第59話 2大美少女に挟まれ IN 箱根車中
「む、胸しか見えん……」
『え? 何? なにか言った?』
お前はラブコメの鈍感主人公か……樹よ……
「だから、樹の胸しかみえてないんだよ!」
『あ、ああっ! ご、ごごめんっ! じゃあ、どうしよ、どうしよ……!』
画面の中の樹は、とても焦った様子で周囲をキョロキョロと見渡していた。
いや、もうスマホを持ってしゃべれば良いんじゃ……?
『ああ、もう! スマホ置けそうな場所ないよぉ……! えっと、えっと……あ、ここだぁー!」
「ーーっ!!!???」
樹がスマホを動かして、ようやく顔が見られたんだけど……
この画角は……!
『はぁ、はぁ……これで僕の顔、見えてるよね……?』
天井を背景に、若干逆光気味の競泳水着姿の樹が映し出された。
重力に従って垂れ下がる黒髪、画面の左右に僅かに見え隠れする樹の細腕。
加えて、頬が若干赤く、息も荒い。
しかも俺は今、ベッドの上に寝転がりながら、通話を試みている。
たぶん、樹のやつスマホ置き場がなくて困った挙句、ベンチの上かなんかにおいて通話をしてるんだろうけど……!
これじゃあまるで、俺が樹にベッドへ押し倒されているような雰囲気である。
「あ、ああ、見えてるよ……」
想像力豊な俺は樹が傷つかない程度に視線を逸らす俺だった。
『おいくん、ちょっと顔赤いけど大丈夫? 夏風邪?』
「いや、別になんでも……樹の方こそ良いのかよ? 練習中なんだろ?」
『ん! でも大丈夫っ! 家族からの大事な電話って言って抜け出してるから』
どうやら嘘までついて、わざわざ俺の電話を取ってくれたようだ。
申し訳なさ半分もう半分はそんな状況でもすぐさま電話に出てくれたありがたさ。
少しでも樹の負担を少なくしようと、早速本題を切り出すことに。
「もしさ、今週末練習がなかったら、箱根のキャンプ場でバイトがあるんだけど付き合ってくれないか?」
『今週末……』
「忙しいか?」
『……ううんっ! 大丈夫っ! それに何あっても断るよ。せっかくおいくんが僕のことを誘ってくてたんだから!』
「悪いな、負担かけて。あと、花音も同じバイトに参加するから」
『え!? い、良いの? 花守さんがいるのに、僕なんか誘って……』
そういや樹はこの間のグランピングの時も、妙に俺と花音に気を遣ってたな。
コイツなりに俺と花音の友人関係を気にかけてくれるんだろう。
「花音もどーぞって言ってくれてるんだよ」
『そっか……じゃあ僕がしのごの言うのは良くないよね』
「まぁ、それに今回は遊びじゃなくて、仕事だしな」
『ん!』
「じゃあ詳細はあとでRINEしとくから」
『えっとさ……それだったら、おいくんが口で説明してくれない……? 僕、バイトとか初めてで、よくわかんないから……』
そんなに難しい話ではないと思うが……ああ、なるほど……樹のやつ、説明してほしいとか言って、ただ俺と電話したいだけなんだな。
まぁ、俺も久々に樹と喋りたいと思っていたところだし、
「わかった。今日も今日とて、ダラダラしてるから樹のタイミングでどーぞ」
『んっ! んっ! わかった! ありがとっ! おいくんとのお話嬉しいっ!!』
「じゃあ、さっさと練習へ戻れ。長電話は怒られるんだろ?」
『んっ……あ、あのさ、おいくん……』
「はいはい、いつも通りだろ」
樹は中学の頃から、自分で電話を切りたがらない。
本人曰く、寂しいというか、なんかできないというか。
『じゃあ切るぞぉ〜』
「んっ……必ず連絡するからね。絶対に、絶対にするからね!」
『おう。じゃ……』
「あっ……」
通話を切る瞬間、僅かに樹の黒い瞳が大きく開いたように見えた。
やはりこうして"切れる"ことに対して、未だに怯えを感じているようだ。
仕方ない……樹をこんな風にしてしまったのは、俺のせいなのだから。
だからフォローのために、猫セバスチャンのスタンプで"お待ちしております"的なものを送る。
するとすぐさま、ムキムキ筋肉な黒猫がフロントダブルバイセップスーーいわゆるボディービルダーといえば、コレなポーズーーをしているといった珍妙なスタンプが返されてきた。
たぶんこれは了解的な意味だ。
にしても樹は中学の頃と変わらず、変なスタンプを使うよなぁ、と思う俺だった。
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「おはよ〜! 木村さんっ! またご一緒できて嬉しいですよっ!」
