10ー2.
心底面倒くさくて早く帰りたい。嫌々ついていけば、物々しい人数の警備体制が敷かれた区画。人とすれ違うたび、ルドヴィクは敬礼している。フィリアもそれに倣ってドキドキしながら敬礼して進んだ。
「ねえ、何なのここ」
「この中にはフィリの知ってる奴もいるけど、上層部の連中もいる。良いか?余計な事は一切口に出すなよ?あとで聞いてやるから」
めんどくさそうな顔で「しー」と口に人差し指をあててフィリアに注意をする。そのくらい厄介な場所なのかと、フィリアも少し緊張して来た。
先頭に立ったルドヴィクがドアに個人端末を当て、ドアを開ける。
「ルドヴィク・エイン、ただいまフィリア・エイン訓練生をお連れしました」
カッと音が鳴りそうなくらい堅苦しい敬礼。普段の雰囲気とは違う父親の姿と、周りの上層部の雰囲気に圧倒され、フィリアは一歩目から萎縮してしまった。それを感じ取ったのか、ルドヴィクは小声で「フィリ、敬礼」と声をかける。
この場にいるのは男性軍人ばかり。よく見ればルドヴィクの同僚3人の姿もある。
「2人とも、楽にしなさい」
声を発したのは、この場で1人だけ椅子に座った人物。きっとこの中では一番偉い人なのだろう。年齢もルドヴィク達より遥かに上に見える。
(こっわ…とりあえず閣下って言っとけば正解なやつだ…)
「フィリア・エイン訓練生だね」
「は、はい!」
怖い。正直何も話したく無い。
緊張で震えそうなフィリアに、閣下は好好爺のように笑いかけた。
「君が拾って来た“お客様”だが、脳派に異常は見られなかったそうだ。じきに目覚めるだろうと医務官も言っている。すまないが、目覚めるまで声をかけに行ってやってくれないか?」
「はい!では失礼します!」
解放だーと両手を上げたい気持ちを押さえ、フィリアは少年がいるらしい部屋へ案内されて行った。
「………元気な娘だ」
「恐れ入ります」
相変わらず緊張した室内で、無感情に返答するルドヴィク。
眉間だけ少し不機嫌そうに歪んでいる。
「あの少年だが、血液検査で純粋な帝国人だということがわかった。だが、我が国のデータには渡航記録なども何も無い。彼にはBrennanというコードを与え、保護する事になった。名前は…そう、ブレンと呼ぶ事にしようか」
相槌も打たず、周りも黙って聞いている。
「そこでルドヴィク・エイン中佐、漂流者ブレンの監視任務を命ずる」
抜け目のない笑い方。各々思うところ、言いたい事があるのだろうが、この場で声を発する権利など誰も持ち合わせてはいない。
「…………は?」
はずだった。
「おい、ふざけんなよ腐れジジ………失礼、中将閣下」
「エイン中佐!?包み隠せない!思いっきり言っちゃってる!!」
ルドヴィクの上官は、部下の突然の不敬に一瞬で胃がやらせてしまった。可哀想に、脂汗までかいてべちゃべちゃだ。
「君の娘が拾って来た。命に責任を持たねばな」
「どこのどいつか知らないが、あれは人間だろ。祭りのひよこじゃねーんだぞ?」
「君の命も娘の命も、今は我々の手にある」
ピクリとルドヴィクの手が反応した。その反応を目敏く見つけ、中将は心底意地悪そうにニヤリと笑う。
「君は二度目があると思うか?どこの国も、いつまでもあの小娘の意見など尊重しない。使えないなら、生かしておく必要は無い」
ルドヴィクは黙っている。が、ガラスのような水色の眼は氷のように冷たい。
「だが、君にとって悪い話では無いだろう?結果さえ出せば良い。期待しているぞ、エイン中佐」
用が済んだのか、中将は側近に合図し部屋を退出した。ルドヴィク以外皆敬礼して見送る。
「っクソジジィが!!!」
「ねえ、」
誰かの声がする。起きたいけれど、瞼が重い。
「聞こえる?」
聞こえるよ。そう言いたいのに、喉が張り付いて取れない。声が出ない。痛い、
「けほっ、けほっ!」
口から息を出そうとするだけでも、咳き込んでしまって苦しい。
「大丈夫?」
心配しているこの人は誰だろう?女の子っぽい声だ。
少年が重い瞼をゆっくり開くと、ぼやけた視界の中にミルクティー色の髪が映った。
この色、どこかで…
覚えのある名前を呼ぼうとするが、出てこない。知ってる気がするのに…
「あ、喉痛い?水飲む?」
バタバタと何かしている音がする。徐々に視界がはっきりしてきた。白い部屋にたくさんの機械が自分を囲むように置いてある。体には何か付いているみたいで、そこから出ている線を目で追うと、謎の機械がピッピと音を立てていた。何だろう、この部屋。
「はい、水。持てる?」
今度こそしっかりと視界に映った女の子は、適当にまとめた長いミルクティーの髪、長いまつ毛に大きな、氷のような水色の目。初めて見るタイプの美人だった。女の子は、すらっとした細い指で水の入ったコップを差し出してくれる。そのコップを受け取ろうとするが、手に力が入らない。水を落としてしまいそうになり、女の子がキャッチしてくれた。
「力入らないんだね。横になりながらって飲み辛いか…ちょっと待ってて」
しばらくすると今度は小さな透明の、取っ手がないティーポットみたいなものを持って来た。
「吸い飲み。吸う事はできる?口開けて」
言われた通りに吸うと、ヒリヒリ貼り付いていた喉に水が通って少し体が楽になった。
「もう一回飲もうね。私はフィリア。フィリア・エイン。あなた誰?」
「ぼく…けほっ!けほっ!!」
まだまだ掠れ声だが、喋ることができないわけではないらしい。フィリアは咳き込む少年の胸を撫で落ち着かせた。
「ゆっくりで良いよ」
「ぼく…………あれ?」
少年は自身の両手を見つめる。フィリアよりも少し色の濃い両手を。
「僕、誰だか、わからない」
率先して余計なこと言うルドヴィクパパは、女の子が汚い言葉を使うのが好きじゃないので、使った場合にはめちゃくちゃほっぺを痛くされます。
自分の事は棚の上にポイポイ野郎です。




