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第72話 文化祭デートとやらかす袴田くん

「なんかさ……こういう状況って……」


「ん?」


「初めてだなぁって……こんなに知り合いが周りにいるのに、2人でいるのって……」


「そ、そうだね……」


 花音と2人きりの状況は、別に珍しいことじゃない。

夏休みだって、2人きりで出かけたこともある。


 だけどいずれも、周りは自分たちのことをよく知らない人たちだから"まぁ、良いか!"的な気軽さがあった。


 でも、今俺たちがいるのは学校。


 振り返ればすぐ近くに見知った顔がたくさん並んでいる。


「あ、花音ちゃん! やっほー!」


「や、やっほー!」


「花守ちゃん! そっちは儲かってるぅー?」


「も、儲かってますよ、先輩!」


 金髪碧眼、しかも爆乳といった目立つ姿だし、校内一の有名人な花音は道ゆく先々で、先輩後輩同級生問わずしきりに声をかけられている。ちなみに俺に声をかけてくる人は皆無……まぁ、みんなに馴染み始めたのは最近のことだし、仕方のないことだ。


「あ! 花守先輩! チョコバナナ買ってください!」


 と、そんな中道ゆく俺たちの前へ現れたのは、一学年下の女の子達。

どうやら花音の部活の後輩で、黒光りするチョコバナナを売り歩いているようだ。


「う、うんっ! 良いよぉ〜!」


「彼氏さんも一緒にどーですかぁ?」


「……? ……もしかして俺……?」

                                                                       

 思わずそう聞き返した俺を、後輩ちゃんはキョトンとした顔で見上げている。                                                                                                                                                                                         


 でも、ここで「ただの友達だ!」と言い直すのもなんか違う気がした。

どうしても、そう返すことができないと思った俺はーー


「じゃ、じゃあ、俺も一本!」


 代金を花音の分も含んで支払い、チョコバナナを2本受け取る。

すると後輩ちゃんは元気な様子でお礼を叫んで、人混みの中へ消えてゆく。


「ほら、チョコバナナ」


「え!? あ、うん……あのお金……」


「いいよ、それぐらい」


「あ、ありがと……」


 チョコバナナを受け取ろうとする花音の指先が何故か震えていることに気がつく。


「やっぱ、嫌だったか?」


「え?」


「いや、その、俺みたいなのがその……花音の彼氏に間違われるのって……」


 きっとこんな発言をしてしまったのは、俺は自分に自信がないからだ。

 確かにアウトドアが得意ではあるけれど、そんな人は世の中にごまんといる。


 でも花音みたく、色々なものを持っている人は本当に少ない。

もし、アカネさんとのことが無ければ、花音は芸能人としてスターダムを駆け上がっていたのではないか、とさえも思っている。

 

