第87話 ラストキャンプ
ーー樹が海外へ行ってしまう。だから最後に3人で思い出作りに……と、冬キャンプを実施することとなった。
何をしようか? どこへ行こうか、3人であれやこれやと意見を出し合った結果……特別遠くへ行くことはせず、近所にある湖畔キャンプ場で一泊二日にて行うこととした。
ここはかつて俺がソロキャンを楽しみ、そして花音と出会った思い出深い場所である。
そうしてあっという間に、実施日を迎えたのだがーー
花音『ごめん……インフルに罹ったっぽい……』
このキャンプの相談用にと立ち上げたRINEのトークルームへ、突然、そんなポストが舞い込んできた。
今日も花音は学校を早退していたし、心配に思っていたが、まさかインフルエンザだったとは……
樹『そっか……お大事に……』
次いで舞い込んできたのは、樹のとても残念そうな投稿。
でも、花音が来られないんじゃ、キャンプは中止にするのが妥当だろう。
恋人を差し置いて、いくら友達といえど、他の女の子と2人きりで出かけるのは良くないと思う。
そう思い、その旨を送ろうとした時のことーー
花音『私がいなくても、行ってきて!』
予想外すぎる花音の投稿に唖然としてしまう俺だった。
そんな俺を、まるで捨ておくように花音からの連続投稿がされる。
花音『私のせいで中止になんてできないよ!』
花音『思い出大事っ!』
花音『だから、行って!』
花音『お願いっ!!』
確かに俺自身も、樹との思い出が欲しいと思っているところはある。
だけど……
樹『せっかく花音ちゃんが、こうまで言ってくれてるから』
迷っている俺の目の前へ、樹のそんな投稿が飛び込んできた。
樹『おいくんさえ良ければ、僕は良いよ?』
心が揺さぶられた。
この機会を逃すと、もう2度と樹と楽しい思い出が作れないような……そんな気がしてならない。
樹は確かに女の子だ。彼女のことをそういう目で見ていた時期もある。
でもそのせいで俺たちの関係は一度壊れた。
だから関係が修復したのをきっかけに俺は誓ったんだ。
もう2度と、樹との関係をおかしなものにしないと。
樹は女の子である以上に、大事な、大事な1番の友達。
その友達との思い出は、やはり欲しい。
A.KOUDUKI『わかった。予定通りキャンプしよう!』
俺の投稿に、樹と花音はそれぞれ、了承の意味を示すスタンプを返してくるのだった。
●●●
キャンプ当日の朝は、真冬にも関わらずとても暖かった。
なんでも、真冬にしては異例の暖かさだそうで。
これから冬キャンに挑む者としては、この暖かさはありがたい。
「おはよ、おいくんっ!」
集合場所であるバスストップで待つこと数十分。
背中へ弾んだ樹の声が響いてきたので振り返るとーー
「お、おはよう樹……なんだ、その……どうした?」
思わずそう言ってしまったのは、あの樹が、ロングではあるがスカートを履いていたらからだ。
「あ? もしかしてこのスカートのこと? これね裏起毛であったかいんだ!」
樹はそう言いながらケラケラと笑っている。
他にも女物っぽいダウンジャケットを着たり、少しかわいめのデザインのニット帽をかぶっているなど、これまで男みたいな格好ばかりしていた樹とはだいぶ違った印象を受ける。
つーか、相手は樹だぞ? なんで俺はこんなにもドキドキしているんだか……。
と、なぜか1人でドギマギしている俺の目の前へバスが止まるのだった。
今回はバイクを所持していない樹との2人きりのキャンプなので、目的地の湖畔キャンプ場へはバスで向かう。
そのため個人装備は最小限にとどめて、テントなどの大型のものは全部レンタルですませることにしていた。
やはり真冬にキャンプ場へ行く人などほとんどおらず、乗ったバスはガラガラだった。
