第79話 スモアよりも甘々な日々の始まり
冷静に考えれば、1つのテントで花音と一緒に寝るのは、この関係が始まってからは割と当たり前の光景だった。
慣れてるといえば慣れていると言える。
でも、やはり、関係性が大きく変われば、心持ちはだいぶ違ってくるもので……
「ランタン、消すね……」
花音がランタンを消し、テントの中には本格的な闇が訪れた。
今日は他のキャンプ客もいないことから、音もほとんどない。
だから自分の鼓動が、いやに強く耳の奥で鳴り響き続けている。
「葵くん、一つお願いが……」
ふと静寂の中に、花音のか細い声が響く。
「な、なに?」
「腕枕、してくれない……?」
「あ、ああ、良いよ……?」
お互いにゆっくりと近づいて、寝袋のファスナーを外して。
寝袋の開いた箇所を重ねあって。
俺が腕を伸ばすと、花音は腕に頭を乗せてきて。
僅かに引き込むような力を込めると、花音は迷わず俺に身を寄せて来た。
そうするとやっぱり花音の胸はしっかりと俺の体に当たってくるわけで。
「こうやって抱き合うと、凄くあったかいね。えへへ……!」
身近に感じる花音の匂いと柔らかさ、そして緩やかな熱に、俺の体温が急上昇を見せる。
「だ、だね。段々と寒くなって来てるからね……」
「じゃあ、冬キャンの時は必ずこうやって寝ようね?」
「あ、うん……」
俺がそう答えると、真横にある花音の顔がとても嬉そうな様子で緩んだ。
「なんかさ、キャンプって、カップルにとっては最強だよね」
「最強って?」
「だって、キャンプってさ、デートと同棲を兼ねてるみたいなんだもん。付き合って、その日に一緒に寝ることができるし」
ずっとソロキャンばかりだった俺に、そんな発想などはなく。
でも、確かに! と納得してしまう俺がいた。
そっか……これからは一つのテントに2人で寝ても、問題ないんだ……だって俺と花音はもう恋人同士なのだから。
「葵くん」
「ん?」
「今更なんだけどさ、ずっと惑わせてごめんってことが、言いたくて……」
突然、花音は心配になってしまうほど暗い声でそう言ってくる。
「惑わせてって?」
「出会ったばかりの頃、私、"好き"って言葉で誤解されたことがあるって言ったじゃん……? でもね、それから時間があんまり経たないうちに、私の"好き"って言葉が別の意味を持ち始めたっていうか……」
「それって……花音はずっと前から俺のことを?」
花音はキュッと俺の服を掴んで、コクンと頷く。
「好きって言葉の意味がなかなか通じなくて、もどかしくて……でも、そうしちゃったのは私の方だし。葵くんも、ずっと戸惑っていただろうし……」
「……」
「ごめん、本当に。いっぱい惑わせて。いっぱい困らせて……反省してます……」
「反省するようなことじゃないし、むしろ謝るようなことでもないし、困ってなんかもいないって!」
とても苦しそうな花音を、俺はそっと抱きしめる。
「誰だって"好き"って言われれば嬉しいものだって。だってその言葉は、他人が自分のことを認めてくれている。そこに居て欲しいって願っている証拠だと俺は思っているよ。そしてその言葉を受けて、お互いの関係をどう発展させたいか考えるのは、その人たち次第だし……だから俺は花音が良く言ってくれる"好き"って言葉を受けて、君と恋人になりたいって思ったんだ」
確かに迷ったことはあった。だけどその迷いの中から選択をし、勇気をもって決断を下して、ここまでの道を歩んできたのだ。
そのおかげで、俺の中では花音に対する愛が膨らんで、とても大きなものへとなっている。
「ありがと、葵くん。ほんと、葵くんは優しい人なんだね。だから約束するね! これから私が君に言う"好き"は、全部恋人としての私からだから! 君とずっと、ずっと、ずっと一緒にいたいって願う私の愛する気持ちに現れだから! もう私、葵くんのことしか見えないから!」
はっきりと示された花音からの気持ちに、俺の胸は熱く焦がれた瞬間だった。
「ありがとう花音。俺も君のことをずっと、ずっと、ずっと大切にするよ」
「ありがとう! 私たち、ずっと仲良しでいようね。これからも2人で、いっぱい楽しいことして行こうね!」
「ああ、もちろん!」
それっきり花音からの言葉は無くなった。やがて、胸元から彼女の穏やかな寝息が聞こえ始める。どうやら言いたいこと言えて安心をしたのだろう。
花音の寝顔はとても穏やかで、満足そうで、何よりも見つめているだけでドキッとしてしまうほど可愛くて。
改めてこんなに可愛い子が、これからから自分の彼女なんだと思うと、この状況が夢なのではないかと思ってしまう。
だけど、今まで以上に身近に感じる、花音のあらゆることが、俺へこれが現実のことなんだと知らせてくる。
「花音、俺のことを好きになってくれてありがとう。これからもよろしくね……」
俺は穏やかな寝息をあげている花音を抱きしめ、目を閉じる。
