第73話 葵、花音、樹が走る!
「確かに袴田くんはやらかした……よくないことだ。だけど、今はそこを責めるよりも、この後の対応をどうするか考えるのが大事じゃないか!?」
俺の言葉に皆は口を噤む。
俺がこんなにも声を荒げてしまったのは、同じような経験があるからだ。
誰かが集中砲火を浴びせかけられる光景は、中2の頃の林間学校での、あの出来事を思い出させる。
こういう状況に追い込まれる辛さや苦しみは、誰よりも理解しているのだから。
「そうだよ、みんな! 葵くんの言う通りだよ! 今はバームクーヘンをどうするかが重要だよ!」
今日のためにお母さんと一緒に夜遅くまでお店でバームクーヘンを焼いていた花音が1番悲しいはずだ。
だけど、花音はそんな気持ちよりも、俺に同調して真っ先に前向きな意見を叫んでくれた。
そのことが嬉しくてたまらない俺だった。
そして花音と一緒ならば、花音が側にいてくれるのなら、何かはできるはず!
「そうね、その通りね!」
種田さんも同意の旨を自信満々に叫んでくれた。
「悪い香月、袴田……ちょっと俺かっかしてたわ……」
「だねー……ごめんね、袴田……」
剛田くんや吉川さんも納得してくれたらしい。
袴田くんも肩が力抜けて、安心してようでよかった。
「で、香月 葵、なにか打開策はあるのかしら?」
そして種田さんがそう聞いてくるだろうということは織り込み済み。
ここまできたらもう迷っている場合じゃない。できるかできないかを迷う前に、まずは行動に移すべき時!
「少々お待ちを!」
ーーこうして俺たちは状況を打開すべく動き出す。
剛田くんや吉川さん達にはお客様対応と同時にクラスメイトへのカンパのお願いを。
種田さんには先生への状況説明と外出許可と、価格改定の準備を。
花音には、お母さんへの連絡を。
俺は以前、調べたあの方法を再確認し、頭へ叩き込む。
そしてーー
「気をつけてくれよ、香月」
「ありがとう! 必ず無事に返すから!」
俺はバイク通学をしている剛田くんからハンターカブのキーを受け取った。
花音もまたバイク通学のクラスメイトからバイクの鍵を借りている。
「お、おい、香月……」
するとみんなの輪の中から袴田くんが出てきて、ハンターカブにまたがる俺へ深々と頭を下げてくる。
「さっきは本当にありがとう、助けてくれて……」
「俺も昔同じようなことがあってさ。だから見ていられなくてつい……でも、2回目はないからな?」
「わ、分かった! もうみんなに迷惑をかけないって約束する!」
「こっちの方は頼んだよ!」
「ああ!」
「みんなも袴田くんは反省してるんだから、これ以上とやかく言わなでくれよ! くれぐれもよろしく頼んだよ!」
もう一度、皆へ釘を刺しておく。今はそんなことよりも、森のカフェの運営を続ける方が大事だからだ。これが奏功したのか、誰かが何かを言ってくることはなかった。
「香月 葵! かの! 先生との話はついているわ! だから頼んだわよ!」
俺と花音は種田さんやみんなを期待の視線を背に受けて、バイクを発進させた。
とりあえず現状は残りのバームクーヘンに関しては容量を減らし、価格を変えて、しばらくの間対応することとなった。とはいえ、この方法でいつまで持つかはわからない。だから速やかに行動すべき時。
まずはみんなからのカンパとこれまでの一部の森のカフェで出た利益を使って、材料を買い集める。その上でCafe KANONへ到着するなり厨房へ飛び込んだ。
「2人とも大変だったわね。準備できてるわよ! あと、お店の在庫も少しだけど持っていって構わないからね!」
事前に諸々の相談をしたところ、花音のお母さんであるエマさんは、営業が忙しいにも関わらず協力を快諾してくれていた。
でも、お店の在庫を分けて貰えるからといって、それに頼りきりになるのも良くはない。予算的にも厳しい。
