初めてのバレンタイン【2】
「これは田中さん、こっちはヨッシーのね? でこれはみやけっちと、サクランのっと」
種田さんは空っぽになったチョコの包みをみて、送り主を的確に言い当てていた。
しかも眉間に皺を寄せて、獲物を狙う鋭い猫のような眼差しで。
正直、無茶苦茶怖い……!
「よ、良くお分かりで……?」
「そりゃ、あたしも同じもの貰ってるから」
「で、ですよねぇ……」
「悪いわね、今日はちょっと……」
「え?」
「今日のあたし、目つき悪いでしょ? ちょっとコンタクトが合わなくなってきて、少し見えずらいのよ。今日の放課後、変える予定なんだけど……」
「ああ、そういうことでしたか……」
別に怒っていたわけではないと思い、内心ほっと胸を撫で下ろする俺だった。
と、そこでなぜか会話が止まってしまう。
なんだろう、この不思議で微妙な空気感は……?
「あ、あのさ……これ、あげるわ!」
頬を真っ赤に染めつつ種田さんが差し出してきたのは、とても上等で綺麗な雰囲気の箱。
まさかこれは……!?
「と、友チョコよ! これは! 夏頃から香月 葵にはお世話になりっぱなしだし、かのの彼氏だし、これからも末長くよろしくってことで! だ、だから変な勘違いするんじゃないわよ! わかってるわね!?」
俺は種田さんから無理やり上等なチョコレートを押し付けられた。
そして彼女は、この場からダッシュで走り去ってゆく。
嵐のような出来事に呆然としてしまう俺。
そんな中、RINEのポストが舞い込んだとスマホが告げてくる。
ポストの送り主は"樹"で、真っ先に表示されたのは、コンビニで使用できる500円のクーポンコード。
樹『一応、バレンタインだから』
樹『義理なんで勘違いしないように』
樹『てか、花音ちゃんのもう食べた?』
冬キャン以来の樹からのポストに、正直なところ嬉しい俺がいた。
でも、だからこそ思いだす。あの日、樹が伝えてくれたことを。
A.KOUDUKI『まだ』
A.KOUDUKI『花音は友チョコ配布に忙しいみたいで』
樹『そうなんだ」
樹『でもきっと花音ちゃんのことだから、おいくんのためにすっごくいいもの良いしてくれてると思うよ』
樹『だから気長に待っていてあげてね!』
締めくくりに送られてきた、ムキムキの擬人化黒猫がサイドチェストをしているスタンプ。
相変わらずの樹の変なセンスに、ほっこりとしてしまう。
俺もまた、了承や終わりの意味を込めた、スタンプを送り返した。
すぐに既読は着くも、それ以降のやりとりは無い。
正直、今の俺と樹の関係性では、これぐらいの距離感が丁度いいように感じている。
ーーもしも、冬キャンでの樹とのやりとりがなければ、俺はこのバレンタインデーで色々と勘違いをしてしまっていただろう。
田中さんに、吉川さんに、三宅さんに、桜井さん、そして種田さんにもチョコをもらって、まるで人生の春がきたように思い、浮ついて……。
というか、そういう想像をしてしまうこと自体、俺がまだまだガキな証拠なんだと思う。
まぁ、未だかつて、こんなにまでバレンタインデーでチョコをもらったことがないのだから、ある意味仕方がない
だから多分、樹はそんな俺のことを見抜いて、こうして釘を刺してくれたのだ。
本当に感謝しかないし、さすがマヴダチだと思う。
ふと、そんなことを考えていると、今度はスマホが着信を告げてくる。
相手は花音。
「もしもし」
『はろはろ! ごめんね、今日はバタバタしちゃってて……』
「良いって、大丈夫。無事配り終えそう?」
『あと30件ってとこ! でも、めどは立ってるから!』
もしも花音と結婚できて、一緒に香月酒店を経営することになったら、彼女には営業として手伝ってもらいたいなとぼんやり思う。
『あ、あのさ、突然なんだけど……今日、放課後、うちに来れたりする……?』
少し弱々しくて、伺うような聞き方で……そんな普段とは違う花音の声音はとても可愛いと思う。
「大丈夫。行くよ」
『わぁ! ありがと! じゃ、じゃあ、5時頃に来て! お願いねっ!』
弾むような花音の声を聞き、それだけで胸のうちがぱぁっと明るむ。
俺は花音と同じように、彼女のことが大大大大好きなのだと、改めて思うのだった。
ーーこうして俺は、忙しく飛び回る花音の背中を見守りつつ、普段通りの学校生活を続けた。
