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第88話 マヴダチ

「ぐおっ!?」


「やったー! また僕の勝ちだねぇー!」


 ルールもへったくれもない。空振りをしたら相手が一点獲得といったバドミントンでの勝負。

そんなものでも、俺はこれまで一回も樹から勝利を獲得できずにいた。


「もう一回だ! もう一回!」


「ふふん、良いけど? でも結果はまた同じだと思うけど?」


「ええい、うるさい! もう一回ったら、もう一回だ!」


「相変わらずおいくんはねちっこいなぁ、ふふ……」


 たぶん、今日の樹が女の子っぽい格好をしているせいだろう。


 ここに来てからずっと、樹から目が離せなくて、胸がざわついて仕方がなくて。


 まるで中学の、あの時の気持ちに戻ったみたいで。


 これが樹と過ごす最後の時間だと思うと、とても寂しくなって……この時間が終わってほしくないと強く願うようになって……。


 夕飯のカレーを2人で作っている時も、俺は自然と樹との距離が近くなって。


 樹も嫌がるそぶりを全く見せず、むしろいつも以上に俺への距離感が近い気がして。


「やっぱキャンプで作って食べるカレーって美味しいね!」


 今、樹はハンドルが青色のメスティンを使って、カレーを食べている。

クリスマスキャンプの際、プレゼント交換で俺が出品したものだ。


「やっぱ、このメスティンで食べてるのも原因かなぁ……」


「え……?」


「偶然とはいえさ、おいくんが選んだものが僕の手に渡ってすごく嬉しかったんだぁ……だから、カレー美味しく感じるのかなぁって……」


 カレーがうまく喉を通らなかった。ずっと胸の内がざわつき続けていたからだ。


 俺は今、焚き火の赤々とした炎に照らされた樹の横顔から、目が離せないでいる。


「お、おいくん……」


「ん?」


「なんでそのぉ……さっきから僕のことばっかり見てるの……?」


 薄闇の中、樹は消え入りそうな声でそう言ってくる。

少し頬が赤くなっているようにみえるのは、寒さか、焚き火の炎の照り返しなのか。

でも、そうした樹の横顔は、容赦なく俺の胸へ強い揺さぶりを仕掛けてくる


「べ、別に見てなんかは……」


 俺は樹から再びカレーへ視線を落とす。


 気のせいかもしれないが、樹がわずかに唇を噛み締めていたような気がした。


 そして突然樹は立ち上がると、椅子ごと移動し、俺の隣に座り込んでくる。


「な、なんだよ急に……!?」


「あっち、ちょっと寒かったから。こっちの方が暖かいかなって」


 ふわりと樹の匂いが香ってきて、不意に胸が強い高鳴りを発した。


 見ないように心がけても、俺の視線は自然と、赤い炎に照らされて、幻想的な雰囲気となっている樹の横顔に向かってしまう。


「僕さ、時々考えるんだ……」


「考えるって、何を……」


「もしも、中2の時、喧嘩してなかったらおいくんと僕って、どうなってたのかなって……」


「あ、相変わらず、バカばっかしてたんじゃないか……?」


「そうかなぁ……」


 期待していた答えとは別のものが返ってきて、俺は激しい動揺に見舞われた。


 中2の頃から、今日のこの日まで抱いてきた"可能性"が現実味を帯び始める。


「ねぇ、おいくん……」


「な、なんだよ……」


「あのね、僕……」


 やっぱり、樹はずっと、俺のことを……?


 と、そんなことを思い始めた時のこと。


 突然、ポケットに入れたスマホが音を放つ。



花音『キャンプ、どうですか?』



 スマホに浮かんだ花音のメッセージを目にし、俺は一気に現実へ引き戻される。


 今、手にしている赤いのハンドルのメスティンへ視線が落ちた。


 クリスマスキャンプのプレゼント交換で、俺の手に渡ってきた、花音の用意したメスティン。


そして俺は今、花音と……俺の気持ちはやはり樹ではなく、花音のことを……!


