陰キャンプ・エターナル
「ね、ねぇ、タネちゃん……香月 葵くんってさ、どんな子なの……?」
高校進学を機に、この街にやってきてそろそろ一年。
幸いにも種田 菜種や、良い友達にも恵まれ、心に余裕が持てるようになった花守 花音には、今気になる人がいた。
いつも教室の隅の席で誰とも喋らず、机に突っ伏してばかりいる男子生徒ーー香月 葵のことである。
「香月 葵ねぇ……」
親友の菜種は含みのある言い方で、彼の名前を呟く。
「なんかあるの?」
「えっと、あたし的に、あの人にはあんまり関わらない方がいいと思うのよ。なんか、中学の時、林間学校で班長の女の子と喧嘩して泣かせたとか、廊下で女子を怒鳴りつけたとか、そんな噂があってねぇ……」
「そうなの?」
「うん。だからさ、かのには少しでも不安がありそうな男子とは関わってほしくないよのね」
菜種はまるで厳粛な母親かのように、花音へそう忠告する。
菜種はこの学校で唯一、自分の中学の時の話をした友達だ。
さらに菜種からも彼女自身、中学の時恋愛のいざこざに巻き込まれて苦労をしたと聞いている。
だから菜種が得体の知れない男子生徒を警戒する気持ちは、花音自身もわからなくはなかった。
でも本当に香月 葵はそんなに酷い人なのかと疑問に思うのもまた事実。
だってかつてキャンプ場で出会った"こうづきくん"は、そんなに悪い人でなかったからだ。
確かに小さい時も口数が少なくて、おとなしい印象だったけど、親切に水切りのやり方も教えてくれたし、一緒にテントで寝ても怒鳴ったりとかしなかったし……くすぐりっこにも付き合ってくれて楽しかったし。
もし彼が本当にあの時出会った"こうづきくん"なら、ぜひまた話をしたい。
できれば仲良くなって、あの時みたく一緒に楽しく遊んでみたい。
花音はここ最近、そんなことばかりを考えて、日々を過ごしていた。
このモヤモヤを解決するためには、自分から話しかければ良いのだろう。
だけどなかなかそうできないのは、彼が隣のクラスの人だからだった。
さらに彼自身からも近寄りがたい雰囲気が発せられてるし、今さっき親友からもあまり関わらない方が良いと忠告されてしまっている。
花音に対して少々過保護なところはある菜種のことだから、香月 葵くんとの接触は全力で防いでくるはずだ。
ーー何かせめて、接点が一つでもできれば……一言でも香月 葵くんと話ができれば……。
そう思っていたある日のこと。花音の元へ奇跡が舞い降りる。
なんと選択科目である家庭科の調理実習が2クラス合同で行われることとなり、"香月 葵"と同じ班となったのだ。
「こ、こんにちは! 花守 花音ですっ! よろしくね、香月 葵くん!」
「あ、うん、よ、よろしく……」
授業開始前に、花音は思い切って彼へ挨拶をしてみた。
だけど彼はやや伏せ目がちで、こっちのことをあまりよく見てくれなくて。
あえてフルネームを読んでみたけど、全然反応をしてくれなくて。
やっぱりあの日出会った"こうづきくん"と"香月 葵くん"は別人なんだろうか。
でも少なくとも菜種に忠告されたような、危ない人物じゃないのはわかった。
そんなモヤモヤした中、調理実習が始まった。
元々料理が大好きな花音は、班のみんなと協力して作業に当たっている。
そんな中、香月 葵は1人で黙々と作業に当たっていたのだけれど……
「花音ちゃん! 合わせタレ入れないと!」
「ああ、そうだった!」
「は、はい、どうぞ……」
花音が失念していた合わせタレを香月 葵が差し出してくれたのだ。
彼には誰も喋りかけず、彼自身も誰とも親しげには話していない。
だけど花音にはわかっていた。
彼は誰とも喋らずともみんなの様子をちゃんとみていて、自分ができることを精一杯やっていることに。
もうちょっとみんなとコミュニケーションを取れば良いのになと思う。
でも多くを語らず、縁の下の力持ち的な振る舞いをしている香月 葵くんは素敵だと思った
……少なくとも別班で女子にキャーキャー言われて調子に乗っている袴田くんよりも、香月 葵くんの方が花音にとっては何倍も魅力的に映っていたのだ。
「ね、ねぇ、香月くんはお休みの日何してるの?」
そして試食の際、花音はもう一度、真正面の席にいる香月 葵へ話しかけてみた。