そして迎えた放課後。俺は一旦帰宅し、着替えを済ませて……一応、新品のアレもポケットに突っ込んで、スーパーカブにて花音の家を目指す。
cafe KANONは本日定休日のため、正面の入り口は塞がっている。
そういう時は搬入口から入るのがルールなので、お店の裏手へ回ってみると、
「葵くんっ、いらっしゃい! はやく、はやく!」
と、俺の姿を見つけるなり、まだ制服姿の花音はバスケットチェアから立ち上がって、大きな胸をばいんばいんと揺らしながら手招きをしてくる。
脇には折りたたみ式のテーブルと、何かを温めているシングルバーナー、そして俺のものと思しきバスケットチェアもおいてある。
「花音、これって……?」
「ハッピーバレンタイン!」
花音はテーブルに置かれていたマシュマロを串に刺し、それをバーナーにかけられていた器に潜らせた。
すると真っ白なマシュマロが、とろっとろのチョコでコーティングされた形でお目見え。
「チョコフォンデュってやつだよ! 葵くんには普通にチョコを渡すよりも、こっちの方が喜んでくれるかなって思って! はい、あーんして!」
花音はニコニコ笑顔を浮かべて、隣に座った俺へチョコマシュマロを差し出してきた。
嬉しはずかしといった心持ちの俺は、花音が差し出してきてくれたチョコマシュマロを頬張った。
まるでこの時間のような、甘い甘い味が口の中へ広がってゆく。
「どお?」
「美味いです……! なんかチョコがすっごく滑らかだし!」
「んふふ、牛乳で解いてるからだよ! 焦げつき防止にもなるしね! じゃあ、今度はこっち」
次いで花音はフレッシュな苺をチョコでコーティングし、差し出してくる。
チョコの甘さと、苺の甘酸っぱさが癖になりそうな味だった。
「どんどん食べて!」
それから花音はビスケットやら、キウイフルーツやら、いろんなものをチョコフォンデュにしては、俺に食べさせてくれた。
やはり、最愛の彼女がくれるチョコレートが1番美味しいのだと、強く強く思う俺だった。
「あ、あのさ、葵くん……もう一個、チョコあるんだけどぉ……」
チョコフォンデュが全部無くなった頃、突然花音がそう言ってきた。
そしてわざわざバスケットチェアを寄せて、俺の肩にぴったり寄り添ってくる。
もしかして、この反応って……!?
「そ、そうなんだ。どこに?」
「わ、私の部屋に……」
「へ、へぇ……」
「今日、うち定休日じゃん? だからお父さんとお母さん、ちょっと遠くのお店に買い出しに行ってて、まだ帰ってこないっていうか……」
花音は俯き加減で俺の手を緩く握ったり、離したりを繰り返していた。
そうされているだけで、否応なしに期待感が高まって行くわけで。
「じゃあ、行こうか」
「んっ……」
2人で言葉もなく黙々とチョコフォンデュの片付けを、ささっと行なって。
手を繋いで、花音の部屋へ向かっていって。
パタンと扉を閉めた途端、もうすでに我慢の限界だった俺と花音は、堰を切ったかのように激しいキスをし始めて。
そのまま激しくもつれ合いながら、花音のいい匂いを纏う、ベッドの上へ転がり込んでゆく。
すると、花音はヘッドボードにある引き出しを開いて、
「ハッピーバレンタイン。私のことも食べて……?」
新品のコンドームの包みを唇に咥え、首元を彩っている制服の赤いリボンを緩めつつ、花音はそう煽ってきた。
ならば遠慮はしないと、俺は花音へとがっついて行く。
……
……
……
「良かったぁ……バレンタインにも、葵くんとできたぁ……!」
一通り満足した裸の花音は、俺に腕枕をされつつそう呟いた。
「花音ってさ、結構イベントごと大事にしてるよね?」
「だってイベントだもん。これからも、2人で思い出たくさん作ってゆこうね?」
そう言って微笑む花音がすごく可愛くて。
だからもう一回くらいしたいな……と、思っていたその時、下の階からガサゴソと物音が!?
俺と花音は慌てて窓の外をみると、駐車場には花守家所有の車が止まっていた。
ハイブリッド車なので、音を聞き漏らしていたようだ。
「か、帰ってきちゃった! 早く服着ないと……あ、あれ!? 私の下着どこぉー!?」
「お、俺も靴下が片っぽない!」
がっつくのはいいけど、もうちょっと色々と考えないといけないなと。
そうしたことも含めて、とてもいい思い出となった花音との初めてのバレンタインデーであった。