 そんな花音と俺はずっと友達としての関係を持っていて、とても仲が良くて。

まだ仲良くなって一年の経っていないのに、色々な思い出があって。


 だからなのか、今年の夏休み終わりのキャンプ場のバイトの時、俺の中で今までとは違った感情が芽生えた。


 樹の時はその正体が分からず混乱し、最悪の結末を迎えてしまったこの感情。


 だけど、あの経験があるからこそ、今では自分のこの感情の正体を正確に把握できている。


「えっと……嫌じゃ、ないよ……?」


 意外な花音の返答に胸が大きく高鳴った。


 しかし花音から次の言葉はない。

彼女はまるで口を塞ぐように、チョコバナナを頬張り始めたからだ。


 しかも俯いているために、綺麗な金髪が垂れ下がり、横顔を完全に覆い隠してしまっている。


 今返された、花音の言葉の真意を、今この場で問いただす必要が……


「あ、葵くん、電話鳴ってるよ……?」


 そういえば近くで電話がなっているような気が……って、俺か。

これまでずっと着信相手が親か、樹か、花音くらいだったから、全く気にも留めていなかった。


 電話に浮かんでいた名前は種田さん。


とりあえず通話を許可し、


「楽しんでいるとこ申し訳ないわ! すぐに家庭科室の前まで来てちょうだい!」


 妙に切羽詰まった様子の種田さんの声に、俺の浮ついた気持ちが、無理やり霧散させられてしまう。


「どうしたんですか、一体!?」


「バームクーヘンが大変なのよ!」



●●●



「やっぱ花守さんの好きな人って、香月なのかなぁ……」


 袴田くんはそうぼやきながら、家庭科室の扉を開いた。

そして、森のカフェで使用するバームクーヘンの入った大型バットのところへ向かってゆく。

リーダーの種田 菜種に在庫の補充を頼まれていたのだ。


「あんな冴えないやつのどこが良いんだか……俺の方がイケメンじゃないか……?」


 彼が香月 葵をそう評するのは、若干やっかみもあった。

なにせ、雑木林整備の時に恥をかかされたのだから。


「ああもう、くそっ! 香月なんかに、花守さんのおっぱいは勿体無いっての!」


 勝手にだんだんとむかつき始めた袴田くんはバットを台車に次々と乗せてゆく。


 バットは残数5。とりあえず一つ持ってきてと頼まれていたが、何度も取りに来るのは面倒だと思った。

そこで全部のバットを縦に重ねる。


 蓋には凹凸があって、重ねると少々不安定だった。

しかし慎重に運べば大丈夫だろうと判断し、そのまま台車を前に押す。


「百戦錬磨の俺だったら、童貞香月なんかよりも、花守さんをおっぱいだけで何度も、何度も……くくく……!」


 そんな不埒なことを考えていると、台車に引っかかりを覚えた。


 そこで袴田くんは台車をガンっ! と押し出し、


「う、うわぁぁぁー!?」


●●●


 俺と花音は急いで、家庭科室の前へ向かってゆく。


 するとそこでは、種田さんに、剛田くん、吉川さん、そして袴田くんといった複数の森のカフェ運営メンバーが、廊下へ盛大に散らばったバームクーヘンを拾い集めている。


「うそっ……これって……」


 花音はすごく悲しそうな様子で絶句していた。


「な、何があったんですか……?」


「コイツが無理に全部運ぼうとして、バットを転かしやがったんだ!」


 俺の問いに、剛田くんは苛立たしげに答えた。

その脇で、袴田くんはビックッと肩を震わせ、萎縮した様子で散らばった黄色い塊を拾い集めている。


 そこに俺と花音も加わって、拾い集めること自体はごく短時間で完了したのだけれど……


「ほぼ、全滅ね……」


 種田さんの言う通り、廊下に散らばるのが免れた在庫も、形がひどく崩れてしまっている。

これをお客さんに出すわけには行かないのは明らかだった。


「ちょっとさー! 袴田、なにやらかしてくれちゃってるぉー!」


 と、吉川さんは声を荒げた。

すると、いつも彼女とつるんでいる友達も、わぁわぁと袴田くんの非難を始める。


「おい、袴田、この落とし前どうつけるつもりだ?」


「えっと、そのぉ……」


 剛田くんの凄みに袴田くんは完全に萎縮してしまっている。


「てか、その前にやらしかたのならごめんなさいじゃね?」


 気のいいことで有名な骨川くんも、これは流石に許せないのか、厳しい言葉を放っていた。


ーー確かに袴田くんは準備段階から、態度に少々問題があった。

わずかながら、みんなの反感を買っていた。

だからみんなは、こうしてやらかしてしまった袴田くんに対して厳しい態度をとっているのだろう。


 俺自身も袴田くんに対しては、度々敵意の視線を向けられていたため、あまり良い印象を持ってはいない。

 

「ご、ごめん! みんな! 本当にごめんっ!」


「謝って済む問題かよ、これ!」


「そーそー、どうすんの!? てかどうしてくれるのー!?」


 喧々轟々と、みんなはすっかり意気消沈してしまった袴田くんへ攻めの言葉を浴びせ続けている。


「ちょっとみんな、今は……」


「みんな、もうそういうのはやめてくれっ!!」


 俺の叫びが種田さんの声を塗りつぶす。


 俺のあまりの声量に驚いたみんなは一斉に視線を寄せてくる。


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