やはり多少になったとしても新たに焼き直すしかない。
そこで俺はコンロの前でのデモンストレーションを開始する。
「焼き方みせます!」
エマさんに用意してもらった卵焼き用の四角いフライパン。
そこへ生地を流し込む。生地に気泡が現れた段階で、芯棒に相当するアルミホイルをおき、生地を巻く。
あとは卵焼きを焼く要領で、焼いて、巻いてを重ねてーー
「わわ! ちっちゃいけど、バームクーヘンだ!」
焼き上がった生地の断面を見て、花音は嬉々とした声を上げた。
「本当、バームクーヘンね! 焼き時間も短くて今にぴったりね! 香月くん、すごいじゃない!」
プロのエマさんにも褒められて、結構誇らしげな俺だった。
「葵くん、どうしてこんな方法知ってるの?」
「前に焚き火でバームクーヘンやった時、案外大変で。もっと楽な方法がないかなぁって、調べてたらこういう方法があるって知ってね」
間に合うかどうかは怪しいところだ。でも何もしないよりも、こうして何かをした方が遥にマシだ。特に今の袴田くんの立場を考えれば……。
「……葵くんってさ、本当に優しい人なんだね。だって君がこういうことしようと思ったのって、袴田くんのためなんでしょ?」
花音はこちらへ熱い眼差しを送りつつ、そう呟いた。
「あのままだと彼の立場が危うくなっちゃうと思って……あんな苦しみなんて、味わうもんじゃないから……」
みんなに総スカンを喰らう、非難の矢面に立たされる。
人は得てして"殴ってもいい、こいつはボコボコにしても良いといったレッテル"の前にはとても残酷になる。
俺はそれを十分に味わった。こんな思いなど、誰にもさせたくはない。もし自分が動くことで、それを多少でも軽減できるのならそうしたい。
その想いに駆り立てられ、今俺はここにいる。
「君のそういう優しくて、かっこいいところ……だ、大好き、だよっ!」
「あ、ありがとう……! じゃ、ここはよろしく!」
俺は厨房を飛び出し、エプロンをつけてホールへ。
「よ、よろしくお願いします!」
そしてホールで待ち受けていた花音のお父さんである冬芽さんへ挨拶をした。
「こちらこそよろしくお願いしますね。頼みましたよ」
ーー営業中にも関わらず、花音のお母さんとcafe KANONさんに全面協力を仰いだのだ。
花音にはエマさんと一緒に厨房にこもってもらって、代わりに俺がホールに出て、接客をする……これが、今の俺に思いつくことのできた最適解だった。
幸いにもいつも配達ついでに在庫の補充なんかもしているし、配達のたびに花音たちの接客風景を見ていたから、なんとなくではあるけれどホールの一員として上手く立ち回ることができた。
しかしここにきて、俺は大きな問題を失念していたことに気がつく。
補填用の在庫の第一弾が焼き上がったのだが、これを誰が学校まで運ぶかということを。
お店自体も忙しくなってきているから、俺が出るわけにも行かない。
花音もバームクーヘンを焼く作業で忙しい。
どうしたものか……いったんホールから離れて、誰かに取りに来てほしいと電話すべきかと考えている時、店の窓の外に見知ったクロスバイクが映り込んでくる。
「おいくん、僕も手伝うよ! なにしたら良い!?」
樹はお店へ飛び込んでくるなり、そう叫んで来る。
「なんで樹が!?」
「みんなから事情を聞いて! 僕で何か役にたてることがあればと思って!」
もはやこの状況では他校の生徒であるのは重々承知な上で、樹の力を借りる他はない。
「悪いけど、在庫の第一弾が焼き上がったから、学校まで運んでくれないか? 俺と花音はここから離れられなくて……」
「オッケー! 任せて!」
樹は迷うことなく店を飛び出し、厨房のある裏手へ回ってゆく。
樹の好意に深く感謝する俺だった。
ーーこうして俺たち3人は協力して、足掻き続けて……




