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8.

 この季節の魚の群れが、実習用戦闘機の進行方向近くを通り過ぎる。

 モニタに映った魚達を見て、少女達は「ムニエル派」か「照り焼き派」かという議論に花を咲かせていた。

 ここのところ、海中にも異常は見られない。大人達が命懸けで戦う敵の出没も少なく、大型の鯨の群れがコロニー付近を通過する『鯨予報』も、最近ではご無沙汰だ。そこで今日の訓練は、いつものコロニー近海で行われる戦闘訓練から、少し離れた海での警ら訓練となった。海中を見回るだけの散歩感覚で、訓練生達の好きな訓練の一つだった。

「このまま珊瑚礁のあるエリアまで行って、船外活動したいなー」

 ニーヴはウキウキしながら言うが、このエリアからは大分離れている。さすがにそこまで自由にはできない。

「珊瑚は無いけど、船外だけなら行けるよ?」

「シオラ、わざわざ船内に水入れてまで、この何も無い場所で何しろって言うの?」

「うーん、踊ってくれば?」

「酸素の無駄じゃん!」

「もうやめなって2人ともー!」

 口論を始めそうな2人を、イングリズが制止する。

「船内以外異常なさそうだね」

 はは、とフィリアは苦笑しながらモイラの方を見た。

「……?なあに、フィリ?」

 メンタルケアを終えたらしいモイラは、以前よりも少し柔らかい雰囲気になった気がする。自然な笑顔も増えた。

「何でもない。モイラの笑顔、最近すごく可愛くなったなって」

「フィリ、そんな褒め方しても何も出ないよ?あ、でも…フィリにはちゃんと言っておかなきゃいけないかな」

 何かを思いついたように、モイラは狭い船内でくるりと方向を変え、フィリアを見つめ小声で言った。

「私、姉の所に住む予定だったんだけどね、両親に襲われて連れてかれそうになって…」

 フィリアの顔がサッと青くなる。

 また闇深い話だ!!

「危ないからってことで、今シアルド少佐のお家にお世話になってるの。少佐が保護官になってくれて」


 ……………ダリが?


 フィリアの思考が一旦停止する。

 保護官、というのは連邦にある制度の一つで、親権者が殉職した場合や育児を放棄した場合、施設以外に軍所属の大人が子供を入軍まで保護する制度である。軍の上の方が、その子供にとってその環境が必要か、不必要かを判断するらしいが、大抵、保護官に選ばれる軍人は既婚者である。未婚の、しかも異性にだなんて………


「ロリコン野郎かよ!!!」


 思わずフィリアは叫んでしまった。

「そ、そうじゃないとは思うけどー…少佐、悪い人じゃないよ?」

「モイラ、何かされそうになったら私に言って。どんな手を使ってでも社会的に抹殺するから」

「フィリ、エイン中佐とおんなじ目してるよ…でも本当、そういうのじゃなくて、少佐も中佐と同じ戦闘部隊だから、戦闘に長けてる人が良いって。それに、摘発したのが少佐だったから、責任感じちゃってるみたいで…」

「モイラ…」

 控えめなモイラは、ダリウスが責任を感じていることに後ろめたさを感じているようだった。

「でも私、今すごい幸せなの。もう医務官の道を諦めなくて良いって。応援してもらってるから」

 何か吹っ切れたように、嬉しそうに笑うモイラ。

「モイラ………でも何かされそうになったら」

「もう、フィリったら!」


 ロリコン、だめ 絶対


「んー?」

 ニーヴが何か悩むように難しい顔をしながら小首を傾げている。

 声に気付いたモイラは担当をしている管制モニタの方に向き直った。

「どうしたの?」

 狙撃手の席に座っているイングリズもニーヴの様子に気付いたようだ。

「なーんかね、生体反応があるの。単体で」

「魚じゃないの?」

 シオラも声をかけるが、ニーヴはまだ納得していない。

「んー…大型哺乳類でも無いし…モイラ、もっとよく見たい。手伝って」

「うん、わかった」

 映像がどんどんズームされる。最初に気付いたのはフィリアはだった。


「人だ」


 海中に、動かない人間が漂っている。

 えっ、と、船内が凍り付いた。


「助けなきゃ」

「え、でも、ダメだよ!」

「何で!?」

 操縦席のフィリアを、イングリズが反対して止める。

「もうこれ以上行けないの…指定海域から出ちゃう…」

「でも生体反応が…」

 反応があるなら、まだ生きている。

「見殺しになんてできないよ!」

 焦ったような、泣きそうなフィリアの声。


「そうしなきゃいけない時もあるでしょう!?私達は軍人になるの!!切り捨てなきゃいけない時もあるの!!」


 全員、目を逸らし難しい顔をする。

 2年後の近い将来、少女達は命の選択を迫られるようになる。


「なら!私が全責任を負う!!」


 そう叫び、操縦桿に指示を打ち込み始めた。

「これよりフィリア・エイン訓練生がこの機体をジャックします」

「フィリやめて!ダメだって!!」

 操縦補佐席のシオラがフィリアの肩を掴むが、止まらない。機体が急加速し、指示海域のギリギリまで接近する。が、警報アラートが鳴り響き、機体が止まってしまった。


「何で!!?」

「落ち着いてよ!これは実習機だよ!?」

 両肩を掴み揺さぶるシオラの目には涙が浮かんでいる。

「フィリ、」

 警報アラートが鳴る中、モイラの落ち着いた声がフィリアの耳に届いた。

「中佐を、悲しませちゃダメだよ」


 あぁ、そうだった。本気で怒って、若干心配そうに見ていた父親の水色の目を思い出す。けれど、だからって何もせずにはいられない。


 フィリアはまた操縦桿に何か打ち込んだ。

「今度は何するの!?」

 ニーヴの声はもう泣きそうだ。

「みんな、酸素発生装置つけて。船外行くから。」

 ガゴンッと音を立てハッチがゆっくり開き、大量の海水が船内に流れて来た。それを見て4人は慌てて酸素発生装置を口に咥える。

「みんな、本当にごめん!」




頑固なのは誰似でしょう。


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