第55話 また来年も……
「あまりそのことを聞いてくれるな……現実を思い出して辛い……」
「もしかして1人なの?」
「あ、ああ……そうだよ、そうなんだよっ! はい修理完了だっ!」
なぜかずっと、俺のことを見下ろしている樹に、修理が終わった草履を履かせてやる。
うん、サイズはいい感じ。いい仕事ができたぞ……なんて考えていないと、樹の視線に耐えられそうもない、チキンな俺である。
「そうなんだ……てっきり、おいくん、花守さんと来てるんじゃないかって……」
「花音は今でかけてるんだ。なんか、すごく大事な用事があるみたいで、中学の頃まで住んでた都会にね」
「そっか……それじゃ仕方ないけど……せっかくなのに残念だね……」
樹はまるで、自分のことのように、寂しそうな様子で呟いている。
ほんと、樹は昔から人の気持ち……いや、俺の気持ちを1番的確に理解してくれる子だ。
「樹こそ、良いのかよ、俺なんかと一緒にいて。友達と来てるんだろ?」
すると樹は俺の問いに、フルフルと首を横に振って答えた。
「マジ? 1人で?」
「ん」
「なんでまた? 地元なんだから、くーちゃんとかしーちゃ……」
ふと、樹が妙に暗い顔をし始めたので、それ以上言うのはやめた。
くーちゃんこと蔵前 美香と、しーちゃんこと鹿山 早苗。
中学時代の樹に初めてできた同性の友達で、俺と喧嘩した後は、この2人がいつも樹のそばにいて支えていたように記憶している。
でも、その2人の名前を出した途端、樹は明らかに嫌そうな顔をした。
きっと俺が知らないうちに、樹とアイツらの間には何かがあって、もう友達ではなくなったのだろう。
少なくとも樹はそう決めているに違いない。だったら、これ以上は何も言うまい。
樹から笑顔を奪うものは、なんであろうとも排除したいのだから。
「なんとなく……実家で、この浴衣見つけたから、着てみて……そしたら中1の頃を思い出して、それで来てみようかなって……おいくんは、たぶん花守さんと一緒に行くだろうから……」
樹は声を絞り出すようにして、ここへ1人でやってきた意味を語る。
中1の頃ーーつまり、俺と樹が出会い、1番仲が良かった頃。当時の俺と樹は、たくさんの同級生と、この湖上祭を訪れていた。
あの時の思い出は、俺にとって尊いものだが、それは樹も同じだったらしい。
「なら、一緒に回るか?」
気づくと俺は、樹へそう提案していた。
樹は一瞬、嬉しそうは表情を浮かべるも、すぐさま戸惑いのようなものが彼女の顔を覆い尽くす。
「僕で良いの? こんな素敵な場所を回るの、僕なんかで……?」
「いいよ、樹で」
「"で"って、なんだよもぉ!」
「グランピングの時も、樹、俺へそう言ったじゃん?」
「むぅ……おいくん、ほんとねちっこいよねぇ……」
「そうだ、俺はねちっこい奴なんだ! 今更思い出したか!?」
あえて中1の頃のような口調でそういうと、樹に差していた暗さが払拭されて、明るさを取り戻す。
「俺がここに来たのも、なんとなく中1の頃が、懐かしく思えてさ。お互いボッチ同士ってことで、一緒に回らないか? まぁ、俺で良ければだけど……」
「ありがと、おいくん。じゃあ、おいくん"が"良いなら、僕もおいくん"が"良いよ!」
「お、おう……!」
こうして俺と樹は数年ぶりに、2人きりで湖上祭へ繰り出してゆく。
すると、あの時のドキドキが蘇った気がする。
ーー中学の頃から、樹はいつも男っぽい格好ばかりをしていた。そして当時の俺は、初めてみた樹の浴衣姿に、妙にドキドキしてしまったと記憶している。今思い起こしてみれば、中学の頃の俺の心の暴走は、この樹の浴衣姿がトリガーだったのかもしれない。
「また5円玉が、僕たちのご縁を繋いでくれたね」
