第82話 樹との約束
「そ、そろそろ焼き上がりそぉ?」
花音と入れ替わる形で、樹がダッチオーブンのところへやってきた。
ちなみに花音は、飾り付けが終わったタープの下で、種田さん達とワイワイと楽しげに、クリスマスケーキの準備? をしている。
「来たな、お肉好きの食いしん坊め」
「うん、来た来た。お肉のいい匂いに釣られて、やってきちゃった!」
「だけどつまみ食いは許さないってか、できないからな?」
「なんだ、残念……一番乗りで、1番美味しいところ食べてやろうと思ったのに……」
樹はそう冗談っぽく言う。コイツとこうしてバカな会話ができ、更にこうしてクリスマスをキャンプで迎えられているこの状況に感動を覚えている俺がいる。
こんな日が来るだなんて、一年前の俺では想像もできなかっただろう。
「そーいや……さっきはご馳走様でした」
「ん? 俺なんか樹に食わせたっけ?」
「うんうん、いただいた。おいくんと花音ちゃんのあまーいあまーい、ひと時を!」
「ふぁっ!?」
俺が驚きのあまり変な声を上げると、樹はクスクスと笑いだす。
「み、見てたのか……?」
「だいじょーぶ! 僕以外、たぶん気付いていなかったっぽいし!」
「ぐぬぬぬ……」
「……でもさ、おかげでおいくんと花音ちゃんが本当に付き合ってるんだなって、この目で確かめられて良かったよ! おめでとうね!」
樹に、親友にそう祝ってもらえて嬉しいのは確か。
だけど、心の奥底にほんの少し引っかかりのようなものを感じるのは、おそらく中学の時の記憶があるからだろう。
ーーかつて、俺は樹のことを女の子として、好きだった時期がある。
でも、その好きって気持ちに気づいたのは、だいぶ先のこと。
樹との人間関係が一度リセットされた後である。
でもその時期があったからこそ、俺は"異性を好き"という感情が存在することを知った。
樹との失敗があったからこそ、俺は花音に抱く自分の気持ちを正確に理解でき、今の関係を築き上げることができた。
だけど、そのために俺は樹のことを散々苦しめた。
俺のことをずっと慕ってくれていた、彼女の気持ちを踏み躙り、その結果で得た知見であった。
まるで樹のことを踏み台にして、花音との交際を始めたような……そんな感覚があったからこそ、俺はここ2ヶ月、花音と交際を始めたことを樹へ伝えられずにいたのだった。
「あのさ、おいくん、一つ僕と約束して欲しいことがあるんだ……」
先ほどとは打って変わり、樹は妙に落ち着いた声で、そう言ってくる。
「な、なんだよ、急に……? お肉の1番美味しいところよこせとか?」
「ごめん、今は真剣」
「あ……わ、悪い……で、約束って?」
「たぶんさ、おいくんと花音ちゃん、これからはただの仲良しだけじゃ済まないと思うよ。いい面と同時に、お互いの嫌なところだって見えてくると思う。喧嘩だってすると思う」
「……」
「でもさ、それって一緒にいれば凄く自然で当たり前なことなんだと思うよ。悪いことじゃない。だからさ、もしもそうなった時は、色々と吐き出した後でも良いから、ちゃんと謝ってあげて? なるべくすぐにだよ?」
謝罪……俺と樹は、それができずにいたためこの3年間、関係がダメになってしまっていた。今にして思えば、お互いすぐに謝罪させしていれば、もっと早く仲直りできていたように思う。
そのことは、もう十分すぎるほど、わかっている。
「わかった、約束する」
もう2度と同じことを繰り返さないよう、との誓いを込めての宣言だった。
「もうさ、僕だって花音ちゃんの友達なんだからさ、もしもおいくんが彼女に謝んなくて泣かせたら、ぶっ飛ばしてやるんだからね!」
「気をつけます……」
と、その時、俺のスマホからアラーム音が鳴り響く。
チキンの焼き上がる時間だった。
「よぉし、完成! 樹!」
「ん! テーブルに置けるよう準備してくるね!」
樹はそそくさと小走りで俺から離れて、みんなのいるタープの下へ向かって行った。
俺はダッチオーブンを手に、やや遅れて皆のところへ向かって行きーー
「ほい、お待たせ! チキンの焼き上がりだー!」
テーブルにダッチオーブンを乗せ、重い鉄蓋を開けば、ふんわりとした白い湯気と共に、香ばしい匂いがタープに立ち込める。
とても良い焼き色のついたローストチキンに、みんなは歓喜の声を上げている。
「ふふん! でもこっちのケーキも凄いんだから!」
と、対抗心? で花音が出してきたのは、土台のスポンジケーキの上に、小さなシュークリームをまるで塔のように重ねて、クリームやフルーツでデコレーションをしたーー
「クロカンブッシュってやつだよ。フランスじゃウェディングケーキにも使われてることがあるんだって!」
「あら、そうなの? だからかの、これが作りたかったのね?」
そんな種田さんのツッコミが入ると、花音の顔がクロカンブッシュに彩を添えている、イチゴのように赤く染まりだす。
「そ、そそそういう意味じゃないよぉー! 作り方簡単だし、可愛いし、クリスマスケーキにも使われるって書いてあったから!!」
「かのはやっぱりエッチねぇ〜」
「うううう……! エッチじゃないよぉ……!」
でもそこで種田さんの口撃は終了した。これ以上のいじりはさすがにまずいと思ったのだろう。
そして各々ジュースの入ったコップを手に取り、
「「「「メリークリスマス! かんぱーい!」」」」
ーー1年前の俺からは全く想像のできない、楽しげなパーティーが始まった。
まさか、こんなにもキラキラした現場に自分が居合わせるなど、思っても見なかった。
俺がこうなったのも、今、ピッタリ俺に寄り添って楽しげにしている花音のおかげだ。
「あ、あのさ、葵くん……」
「ん?」
隣の花音へ振り返ると、青い瞳が少しだけ震えているように見えた。
「どうかしたか?」
「えっと……さっき、樹ちゃんと何を話……」
「さぁ、みんな! 次はお待ちかね! プレゼント交換の時間よ!」
花音の消え入りそうな声を種田さんの号令がかき消してしまった。
すると、花音の瞳から震えが拭い去られたようにみえる。
「プレゼント交換だって! 準備しないとね! 手伝って!」
「お、おい!?」
俺は花音に手を引かれて、プレゼントの山のところへ連れてゆかれる。
花音は何を聞きたかったんだろう? なんとなく"樹とさっき話してた内容"を聞きたがっていたような……?
そんなことを考えつつ、俺はプレゼント交換の準備を進めてゆく。
「みんなプレゼントは手に取ったかしら? これから音楽を流すから、その間はずっと右隣の人へプレゼントを回していってね!」
テーブルを中心に輪を作った俺たちは、種田さんのスマホから流れる軽快なクリスマスソングに合わせて、右隣の人へへどんどん手にしたプレゼントを流してゆく。
「はい、すとーっぷ!」
そして種田さんの合図で、各々のプレゼントが決まった。
俺の手元には、派手なショッキングピンクの包みだが、中身が凄く硬いプレゼントが握られている。
これ、誰が用意したものだろ?
で、俺の用意した"青のメスティン"が入った青い包みを手にしていたのはーー




