第89話 愛する花音へ
ーーお人好しがすぎる!
きっと、親友の種田 菜種ならば、そうきつく注意してくるのだろうと、花音は病床に伏しつつ考えていた。
だけど、葵と樹の2人きりでのキャンプを中止にできなかったのは、ひとえに2人の"友人関係"を思ってのことだった。
自分のせいで、2人の思い出に水を差したくはないと思い、2人きりであろうとも、キャンプへ行くよう促した。
もしかすると、葵と樹がこうして過ごせるのは本当に最後になってしまうのかもしれないと思った上での判断だった。
しかし同時に、不安もあった。
もうだいぶ前から花音は気づいていた。木村 樹は、葵のことを自分と同じく好きなのだと。
友達としての好き以上に、女として葵のことを愛しているのだと。
そして葵自身も、僅かながら樹と同質の気持ちを抱いているのではないだろうかと。
そうした間柄なのだから、もしかするとあの2人は、友達という垣根を易々と乗り越えてしまい……
「ううっ……葵くんっ……」
病気のせいで弱っているためか、花音はとても強い不安に駆られていた。
だから、水を刺してしまうのは分かって上で、「キャンプ、どうですか?」と思わず送ってしまった。
既読はすぐに付き、一瞬ホッとするも、それから葵の返事はなく……花音の不安はますます募るばかり。
「葵くんっ……はぁっ……葵くんっ……やだよ……君と、ずっと一緒にいたいよぉ……」
花音はベッドの中でうずくまり、何度も愛する彼の名前を呼ぶ。
そして高熱と不安に苛まれつつ、いつの間にか眠りの淵へ落ちてゆくのだった。
……
……
……
不意に瞼に朱が差し、明るさを感じた。
昨夜よりも明らかに頭がスッキリしていて、少し身体が軽くなっているように感じる。
と、そんな中、ガチャリと扉が開く音が聞こえてくる。
「花音ちゃん、起きてる? 体調はどう?」
「まぁまぁ……」
花音は母親の声にそう応えた。
多少マシになったとはいえ、まだ起き上がるのは辛いと感じる。
「今、葵くんがお見舞いに来てるんだけどどうする?」
「ーーっ!?」
花音は急いで枕元に投げてあったスマホを手に取る。
すると、昨晩は不安と高熱でうなされていた為、気づけなかった。
夜に葵からのRINEがあったことに。
A.KOUDUKI『キャンプは終わりにしました。今から帰ります』
A.KOUDUKI『樹にはさっさと帰れ! って言われましたし、やっぱりキャンプには花音が居なきゃと思って!』
A.KOUDUKI『朝になったらお見舞いに行きたいんだけど、大丈夫?』
●●●
ーー樹にキャンプ場から追い出された俺は、花音へお見舞いへ行きたい旨のRINEをし、帰宅する。
しかしやはり寝込んでいるためか、既読は付かず。
まぁ、ダメ元で自宅へ行ってみるかと、朝イチで花音の家へ訪れたわけで。
「おはよ」
入室許可が降りたので、声をかけた上で、そっと花音の部屋に入った。
花音の部屋はシンプルな内装だが、とてもスタイリッシュで、随所に愛らしさもあり、彼女らしい部屋だと思った。
こんなセンスのいい子が、俺の彼女なんだと今でも信じられずにいる。
「お、おはよう……」
花音は布団から顔だけ出して、挨拶を返してきてくれる。
そこはかとなく、喜んでくれているようにも見える。
「キャンプ、途中で終わりにしたんだね……?」
俺がベッドの脇に椅子を寄せて座り込むと、花音はすぐさまそう言ってきた。
「うん、終わりにした。樹にも帰れって言われて」
「樹ちゃんが……?」
「花音っていう彼女が居るのに、他の女子と2人きりででかけるだなんて、ダメだろうが! って言われてね。俺もそうだと思った。だから軽はずみに、キャンプを実行に移してごめん。もう2度と、こういうことはしないって約束する。彼女の花音を不安がらせるような行動は絶対にしない!」
