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苦しみを忘れる薬

深夜一時、終電がプラットホームにつく。

ドアが開き外に出ると秋風と夜のにおいに包まれる。

足早にサラリーマンたちは改札へ急ぎ、木島章弘だけ一人取り残されたようにいる。

仕事が終わったのに、何に追われているのか、この街を照らす明かりが夜空の星を消してしまったからなのか、きっと立ち止まって空を見上げることもなく日々を過ごしているのだろう。

でもそっちの方が考えてみれば良いのかもしれない。

自分はいつも立ち止まってばかりで余計なことに首を突っ込んでしまう。

きっと、大人になっても迷子ってのはいるのだと思う、だから迷大人って言葉をそろそろ作った方がいいんじゃないか。

まぁ、そんな自分が好きでもあり、しかし時にうんざりして一人苦笑してしまう。

そう、そして今回もきっとそんな感じに違いないと木島は思う。

ゆっくり改札を抜け人ごみに紛れる。

夜の街に大勢の人が溢れている。寝ることも忘れ、いや一人きりで寝るのが怖くてこうやって誰かと朝までいたいのかもしれない。

病んでいることに気づかず、病んでいることさえ(私はこんなにつらい思いをしたのよ、すごいでしょと)ステータスにすらなっているのが今の風潮、失恋の歌ばかりがヒットチャートを独占するのも納得がいく。

まったくわかりやすい世の中な事だ、そんな風に木島は考えていた。

夜に眠ることができなくなってしまった自分のことを棚に上げ、そんなことを思いながら自分の用事を済ますため目的の場所へむかう。

向かいから学生たちが話をしながら歩いてくる。

「だいたいお前、幽霊なんていたら、戦後日本に来たアメリカ人なんてみんな呪い殺されて死んでるだろ。」

「でも、爆撃でやられたら誰を恨んでいいかわかんないだろ。」

「じゃ、マッカーサーはなんで殺されなかったんだよー。」

彼らは歴史の教科書が教えてくれたことをまるで物語のように話しだした。

まー君らにとったら戦争もお化けも一色単か…少し気分が沈む。

「国のある機関が要人たちを守ってあげてたんだよ。まぁ今は解体されちゃったらしいけどね。」

木島は歴史の先生のような口調で独り言を呟き学生の横を通り過ぎた。

学生たちは木島の言葉に反応して不意に振り返った。

木島はそんなことに構わず人ごみを抜けていった。

そして歓楽街の通りに入るといつものように風俗嬢たちが腕に絡んで店に連れ込もうとする。

木島は実は彼女たちが苦手だ、それは、きらびやかな外見や楽をしてお金を稼いでるように見えるとかではない。

しいて言うなら、内側にある何か…。

過去に嘘をつくことなかれ、しかしその嘘で自滅していった知人に良く似ている感覚を彼女たちに感じていた。

しかし、日々何も考えないで生きている自分より、よっぽど人としての社会に貢献、全うしているであろうと木島は思う。

だからと言って彼女たちに手を貸すために甘い誘いに乗ることもなく、もっともそれは自分自身に問題があってのことなんだけど、それらの手をほどいて目的の場所を目指した。

そこは、歓楽街の通りには不相応な古いレンガ作りの建物で、地下へ続く階段を降りるとドアにかかったオープンと刻まれたプレートが出迎えてくれる。

カフェ【the nepenthes】そこが待ち合わせ場所になっている。


「まったく、たまには羽目を外してお金で愛を買ってもいいんじゃないか、それなのにどーしてお前は律義に時間前について相手を待つんだい。」

そんなこと自分にできないことを知っていながら…木島は一人呟き苦笑する。

自分自身に悪態をつきながらそっとプレートに触れてみる、かすかにコーヒーの香りがこちら側に漏れる。

それは夜のにおいと同化しさびしい夜から、優しく自分を暖かく包んで解放してくれるようだった。

木島はこの感覚がとてもお気に入りだ。

「今日もお前を待つよ、総司」

そう呟くとゆっくりドアを開け、また長い一日が始まる、そう思いながらドアの向こうに消えていった。


the nepenthesはウツボカズラ食虫植物の意味と 古代ギリシャの伝説の架空の憂い「苦しみ」を忘れる薬

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