初めてのバレンタイン【1】
〜時系列は89話と90話の間となります〜
2月。
これまでの俺にとっては他の月よりも短く、そして休みが多いとの認識しかなかった。
しかし今年からは、この月はまた別の意味を持ち合わせている。
なぜならば……
「花音、どんなチョコくれるのかなぁ……」
今年の俺には"彼女"がいる。だから当然、2月14日のバレンタインデーにはチョコレートがもらえるはずっ!
しかも俺の彼女は学校一可愛くて、元芸能人で、しかもお料理大好きな「花守 花音」
明日のバレンタインデー当日が待ち遠しくて、仕方がない!
そうして興奮で眠れぬ夜を過ごし、そしてバレンタインデー当日を迎えるっ!
「おはよー葵くんっ!」
「お、おはよう!」
いつもバス停で花音をお出迎え。花音は基本的にリュックサックで通学をしていて、手に何かを持っていることはほとんどない。
しかし今日は、その手にどこかのブランドのものと思しき、とてもオシャレな紙袋を握っている。
おそらくこの紙袋の中には、バレンタインデー用のチョコレートが入っているはず!
「あ、そうだ葵くん」
きたきたきたぁー! 早速きたぞぉー!!
「な、なに?」
「これっ!」
「は……?」
花音が紙袋から取り出してきたのは、チョコレート……ではなく、俺が先日貸したキャンプを題材とした漫画の単行本。
普段はとても忙しい営業ウーマンの女性主人公が、週末にキャンプを楽しむといった内容のものだ。
「凄く面白かったし、勉強にもなったよ! ありがと!」
「あ、ああそう……なら良かった……」
「あ! ちょっとごめんね! 今日は先に学校行ってて!」
と、花音は言って駆け出してゆく。
そして、目前を歩いていた女子の先輩グループへ駆け寄り、紙袋の中から綺麗に包装されたチョコレートを取り出し、配り出す。
先輩たちも同じような紙袋を持っていて、それぞれが花音へチョコレートを渡している。
更に花音はずんずんと1人で通学路を進んでは、女子にチョコを渡して、渡されてを繰り返している。
大変そうだな、女子って、友チョコとかあって……今の花音の様子は返却された漫画の主人公のようだと思った。
なんてことを考えつつ、今日の俺は本当に久々な、お一人様での通学をするのだった。
ーー学校に着いてもなお、花音はクラスメイトや、先輩、後輩への友チョコ配布でとても忙しいそうな様子だった。
「えっと次は……カナちゃんグループ……ああ、でもカナちゃん朝練中かぁ……だったら先に、めぐっちのところへ……ううーん、でもめぐっち彼氏に朝渡すって言ってから……と、なると……まず渡すは久山先輩っ!」
なんか今日の花音は、うちの店に良くやってくる酒類メーカーの営業さんのようにとても忙しそうな様子で、とても話しかけづらい様子だった。こんな中「俺のチョコは?」なんて言えるはずもない。
というか、今日あるのか? 俺へのチョコレート配布は……?
そんな風なことを考えつつ席に着いて、忙しそうに教室を飛び出した花音の背中を見送った時のこと。
「あれ? これって……!」
机の中にひっそりと、可愛い包みみたいなものが入っているではないか!?
驚きと期待の中、周りに気づかれないよう包みをそっと取り出すとーー
『森のカフェや、クリキャンの時ありがとうございました! 楽しかったです! 〜田中 美海〜』
丸くて可愛いデザインの付箋には、綺麗な文字でそう書かれていた。
透明の包みには手作りのチョコが幾つか封じされている。
俺は思わず、斜め向かいの席に座る、田中さんのへ視線を飛ばした。
するとちょうど、田中さんと視線が重なり、彼女は頬を真っ赤に染めながら笑顔をと共にこちらへ手を振ってくる。
まさか田中さんが俺にチョコをくれるとは……義理とはわかっていても、女の子からこうしてチョコをもらえることをはとても嬉しい!
「ちょ、ちょっと押すなしー!」
「はよ、いけばか!」
「ほらほらー!」
ふと、傍からなんだか明るいやりとりをしている声が聞こえたので、振り返るとーー
「なっーー!?」
なぜか、俺の側? に立っていた、ギャルギャルしている吉川さんと視線がかさなかった。
彼女の後ろでは、彼女と良くつるんでいる三宅さんと桜井さんが、にひひと言った笑みを浮かべている。
これってまさかのまさか!?
「これ、よかったら食べて……! ウチの自信作なんだからっ!!」
いつもは花音と同じくらい元気いっぱいな吉川さんはダイスの形に切り分けたチョコケーキを封じた包みを渡してきた。
『香月っち最高! また楽しいことしようね! 〜吉川 穂奈〜』
しかもハートの形をした付箋でのメッセージ付き。
森のカフェまで全く接点がなかったというか、申し訳ないがちょっと苦手意識を持っていた吉川さんから貰えたチョコレートを貰えたことがとても嬉しかった。
「じゃあ今度はうちもー!」
「うちもー!」
三宅さんと桜井さんも俺へチョコを渡してくる。
この短時間に四つも、チョコをもらってしまった俺はやや呆然としてしまっている。
と、そんな中、なんだかこわーい視線が注がれているような気がして、そっとそちら方をみてみると……
「……」
種田さんがわざとらしく、こちらにまで体を向けて、獲物を狙う猫のような目でじーっとこちらを睨んでいた。
あれって、もしかして怒ってる? いや、種田さん、別には俺は……!
これは後で、種田さんには"他意はない!"としっかり伝えなければっ!!
ーーと、ここでタイムオーバー。
先生が来てしまったので、ホームルームとなった。
それからは至って普通の学校時間が流れて行き、そしてお昼を迎えてーー
「それじゃ行ってきますっ!」
「あと何件?」
「お昼中に15件!」
「相変わらずね。走ってすっ転ぶんじゃないわよ」
「ありがと! それでは!」
種田さんの見送りを受け、花音はパンを齧りつつ、教室を飛び出してゆく。
いやぁ、一流の営業マンはお昼さえも忙しそうで……って、花音は営業マンじゃないってか、営業ウーマンか?
あらためて花音がどれほど人との交流を大切にしているか、まざまざと思い知る。
今日、剛田くんはバレンタインデーということで、交際しているラグビー部マネージャーとラブラブなお昼を過ごしているし、結構モテる骨川くんはバレンタインデーにかこつけた学食合コンの主催をしているし、花音はアレだし、久々にお一人様、東屋昼食を楽しむかと、教室を出て行った。
久々の1人での元職員用喫煙所跡地の東屋での昼食はなかなかにオツだった。
たまには1人も悪くない。
そして今が絶好のチャンスだと思い、まずは田中さんからいただいたチョコを口へ運んでみた。
穏やかな田中さんらしい、口溶け柔らかな、甘さ控えめのチョコレート……美味い!
次いで吉川さんのチョコケーキは……うん、彼女のような力強い風味が効いた刺激的な味わいで……美味でございますっ!
三宅さんのトリフュチョコも、桜井さんのナッツチョコも、とても美味しかった。
バレンタインデーといえば、中1の頃、樹がくれたおにぎりサイズの不恰好なチョコ以来である俺は、ただただこの状況に驚きと興奮が隠しきれない。
「あらー? 今日は寂しくお一人様でお昼かしらー?」
「んぐっ!?」
突然、声をかけられ吉川さんのチョコケーキが、ちょこっと喉に詰まって咽せてしまった。
「い、いきなり声かけないでくださいよ! おどろくじゃあありませんか!」
俺は背後に突然、現れた種田さんへそう抗弁をする。