「てい!」


「っ!?」


 と、突然、樹が俺の頭へ軽いチョップを喰らわせてくる。


「おいくんさ、やっぱもっとちゃんと自覚しなきゃだめだよ」


 樹はあっけらかんとした様子でそう言ってくる。


「じ、自覚って……?」


「もう、分かればか! 自分には花音ちゃんっていう、可愛くて大事にしなきゃいけない恋人がいるってことをさ!」


 樹はスッと、椅子ごと俺から離れて、「はぁ……」と盛大なため息を吐く。


「全くさ、さっきからおいくん、怪しい態度ばっかり取ってたからさ、僕すごく心配になっちゃったよ! 僕なんかに熱い視線ばっか寄せちゃってさ、このすけべ!」


「ぐっ……」


「まっ、僕もおいくんを分からせるためにわざとやってたんだけどさ!」


「わ、わざと……?」


「良いかい、おいくん。君はもうさ、彼女持ちなわけ。だから、いくら友達だからって、友達の僕だからって女の子と2人きりで出掛けたりしちゃだめだって! 今回はさ、花音ちゃんも僕とおいくんの友達関係を考えて、オッケーだしてくれたけどさ……だとしても、そこはやっぱり彼氏としてビシィッと『行かないっ!』 って宣言しないと!」


「……」


 全くもってその通りだと思い、俺は口を噤んでしまう。


「ってわけで、これにてこのキャンプは終了とします!」


「しゅ、終了?」


「そ、終わり! まさかおいくん、彼女以外の女と朝を迎えるつもり? そんなのだめだよ! いくらなにもないって保証があったって、彼女からすりゃ不安になっちゃうよ! って、わけでさっさと帰る!」

 

 樹はテントの中から、俺のカバンを取り出し、思いきり投げつけてきた。


 本当に帰らないと、マジで樹にキレられそうな気がしてならない。


「わかったよ、帰るよ。じゃあ撤収を……」


「それも良い! 全部僕がやるからさっさと帰れ!」


 樹の言っていることは無茶苦茶だ。酷いにも程がある。


 だけどこれ以上…………樹の真意に気づいてしまった俺は、ここを立ち去る以外の選択肢はない。


「分かった。帰るよ。片付け、よろしくな」


「ん! おいくん」


「?」


「最高の思い出になったよ! ありがと! じゃあね!」


「……じゃあな」


 俺は胸の痛みを必死に隠しつつ、樹に背を向けて歩き始める。


ーーたぶん、樹は俺のことが好きなんだと、このキャンプを通じて感じた。

友達としての好きではなく、花音が俺に抱いてくれているものと同じ気持ちとしての。


 そして俺の中にも、わずかながら、まだ樹のことを"女の子として好き"という気持ちが存在していることを。


 だけどそれは僅かであって、過去の残火のようなもので。

俺が今、1番好きなのは恋人の花音であって、樹ではない。

 そして樹は恋愛経験が乏しい、花音が恋人となってくれたことで色々と勘違いをしていたガキな俺へ、自分の気持ちを抑えててでも、そのことを身を挺して伝えてくれたのだと思う。


 だからこうやって俺を追い返してくれたのだと。

 男として、恋人のいる彼氏として、これからもしっかりしろ! 間違いは絶対に犯すな! お前が1番愛すべきなのは、「花守 花音」なんだ! 「花守 花音」だけを愛し続けろ! と教えてくれたのだと。


 自分の本当の気持ちよりも、俺と花音との関係を重んじてくれたことに感謝を捧げたい。


 そしてその上で、もしも樹の気持ちが許してくれるのならば、たとえ物理的な距離が離れてしまっても……樹とはこれからも男女の垣根を超えた、1番の友達ーーマヴダチとして、思っていたい。そう思う。


 そしてこの件で、おそらく強い不安に襲われているであろう花音へ、俺は急いでRINEを送る。


A.KOUDUKI『キャンプは終わりにしました。今から帰ります』



A.KOUDUKI『樹にはさっさと帰れ! って言われましたし、やっぱりキャンプには花音が居なきゃと思って!』



A.KOUDUKI『朝になったらお見舞いに行きたいんだけど、大丈夫?』


●●●


「うっ……うっ……ひくっ……ううっ……」


 葵がいなくなった後、彼からもらった青いハンドルのメスティンへ、樹の涙がこぼれ落ちていた。


「せっかくのチャンスだったのになぁ……僕、なにしてんだろうなぁ……」


 あえて嘲るようなことを口にする。


 この思いは吐き出さずには居られなかった。そして吐き出すことで、目の前で轟々と燃えている焚き火の炎が全て燃やし尽くしてくれる。そんな気がする。


 樹は呆然と炎の眺めながら、次々と葵への女としての好きといった気持ちを思い出し、そして端から炎の中へ投げ込んでゆくイメージをしてゆく。彼を男として好きという気持ちが、どんどん灰へと変わってゆくイメージを心がける。


「さようなら……大好きな、おいくん……」


 大好きな男としての彼へは別れの挨拶を。


「これからもよろしくね、マヴダチのおいくん……!」


 そしてこれからも共にありたい友人としての彼へ、改めて挨拶をする。


 そうすると涙は収まり、徐々に活力が湧いてくるような。


 そんな感覚を得る樹なのだった。


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