「ど、どうも……僕も嬉しいです、花守さん……!」
グランピング以来の再会となる花音と樹は、それぞれの個性を表すような方法で挨拶を交わしていた。
これより俺、花音、樹の3人は、アルバイトのために電車で箱根を目指す。
一瞬、バイクでも考えたが、箱根の山中は道が険しいのでやめにした。
それに樹も同行するし、交通費はもらえるし、なにより仕事で向かうので安全重視で、今回は電車で向かうこととしたのだ。
まぁ俺と花音は乗り継ぎ3本、樹は2本で3時間以上の長い行程である。
やがて1本目の電車がホームへ滑り込んできたので、順次乗車し……なんやーかんやーあって……
「本当はバスもあって、そっちの方が早いしお得なんだけど、遅延が心配でねぇー」
「そ、そうなんだ……」
今回もまたグランピングの時同様に、左にいる花音が公共交通機関でのルートを調べてくれたので、とてもありがたい。
「ぼ、僕はバスだと一度地元に帰らなきゃならなかったから、助かってます……ね、おいくん?」
「あ、ああ、まぁ……」
右の樹はやや緊張した雰囲気を漂わせつつ、言葉の締めは俺へ振ってくる。
やはりいくらコミュ力が中学の頃より上がっていたとしても、樹の根っこの部分はコミュ障なままのようだ。
だから俺の隣に座りたがるのはわかるのだけれど……
「そっか! 木村さんが助かったなら、ルートを電車にして正解でしたよ!」
「そ、その節はどうも……?」
「ずっと聴きそびれちゃってたんだけど、木村さんって葵くんとはいつからのお付き合いなんですか?」
「えっと……!」
「おい、花音、樹……喋るのは別に構わないんだけど、どうして俺を挟む……?」
そう、俺はなぜか左に花音を、右に樹をといった具合に、2人に挟まれてしまっているのだ。
ーーなぜ、こんな状況になってしまったのかというと……
乗車してさて、座ろうとした時のこと。
俺は花音と樹に遠慮して、まずは2人が座るのを待っていた。
すると根っこは未だに隠キャな樹も、オドオドとしだして。
花音は陽キャだけど、奥ゆかしいところがあるので、さっさと1人で座ったりすることはせず。
発車して暫く3人で立ち尽くしていたのだが……そこは唯一の陽キャである花音が率先して動いで、1番隅の席へと座った。
花音が座ったということは、その隣は同性の樹だろうと思って待っていると、なぜか樹は微動だにせず、俺を睨んでくる始末。
いくら「先座れよ」といっても、なんにも言わず俺の背中を肘で小突いてばかり。
やはり昔みたく、樹は人見知りをしているようだ。前回は花音には種田さん、樹には俺といったパートナーがいたからな。
それじゃあ仕方ないと、俺は花音の隣に。そうなると、俺の隣には樹が座ってくるわけでーー
「おい、樹」
「ん?」
「席変わってやる。だから俺を挟まず花音と喋れ」
「っっっ!?」
「ほら」
「い、良いよぉ……! 今のままで良いよぉ……!」
「いやだめだ。ほら!」
「んんっ! お、おいくんこそダメだよぉ! 僕とばっか喋ってちゃ! 花守さんともお話しないと!」
樹の言葉でハッとして振り返る。
すると隣の花音は苦笑いを浮かべていた。
「あ、あは! 私のことは気にしなくて良いですよ! 葵くんと木村さんって、ほんと親友なんだなぁって……邪魔しちゃ悪いかなぁと思って……」
花音はいつもの笑顔だ。でも、俺には僅かに翳りが伺えたような気がした。
たぶん、花音は俺と樹の様子を見て、思い出しているのだろう。
先日話してくれた、喧嘩の挙句謝ることもできず交通事故で亡くなってしまったアカネさんのことを……。
だから、俺と樹が話しているのを邪魔しちゃいけないと……
そうした気持ちはありがたいし、嬉しいし、何よりも花音っぽい気がする。
でも確かに樹の言うとおり、花音のそうした優しさに甘えて、彼女を蔑ろにするのは良くはない。
だったら……!
「な、なぁ、花音……今夜の夕飯、なに?」
色々と話題を考えた挙句、夕飯の話題しか浮かばない俺だった。
陽キャ男子なら、もっと気の利いた話題を振れるんだろうなと思う次第である。
「え!? あ、えっと、一応考えてはいるけど……ごはん出るのかなぁとも思ってたり?」
「そ、そっか。でも何を予定してるか気になるよな、樹?」
「え? ああ、うんっ! き、気になりますっ!」
樹も俺の空気を感じてか、言葉を返してくる。
ぶっちゃけ初めてだけどやるしかない。間に座る俺が、花音と樹の話の橋渡し役を……!