するとあっという間に、意識は微睡の中へ溶けて行くのだった。
ーー翌朝、珍しく、俺と花音はほぼ同時に目を覚ました。
そこで、今回は2人で協力して、朝食を作ることにする。
俺はガスバーナーとメスティンを使って白米を炊いて、その間に花音はお味噌汁やハムエッグを作ってくれて。
キャンプ飯って結構凝ったものを作りがちだけど、意外とこういうシンプルなものを作って食べるのも美味いと思う。
そうして俺と花音は麗らかな朝陽の下、シンプルな朝食をとり始める。
そして花音は俺の炊いた白米を一口含んだ途端、とても嬉そうに頬を緩めた。
「うまっ! ちょっとおこげがあるのも良い感じ!」
「ありがとう。おこげはあえて出るようにしてみたんだ」
「じゃあ、これからのキャンプは、葵くんが飯炊き担当で良いね?」
「任されよう!」
と、俺が宣言したところで、花音が突然を身を乗り出してきた。
そして俺の顔へ指を伸ばし、
「ご飯粒、付いてたよ♩」
花音は俺の口元から取ったご飯粒を迷うことなく、自分の口へと運んだ。
こういうことをされると、改めて、昨晩から俺と花音の関係が"恋人同士"になったのだと、改めて強く自覚する。
ーー朝食を終え、チェックアウトまで時間があるとのことで、俺たちは再び湖畔散策を行うことにした。
水面には色づき始めた紅葉が鮮やかに映り込んでいる。
たった1日しか経過していないのにも関わらず、今日の方が昨日と比べて何倍も紅葉が綺麗に見えた。
「あ、葵くん……」
「ん?」
「手、繋がない……?」
紅葉のように花音は頬を赤く色づかせながら、そう言ってくる。
一瞬、ドギマギしてしまった俺だったが、やがて花音はもう自分の彼女なんだし、これからこういうことが日常になって行くんだろうと思い、勇気を出して、彼女の手を取った。
「ありがと! でもぉ……」
すると、花音はモニョモニョと手を動かして、指を深く絡ませてくる。
「えへへ! 恋人繋ぎっ! やっぱ、恋人同士じゃこれっしょ!」
花音は深く絡み合ったお互いの手をかざし、嬉そうな言葉を紡いだ。
そして俺の意識は、言葉を紡いだ、その唇に向かってしまう。
俺と花音は恋人同士となった……だから、俺と花音はそう遠くない未来に、お互いの唇を重ね合う日が来るのだろう。
そして、お互いに素肌を曝け出して、より深いつながりを求めることも……あるかもしれない。
そんな考えが不意に浮かび上がって、胸が自然と鼓動を発し始める。
別にそういうことがしたいっていう目的で、花音と恋人同士になったわけじゃない。
でも、俺だって男だし、そういうことは未経験だし、興味を持つことに対して、花音をそういう目でみることに対して、罪悪感は覚えない。むしろ、中学の頃の心の暴走を経験し、理解している俺は、今の気持ちを素直に受け入れることができている。
だって俺は花音のことがとても好きなのだから。
花音と今よりも、もっと深いつながりを持ちたいと強く想っているのだから。
「ひゃっーー!?」
気がつくと俺は、花音の手を引いて、自分の胸へ彼女の金髪をなるべく強い力を使って、深く抱え込んでいた。
花音の胸は本当に大きくて、強い力で抱き寄せないとお互いの体の距離が縮まらない。これは昨日、初めて抱きしめあったことで気づいたことである。
「く、苦しくない?」
俺たちの間では、花音の胸がとてもきつそうにつぶれているので、あえて聞いてみた次第。
「ううん、全然。こういう強い力でギュッとされるの、守られてる感があって、凄く良いかも……!」
「そっか」
「なんかさ、昨夜、スモアしなくても良かったかも……だって、アレ食べてたら、きっとこんな関係になってなかったと思うし」
「だな。お互いに食に走って、それどころじゃなかったかもな」
「あ、そうだ! 葵くん、一枚写真撮っても良いかな?」
「思い出ってやつ?」
「そ。あと、タネちゃんには報告しておきたくて……一緒に修学旅行行けないの残念がってたから……」
確かに俺も、これまで陰ながら俺たちのことで色々としてくれた種田さんには報告しておきたいと思っていた。
だから、俺と花音は一度、体を解いて横並びとなった。
そしてお互いに頬を寄せ合って、花音の掲げたスマホを見上げてーー
たね『!?』
たね『やっぱりアンタたち、デートのために修学旅行をサボったのね!』
たね『エッチな不良カップル爆誕ねw』
たね『でも、』
たね『おめでとう!』
たね『幸せになりなさいよっ!!』
まだ残っていた森のカフェ、幹部用トークルームへ、種田さんのお祝いの言葉が舞い込んでくる。
種田さんのメッセージの上段には、キラキラにデコレーションされて、"今日が恋人になった記念日!"との文字が綴られた、頬を寄せ合う俺と花音の画像が表示されている。
今日という日を、花音と結ばれたこの日を俺は絶対に忘れない。
そう心に決め、そしてこの日から俺と花音の、スモアよりも甘い日々が始まってゆく。




