だよー?こんなに珍しい物…」
「帝国人帝国人って、言うのやめてもらって良いですか?」
ボソリと早口の、聞き慣れない声が耳に入った。
ブレンだ。
「何なんですかさっきから、不躾に?」
(不躾!?)
「頭隠さなきゃいけないとか、帝国人とか差別的な言い方されて」
「ブレン、ちょっと落ち着こ…」
フィリアは、興奮気味に前に身を乗り出しそうなブレンの体を押さえる。まだ少し軽い。
ああ、ブレンを外に出すのは少し早かっただろうか?もう少し、この国のこと説明してからの方が…
「変ですよ、さっきから…だって、
フィリアだって帝国人ですよね!!?」
フィリアの抑えていた手の力が抜け、ブレンは前のめりに倒れてしまった。
寒い。
全身の血の気が下がる。
ブレンが見ると、フィリアは真っ青だった。それは彼女だけでなく、他の少女たちも同様だった。
(僕、何か間違った事を言ったのだろうか?)
もう一度フィリアと目を合わせると、目からすっと涙が流れている。
「ねえ、 どうして そんなこと言うの?」
ずっと気にしていた。
周りの少女たちも言わないように、あえて見ないようにしていた。
1人だけ発育の良い身体、他とは系統の違う顔。
小さい頃ならわからなかった。けれど成長と共にその差は目に見えてしまう。
この全体主義の連邦では、異質であるというだけで生き辛いのだ。
「なんでぇ…?頑張って考えないようにしてたのに…」
違ったら、嫌われちゃう…
「うぇええ…」
小さな子供のように両手を使って泣きじゃくるフィリアの背後の林から、ガサガサと人の気配がした瞬間、数人の連邦軍人たちがブレンに飛びかかってきた。
「な、何!?何事!!?」
「漂流者ブレンを確保完了。フィリア・エイン訓練生、同行しなさい」
「グズッ………はい」