彼はいきなり話しかけられたことに、とても驚いた様子をみせるも、
「え? あ、えっと……キャンプとか?」
「キャンプ!? すごぉい!」
「す、すごくなんてないですよ……1人でテント張って、ぼぉーっとしているだけですし……」
「そっかぁ、キャンプかぁ……わ、私も、してみようかな……?」
「良いんじゃないっすか……?」
しかしそれっきり彼との会話は途切れてしまった。
後々、彼のことをもっとよく知るためには"してみようかな?"ではなく"一緒にやって!"というべきだったと後悔した。
でも収穫はあった。
香月 葵くんはキャンプが好き。
そして花音自身も、この街に引っ越してきてからずっとキャンプをしてみたと考えていた。
小さい頃出会った"こうづきくん"と過ごした時のような楽しいキャンプを。
ーーそれから花音はキャンプを実施すべく、色々と調べ始めた。
このあたりにはどんなキャンプ場があるのか。
道具はどんなものが必要なのかなど。
そうして動画を見たり、キャンプをテーマにしたアニメなんかを見るようになって、ますます興味が湧いて。
だけどキャンプをするためには色々とお金がかかるので、一生懸命実家の手伝いをして。
菜種をはじめとした友人たちはキャンプにあまり興味がないので、しかたなく1人ですることに決めて。
気づけば、春を迎えて、2年生になっていて。
今度は香月 葵くんと同じクラスになれたことが密かに嬉しくて。
そして遂にーー!
「それじゃ、行ってきまーす!」
諸々準備を整えた花音は"こうづきくん"との思い出が詰まった、近所の湖畔キャンプ場へ出かけてゆく。
もしそこで"香月 葵くん"がキャンプをしていたら良いな、といった淡い期待を胸に抱きつつ……。
★第一話へ戻る!★
さよならするのは悲しいですが、次の作品へ向かうためにも、本作はここで終了です。
もし、この作品に関して大きなきっかけが生じれば、続きがあるやもしれませんが、今のところ本作はここで締めたいと思います。
ありがとうございました。次回作も一生懸命頑張ります!
あとできればブクマは外さないでいただけると嬉しいです。
数字が減るって現象はかなりダメージを負いますので……外すならほとぼりが冷めたあたりにこっそりしていただけると、ダメージが少なくてすみますので……。もしかしたらぽっと、新しいエピソードをあげるかもしれませんし……。一応頭の中には“三年生編”の構想はありますので。
別サイトには以下のようなスピンオフと新規書下ろしがございますので、気になる方は是非チェックしてみてください。なお、スピンオフにおける一部箇所には課金でのロックをかけております。これは、そうした展開を嫌がる方がいることへの対策であり、そこを読まずとも内容は把握できるよう配慮しております。
★スピンオフ
『都会にいた頃の花守 花音』(一部課金あり)
『俺は長ズボンを履いた不思議な女の子『木村 樹』と友達になる』(一部課金あり)
『木村 樹ルート』(課金なし)
『真・樹ルート』(課金なし。新規書下ろし。スピンオフ読了後想定)
花音ちゃんの過去から本編へ入って話の密度を増してみたり、樹ちゃんの過去からスタートし本編は彼女の登場から読み、最後は専用ルートでエンド的な流れで、このお話のヒロインを樹ちゃんにしてみるとか。また違った楽しみ方ができるんじゃないかと思います!
ただ再三にはなりますが自己責任での閲覧推奨&サポーター限定箇所(樹ルートを除く)があるのはあらかじめご承知おきください。
それではまた!
〜追伸〜
本作は山梨県の富士河口湖および富士吉田方面(富士山の麓で、絶叫マシーンとか超怖いお化け屋敷とかが有名な遊園地があり、コシの非常に強いうどんが名物な地域です)を中心とした、県全域をモチーフとして展開をしておりました。
ただ展開の都合上、そのままの登場ではなく、ほとんどが物語に合わせて調整を加えています。
そのまんまの登場は告白の舞台となった"四尾連湖"くらいです。
もし富士河口湖方面や山梨県へいらした際は、ぜひ本作へ思いをよせていただければ幸いです! いまインバウンドで結構凄いことになってますが……(笑)