「そんなことは……だって、葵くんと樹ちゃんは友達で……樹ちゃんは海外に行っちゃうから……だから……」
病気のためなのか、今の花音はとても弱っているように見えた。
だから俺は、花音が少しでも元気になってほしいと思い、彼女の綺麗な金髪に手を添える。
「ありがとう花音。でも、もう十分だから。もう、そうして自分の本当の気持ちを堪えて、遠慮する必要なんてないから。嫌だったり、不安だったら、ちゃんと言ってもらって構わないから」
「っ……ごめん……でも、そう思うのって私のわがままだし……」
「いいよ、わがままで。花音のそういうところも、俺は好きだから」
愛するたった1人の女性である花音へ今まで以上に心を込めて"好き"という言葉を贈った。
すると、先ほどまでずっと不安げだった花音の表情に、柔らかさが宿り始めたような気がする。
「じゃあ、さっそくわがまま言っちゃうよ?」
「どうぞ。なんなりと」
「キス、して……?」
「わかった」
花音の願い通りに、俺は彼女へキスをする。
これはたぶん誓いとなるのだろう。
もう2度と花音を不安がらせない。花音をだけを、これからも一生愛し続けてゆくという誓いのキス。
「葵くん……」
「?」
「大好きっ……!」
未来永劫、俺はこの花音の気持ちと笑顔を守り続けてゆこう。
そう、強く心に刻み込む。
ーーなんとなくだけど、これで以前、高橋さんに言われた片付けは終わった気がした。
そしてこれから俺と花音、そして樹の新しい関係が始まってゆくような気がする。
と、ここで終われば、もの凄く綺麗な終わり方だったんだけど……
「ぶえっくしょん! うううう……」
「あんた秋にも大風邪引いて、今度はインフルエンザ? よくもらってくるわねぇ……」
母さんは呆れ気味にそう言って、部屋を出て行った。
このインフルエンザはたぶん、花音からもらってしまったものだ。
そりゃインフルを患ってた花音とキスをしちゃんだし、当然である……。
そうしてしばらくうんうん、うなされていると、
「やっほー! 来ちゃったよ、葵くーん!」
っと、すっかりインフルから回復した花音が相変わらず大きな胸をばいんばいんと揺らしながらひょっこり、俺の部屋へやってきた。
「相変わらずお元気そうで……」
「なんか、ごめんね。移しちゃったみたいで……」
「いや、仕方ないよ……」
「だからね、えっと……これから毎日、葵くんが治るまで看病にくるね?!」
花音はそっとベッドの脇に座って、俺の髪を撫でながらそう言ってくる。
至福の瞬間だった。
病気で調子が悪いけど、今すぐキスがしたい。むしろ、その先のこともしたい気持ちがムクムクと湧き上がってくる。
「もしかしてチューしたいとか思った?」
と、明らかに俺の色々を見透かした花音は、いたずらっ子っぽい可愛い笑みを浮かべつつそう聞いてくる。
「な、治ってからで良いよ……また移したら悪いし……」
恥ずかしさのあまりそっぽを向いてそういった。
すると、ほっぺにチュッと柔らかい感触が。
「じゃあ、今はこれだけで! この続きは葵くんが100%の元気になったらね……?」
もしかしてこれから体調が治るまで毎日、こんな風に煽られるのだろうか……。
果たして欲望に耐えられるのだろうか、甚だ疑問である。
……で、元気になったその日に、今まで煽られた分をお返しするかのように、俺は花音とむちゃくちゃエッチをしたのであった。
ーーこうして俺の花音の恋人同士としての日々は、穏やかに、そして楽しく過ぎていった。
そして3学期も終わり、桜の木が芽吹き始めた頃のこと。
俺と花音は駅へと向かう。
旅立つ樹を見送るためだった。




