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11.

 


「この部屋を使え」

 漂流者の少年ブレンがエイン家にやって来たのは、目覚めてから1週間後の事だった。

「ごめんねー。うちのパパ、ちょっと雑で」

「い、いえ…」

 リハビリで何とかゆっくり歩けるようになったものの、まだ杖をついている状態だ。リハビリ最中、フィリアや保護官となったルドヴィクと面会をしていたが、ブレンはビクビクとしていて、いまだに慣れない。

 主に、いつも不機嫌そうに見えるルドヴィクのせいだろう。しかし、3LDKの内、客間としてほとんど使っていなかった部屋を掃除して、ベッドを整えたのも彼だった。意外と、保護官としてはちゃんとやっている。

「後で服とか届くと思うから。疲れたでしょ?好きに休んでて」

 父娘はリビングに行ってしまい、ブレンは部屋にポツンと残されてしまった。




「僕、誰だか、わからない」


 目覚めた時、ブレンは何も覚えていなかった。

 困った顔をしたフィリアが医務官を呼んでくれて、たくさんの質問と回答から出た答えは『記憶喪失』。

言葉(共通語)は通じますね?」

「はい…」

「これは何に見えますか?」

 医務官は手に鋏を持って見せる。

「鋏です」

「では、鋏の使い方はわかりますか?」

 持ち手の方をブレンに向け、手渡す。受け取った彼は、鋏を片手で開き、閉じてみせた。

「……こうして、紙などを切ります」

「そうですね。では、今あなたがいる場所はオルカニア連邦です。他に、どんな国があるかわかりますか?」

「陸のテオドリカ帝国と、空のアエリュシオンです」

 医務官は端末に何かを入力していく。

「では…もう一度伺いますが、お名前は出て来そうですか?」

「………わかりません」

 それまで医務官と合わせていた目を足下に向けた。

「基本的な知識など、生活する上で問題は無いでしょう。脳波に異常は見られませんでしたし、少しずつ思い出せる事もあると思います。それよりも、血液が…少し数値が良くありませんね。筋力も…エイン訓練生、この少年はどこで?」

「海で拾って来ました。ある程度の時間、海中に漂っていたと思います」

 待機姿勢でフィリアは答える。

「このままでは生活しづらいでしょう。いずれ国に帰るとしても、この状態で病棟から出すわけにはいきません。少しずつ、リハビリをしていきましょう。今日採取した生体データは、軍を通じてテオドリカ帝国にも送ります。ここに承諾のサインを」

 端末とペンを渡され、ブレンは困ってしまった。

 自分の名前がわからない。その様子を見て、医務官は入力ページを変えてくれた。

掌紋(しょうもん)でも構いませんよ」



 目を開けると、ブレンはベッドの上に仰向けになっていた。タオルケットも掛かっている。誰かが体を冷やさないように掛けてくれたのだろう。

 部屋に入った時より、少し光が暗く感じる。夕方なのだろうか…起き上がりリビングの方へ向かうと、ダイニングチェアに座ったフィリアが、難しい顔でタブレット端末を操作していた。

「あ、起きたんだねブレン。おはよう」

 端末から目を離すと、彼女は笑って挨拶してくれる。が、まだ慣れないのか、ブレンは目を逸らしてしまう。

「あの、ルドヴィクさんは…どこ行ったんですか…?」

「そんな畏まらなくて良いよ。今日から一緒に住むのに、固っ苦しいの嫌じゃん?パパは仕事行ったよ。きっと今日は帰って来ないかなー。あ、お腹空いてる?お昼食べ損ねたもんね?作っていってくれたから、温め方教えるね」


 キッチンの設備を一通り教え、ブレンとフィリアは夕食にすることにした。

 まだ消化に良いものしか食べられないブレンのために、魚介ベースのリゾットだ。野菜もクタクタになるように煮込まれている。

 思えば、目が覚めてからずっと魚介ベースの味だった気がする。連邦の食は、海産物が多いというのは本当だったのか。食べ慣れた味より少しさっぱりしている。

「あれ…?」

「口に合わなかった?」

「いえ、美味しいです本当に」

 自分は今、何と比べていたんだろう?何を考えていたんだろう?

「パパの料理、美味しいでしょう?少なくても病人食よりは。野菜多めだし」

 確かに。医療棟の食事は魚介の薄いスープと柔らかくした穀物、足りない栄養素をゼリーにした、何とも味気ないものばかりだった。なんだか久々に野菜を食べた気がする。

「うちのパパ、若干家事野郎で」

「家事野郎…」

 あまり聞き慣れない言葉だ。

「料理とか趣味で食材こだわってて…あ、もしかしたら野菜食べて記憶戻るかも!この国ほとんどの野菜を輸入に頼ってるから、見たことある帝国産食材あるかもよ!」

 フィリアは思いついたように目を輝かせたが、残念ながら冷凍野菜のパッケージを見て得られたものは何も無かった。

「ごめん…」

「いや、私こそごめん!医務官の人も言ってたように、焦らないで少しずつ思い出してこ?」




タオルケットかけてくれたのはパパだよ。

フィリアは、してもらう専門。

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