第57話 花音は俺へ、自分の昔のことを明かしてくれる
「ハンモックへいっしょに寝転がれ、ってこと……?」
ハンモックの中でうずくまっている花音は、うんうんと頷いてみせる。
「いや、さすがにそれは……」
「ほ、本当に2人用か……試したくてっ!」
「そりゃわかるけどさ……さすがにその……そんな場面、冬芽さんやエマさんに見られたら……」
いくら仲がいいからといって、恋人同士でもない男女がハンモックに寝転がっているところなど見せられたものではない。
特にご両親に見つかった日には大目玉だろう。
「大丈夫だよ。お父さんとお母さん、年に一度の夫婦旅行で今いないし」
「そ、そうなんだ……?」
「まぁ、その……葵くんが、本当に嫌なら、諦めるけど……」
言葉ではそう言いつつも、花音は諦め切れない様子を見せている。
拗ねたのか背中を向けだしたし。
「わ、わかったよ。失礼するよ……」
このままだと花音を置いて1人で帰ることになりそうで、さすがにそれはどうかと思い、目の前にぶら下がるハンモックへ体重をかけた。
そして花音と背中合わせの格好で、網に身を預ける。
背中合わせとはいえ、真っ隣には花音がいるのだ。
そう思うだけで、胸のドキドキが止まらない。
「で、で……ど、どうよ? 2人での寝心地は?」
「はぇ!? あ、ああ、えっと、ま、まぁ、いいんじゃないかな……?」
「なんだよ、その感想は。乗れって言ったの花音の方じゃん」
「ごめん……」
なんだか今の花音は、すごくしおらしいというか、大人しいというか。
どうしたんだろうか?
「……湖上祭、行けなくてごめん……」
ふと背中越しに、花音がややか細い声でそう言ってきた。
「え?」
「あ、あ、えっと……葵くんなら、私、誘ってくれてただろうなって……自意識過剰だったら、アレだけど……」
「まぁ、花音が出かける予定を伝えてなかったら、誘ってただろうな」
「そっか、ふふ……ほんとごめんね。今年は予定が被っちゃって……」
「別にいいよ。大事な予定だったんでしょ」
「うんっ……親友の……命日だったんだ……」
親友の命日。意外すぎる言葉に面を喰らってしまった俺である。
そして非常にナーバスな話題であることは間違いないので、
「そりゃ湖上祭なんかよりも大事な予定だな。しっかりお参りはできた?」
「おかげさまで。葵くんの話もたくさんしたよ。明根ちゃんへ……明根ちゃんってさ、モデル時代に知り合った子で、私の初めての親友だった子だったんだぁ……」
どこか懐かしそうで、しかし寂しそうな花音の声音。
俺は静かに、彼女の言葉に耳を傾け始める。
「私ね、中学に入った頃から中三で別の学校に転校するまで、ずっといじめられてたんだ……私の髪と目が、なんか生意気だとかなんだとかで……すっごく嫌で、悲しい日々だった……そんな中でのモデルのスカウトで、そこで同期だったのが、亡くなった明根ちゃんなんだ」
昔、花音に何があったかは察していたが、まさかいじめだったとは驚きだった。
でも、だからこそ、花音は優しいのだと思った。
人に傷つけられ、痛みを知った人間は、その分人に優しくできるのだと俺は思っている。
まだ続くであろう花音の昔話に、俺は聞き入ってゆく。
「学校生活がそんなんだから、私モデルの仕事にのめり込んだんだ。明根ちゃんといっしょに頑張ったんだ。最初は親友として、いいライバルとして頑張ったんだけど……いつしか、私と明根ちゃんの差がすっごく開いちゃって……昔の私、バカだったから明根ちゃんの気持ちも考えず、順調なお仕事の話ばっかりしちゃって……ある日、ものすごい喧嘩をしちゃったの……」
苦しそうな花音の言葉を、俺は我が身の話であるかのように聞いていた。
俺も形は違えど、学校では皆に煙たがられ、親友とは酷い喧嘩をしてしまって……花音がどれほど苦しい思いをしたかが窺い知れるのだった。
「でもね、明根ちゃんと大喧嘩して、私が悪かったことに気づいたの。だから、謝ろうとしたんだけど……その直後に、明根ちゃん、交通事故で亡くなったんだ……今でも忘れない、8月5日に……」
ふいに風が騒いで、木々の枝葉と、2人で寝転がるハンモックを僅かに揺らす。
傾き始めた陽が、燃え尽きる前の炎のような輝きを放っている。
意外すぎるこれまでの話の数々に、若干動揺はしている。
でもそれ以上に、花音が昔のことを洗いざらい話してくれた。
これはそれだけ俺に心を許し、そして信頼してくれている証だと思った。
だからこそ、多少不謹慎だというのはわかっているけれども、
「ありがとう、花音」
「え?」
「嫌だったろうに、昔のことを色々話してくれて。だからようやくわかったんだ、花音が俺と樹に気を遣ってくれるのって……」
樹と仲直りをする前後から、花音は俺たちに色々と気を遣ってくれていた。
きっと花音には、俺と樹の関係が、まるで自分ごとのように見えていたのだろう。
「もうダメだからね、喧嘩しちゃ」
「ああ」
「もう木村さんの手を離しちゃだめなんだからね? 大事にしないと怒るからね?」
「わかってる。花音がまた繋いでくれた絆なんだ。もう絶対に手放したりしないよ」
「頑張って……さぁてっ!」
「おわっ!?」
突然、花音は明るい声音に戻って、ハンモックから飛び降りた。
そうするもんだから、ハンモックがギシギシと音を立てて、ブラーンブラーンと揺れるわけで。
「い、いきなり飛び降りるなよ! 危ないだろ!?」
「えへへ、ごめんっ!」
さっきのしおらしい様子からはいっぺん、いつもの明るくて元気な陽キャな花音。
静かな花音も魅力的だけど、この子はやっぱりこうして太陽のように明るいのがよく似合っていると思う。
「んったく……」
「ねぇ、葵くん、せっかくだから花火しよ?」
「花火?」
「実はこの間、お客さんと夏休みのお話で盛り上がって、いただいたものがあるんだぁ!」
「頂いたって……ほんと、凄いのな、花音って」
「えへへ! で、やる? てか、やろう!」
ーーこうして俺は、半ば花音に押される形で、花火をやることになった。
あたりはまるで、早く花火を始めろと言わんばかりに、暗くなり始める。
花音がもらった花火というのは、細い手持ちのものがたくさん詰まったもので。
俺と花音は次々と火を点けては、手持ち花火の明るいが、儚い輝きをどんどん楽しんで。
「そういやさ、花音は花火の由来って知ってるか?」
肩を並べて最後の線香花火をしている時に、会話の種として花音へそう質問を投げかける。
「ううん、知らない」
「花火ってのはさ、迎え火や送り火の意味があるんだって」
「それってお盆の時に、玄関で炊く火のことだよね?」
「ひょっとすると、花音がお客さんから花火をいただけたのって、アカネさんが花音にみつけてほしいから、そう仕組んだのかもね」
「明根ちゃんが……なんか明根ちゃんだったそういうことしそう……そっか……だったら嬉しいなぁ……」
線香花火が燃え尽き、赤い雫が地面へ落ちる。
それと同時に、花音は俺の方を振り返り、
「葵くん、素敵なこと教えてくれてありがと! もしよかったら、来年も、その先もこうやって一緒に花火をしてくれると嬉しいな!」