ふと露店を回る中、樹が嬉しそうにそう言ってくる。
「なんだよ急に」
「中1の頃もさ、おいくん、僕の足に刺さった棘を5円玉を使って抜いてくれたよね。痛くてワンワン泣いてる僕を、一生懸命励ましながらさ……」
「そういやそんなこともあったな」
「そして今回も、おいくんは5円玉を使って、僕のことを助けてくれた……」
「だから5円玉がご縁を……って、親父ギャグかよ!」
つい気恥ずかしくなって、そんなセンスのかけらもないことを口走る俺。
樹だからこそ、遠慮なく言えることだと思う。
「確かに親父ギャクだ! あは! じゃあ50円玉だったら、五十の縁?」
「そりゃ欲張りすぎだな。縁がありすぎて、もうほとんど一緒みたいなもんじゃん!」
「確かに! だったら……僕はそっちの方が良いなぁ……」
「は?」
不意に出しただろう、樹の言葉に、心臓が跳ね上がった。
「五十の縁さえあれば、いつでも繋がっていられる……たとえどんなに住む場所が離れていても……僕とおいくんは、ずっと繋がっていられる……物理的には無理かもしれないけれど、心は、もう絶対に離れたくない……おいくんと心が離れた生活なんて、もう嫌だから……」
仲直りしてからというもの、樹はしばしば"距離"のことを気にしている素振りをみせている。
ひょっとすると、樹は高校進学を境に、地元を離れて、山内学院へ入学したことを今更後悔しているのだろうか。
でもあそこへ進学は樹の夢……"水泳のオリンピック選手になる"を、叶えるための近道だ。
そんな壮大な夢を、俺なんかのことで曇らせたくはない。
「じゃあ、50円玉で、はなお結び直してやろうか?」
冗談っぽくそう言ってみる。すると、樹は盛大なため息を吐いた。
「いいよ、いちいちそんなことしなくても」
「だったらもう片方のはなおを切って!」
「はぁ、もお……おいくん、またバカなこと言ってる……そういうところ、中学の頃から全然成長してないね?」
「身長は10センチくらい伸びたぞ?」
「そういうこと言ってるんじゃないよ! それだったら僕も成長してるもん!」
樹はわざわざ胸を張り出して、見せつけてくる。
わかってるって、そんなこと……樹は中学の頃以上に、女の子として立派に成長している。
それはわかる。でも、俺と樹の関係を、もう2度と壊さないためには……
「まっ、それでも花音には敵わないわな」
「花守さんと比べないよでよー! あの人は特別だよ!」
「だな」
「まぁさ、僕自身、胸はあんまり大きくならないで欲しいのが本音なんだよね」
「やっぱ水泳的に?」
「水の抵抗が大きくなっちゃうからね。普段はさ水着でかなり押さえつけてて、結構苦しいし」
「苦労してんだな」
「ん……なんで僕、女の子に生まれてきちゃたんだろ……男の子だったら、よかったのに……」
「……」
もしも樹が同性だったのなら、中学の頃の"あんなこと"は起こらなかっただろう。
俺が樹を"女の子である"と意識したから、あんなことに……
と、少々暗い気持ちが忍び寄ってきたその時、目の前の湖面から盛大な花火が打ち上がる。
その色とりどりの輝きと、なにものをも掻き消すような爆発音は、俺と樹の視線を釘付けにする。
「また、よかったら来年も来ような」
「え?」
「べ、別に今回みたく2人きりじゃないぞ! 花音とか……そうだ、種田さんとかも誘ったり!」
「……そうだね、来年も……うんっ、また来ようね! 湖上祭!」
こうして樹とまたいっしょに湖上祭に来て、花火を見上げられる。
この奇跡に感謝を。そして、これからもずっと、樹とはこうした良好な関係で居たいと、改め思う。
今年の夏は中1以来の、本当に良い思い出ばかりになりそうだ。




