第90話 いつの日か3人でキャンプを!
「遠いところわざわざ見送りにきてくれてありがとね!」
2ヶ月ぶりに会った樹の表情は春の陽気のように爽やかだった。
これなら安心して送り出せると思う。
「……」
しかし、花音だけはやや硬い表情をしていた。
やはり2ヶ月前のことを気にしているのだろうか。
「花音ちゃん、ちょっとこっち来てくれないかな?」
するとそんな花音を気遣ってなのか、樹は柔らかい声音でそう問いかける。
「え?」
「良いから早く!」
そう促された花音は樹へ近づいて行きーー
「ひゃっ!? い、樹ちゃん!?」
「えへへ! 花音ちゃんって抱き心地良いね! おいくんがどっぷりハマっちゃうのもよくわかるよ!」
樹は花音のことをギュッと抱きしめて、楽しそうに笑っていた。
最初は凄く戸惑っていた花音だったが、やがて樹の腕の中で落ち着いた様子を見せる。
いっときは、花音と樹の関係もどうなってしまうのかと肝を冷やしていたが、これなら大丈夫そうである。
俺自身も、正しい判断ができて本当に良かったと思っている。
「花音ちゃん、これからもおいくんのことをよろしくね」
「うんっ……」
「おいくんってさ、ほんとすけべでバカだから! だから花音ちゃんがちゃんと手綱を握ってあげててね!」
「わかった……!」
「もしもなんかあったらいつでも連絡してきて! 僕ががつんとおいくんを叱ってあげるから! 花音ちゃんを泣かせるだなんて、なに考えてるんだって! 最低だって!」
「……あの、樹ちゃん……一つ聞いても良い?」
「なに?」
「樹ちゃんはどうして、こんなにも私たちに良くしてくれるの……?」
花音の問いに、樹は優しい笑みを浮かべた。
「おいくんには花音ちゃんが必要だと思ったからだよ。あと、僕個人としても花音ちゃんのことが大好きだからさ! だから、これからも花音ちゃんとは、いい友達でいたいと思って……」
「ありがと、樹ちゃん……! 私も樹ちゃんのこと大好きだよ! 樹ちゃんと友達になれて嬉しいよ!」
花音もまた樹のことを抱きしめ返す。
俺の勝手な言い分なのだが、この2人にはずっと良い友達で居続けてほしいと願っている。
そんな中、電車の来訪を告げるアナウンスが響き渡った。
2人は名残惜しそうに、お互いに身体を離すのだった。
「それでは、木村 樹! 金メダルを目指して、頑張ってきます! 2人とも応援よろしくね!」
「樹ちゃん、頑張って!」
「がんばれ、樹!」
俺と花音の声援を受けて、樹は電車へ飛び乗った。
そして爽やかな笑顔と共に、俺たちの前から風のように走り去ってゆく。
「ねぇ、葵くん」
「ん?」
「樹ちゃんが帰ってきたら、今度こそ3人でキャンプしようね!」
花音は小さくなる樹の乗せた電車を見ながらそう言った。
「ああ、しよう絶対に!」
花音の手を強く握り返し、そう答えるのだった。
ーーそれからも、俺と花音の交際は続いていった。
以前、樹が言った通り、俺たちは本音で喧嘩をすることも増えた。
お互いの悪い面だって、見えるようになってきた。
でも、最後はお互いに謝って、許しあい、そして仲をより深いものへとしていった。
どんなに喧嘩をしたって、俺と花音はいつもお互いを好きで、愛し合っていて。
離れられないパートナーで。
そんな関係は高校時代、そしてその先に進学してまでも、ずっと、ずっと続いて行き……気がつけば5度目の夏を迎えていた。
「明根ちゃん……もう私、来年から社会人なんだよ? びっくりじゃない? ほんと、時が経つのって早いよね……」
8月5日のよく晴れた日、俺と花音は交際を始めてから通算5回目の"土肥 明根さん"の墓参りに訪れていた。
今でも墓標に刻まれたこの苗字を見ると、ほんの少し気まずい感覚を得る。
でも、花音の親友だし、花音はここに来るといつも真剣なのだ。
だったら、俺はそれに従うだけだし、あの記憶は俺の胸の中へ永遠にしまっておくだけだ。
だから、花音の亡くなった親友が土肥 明根さんだと分かっても、彼女のことを積極的に調べないようにしている。
というか、都会の大学への進学を機に、俺と花音はこれまでずっと同棲しているわけで、恋人がいるまえで他の女性の画像……しかもエロいものなんておいそれと検索することなんてできない。見つかったの日には、大目玉は必至なのだから……。
「来年もくるね。またね、明根ちゃん!」
花音は墓標にそう告げて、歩き出す。俺も彼女に並んで歩き出した時のこと、スマホからピコンとアラームの音が。
それは花音も同じで、俺たちは揃ってスマホを取り出し、
「「おおっ! 遂にっ!!」」
俺たちは仲良く声を揃えて、スマホに通知されたSNSの投稿を食い入るように見つめる。
【木村 樹選手 女子個人バタフライ200m金メダル!】
スポーツ留学以降、樹はすぐさま頭角を表し、様々な大会で成果を出して報じられるようになっていた。
今や競泳の木村 樹選手はその愛くるしい容姿も相まって"可愛すぎる競泳選手!"として各種メディアで引っ張りだこなのだ。
そんな風になった樹を俺と花音はできる限り精一杯応援し続けてきた。
直接会う状況は未だ訪れずだが、幾つかの大会では、会場まで赴き観戦したこともある。
そして遂に迎えた樹のオリンピック初出場。悲願の金メダル獲得。まさか本当に身近な人がメダリストになるとは、と驚きである。
樹『金、とったどー!』
樹『五輪が終わったら一度、地元に帰ります』
樹『だから』
樹『約束通り、今度こそみんなでキャンプしたいな!』
5年前に作り、未だに残してあったRINEのトークルームへそんなポストの連投と、金メダルと青いハンドルのメスティンの両方を掲げた日本代表のジャージ姿の樹の自撮りが表示されている。
「葵くんっ!」
花音の青い瞳がキラキラと輝きだし、俺へ期待の視線を向けてくる。
「分かってる! とりあえず帰ろう!」
「うんっ! せっかくだし、他のみんなも誘ってみるね!」
俺はレンタカーを運転しつつ、どこのキャンプ場が良いかを考え出す。
助手席の花音は、スマホで懐かしいみんなへの連絡をとり始めている。
久々にみんなでキャンプができる! 今から楽しみな俺である!