だからといって、離れて座るのも、なんだかあれなので、とのことで1番後ろの広い席を俺と樹、そしてキャンプ道具で占領してしまうことに。
「貸切バスみたいだねー! ふふ!」
合流してからというもの、樹は常にニコニコしていて、とても上機嫌な様子だ。
この笑顔を見ていると、このキャンプを実行に移して良かったんだと思える。
「あ、おいくん、お菓子食べる?」
「あ、おう……っっっ!?」
なぜか樹はチョコレート菓子を口に咥えて、俺の方へ突き出していた。
「ほら、食べなよ。ほらほら!」
「く、食うかばか!」
恥ずかしさのあまりそう叫んでそっぽを向く。
「ごめんごめん、冗談だって! おいくんって、やっぱうぶだなぁ〜」
と樹は咥えたチョコレート菓子を根元でぽきんと折って、改めて差し出してくる。
ここで拒否るのも、樹が本気で凹みそうだと思って、チョコ菓子をいただくこととした。
それからバスはあっという間に、慣れ親しんだ湖畔キャンプ場にたどり着く。
そしていつものように受付を済ませて、レンタル品をカートに乗せて、サイトへ向かってゆく。
「なんかおいくん、すごく慣れてるね?」
サイトへ向かう最中、樹がそう聞いてくる。
「前はここでソロキャンばっかしてたんだよ」
「へぇ」
「ここでなんだ、花音と出会ったのも」
「……そっか。ここ、花音ちゃんとの思い出のキャンプ場なんだ……」
寂しそうにそう呟くあたり、やはり樹も花音とのキャンプを楽しみしていたようだ。
だったら花音が居ない分も、俺が楽しませる。樹に俺しか居なかったけど、楽しいキャンプだったと思ってもらいたい。
そんな決意を結び、さっそくサイトの構築を始めることとした。
「樹ー! しっかり持ってろよぉ!」
「おっけー!」
2人で協力してテントを建てていると、どうして中学の林間学校の時も、こうして穏やかにできなかったのだろうかと思った。
そして時々思う。
もしもあの時、俺と樹が喧嘩をして、離れ離れにならなかったら、一体どんな未来が待っていたのだろうかと。
花音の時と同じように、自分の気持ちを素直に認めて、樹と向き合っていたらどうなっていたのだろうか。
そんなことを考えながら作業を進め、サイトの構築はあっという間に完了した。
「なんかさ、僕今でも、おいくんとこうして過ごせていることが信じられないんだ……」
出来上がったばかりのサイトで湖畔を眺めながらココアを飲んでいる時、ふと樹がそんなことを呟く。
「もう2度と、おいくんとはこうして話をしたり、遊んだりできないって思っていたから……だから、今、すごく嬉しいんだ。君とこうやって時間を過ごせていることが……まぁ、これでもうおしまいなんだけど」
「んなわけあるか……!」
寂しいことをいう樹にどうしても反論したくなった俺は、少々語気を強めにし、そう言い放つ。
「別に、ただ海外へ行くだけだろ? 今生の別れじゃあるまいし……そういう寂しいことは言うな……」
「……そっか……そうだよね、なんかごめん……」
「昼飯にすっか!」
少々しみったれた空気になりつつあったので、それを払拭すべくなるべくいつもの調子でそういった。
「あ、じゃあ、僕が作るよ!」
「え? 樹が? できんのか?」
冗談っぽくそういうと、樹もまた冗談っぽく頬を含まらせた。
「ばかにしないでよ。これでも僕、一人暮らしだし、おいくんよりはできる自信があるんだけど?」
「言ったな? なら厳しく審査してやるからな!」
「ふふーんだ、吠え面かくなよぉ! えへへ!」
樹は楽しげな様子で、シングルバーナーでの調理を始める。
その姿が妙に気になって。
急に、胸のあたりがカッとなり初めて。
まるで中学の時に抱いた、あの感覚に良く似たドキドキが俺の胸の内にはあって……。




