表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

55/64

第55話 また来年も……

「あまりそのことを聞いてくれるな……現実を思い出して辛い……」


「もしかして1人なの?」


「あ、ああ……そうだよ、そうなんだよっ! はい修理完了だっ!」


 なぜかずっと、俺のことを見下ろしている樹に、修理が終わった草履を履かせてやる。


 うん、サイズはいい感じ。いい仕事ができたぞ……なんて考えていないと、樹の視線に耐えられそうもない、チキンな俺である。


「そうなんだ……てっきり、おいくん、花守さんと来てるんじゃないかって……」


「花音は今でかけてるんだ。なんか、すごく大事な用事があるみたいで、中学の頃まで住んでた都会にね」


「そっか……それじゃ仕方ないけど……せっかくなのに残念だね……」


 樹はまるで、自分のことのように、寂しそうな様子で呟いている。

ほんと、樹は昔から人の気持ち……いや、俺の気持ちを1番的確に理解してくれる子だ。


「樹こそ、良いのかよ、俺なんかと一緒にいて。友達と来てるんだろ?」


 すると樹は俺の問いに、フルフルと首を横に振って答えた。


「マジ? 1人で?」


「ん」


「なんでまた? 地元なんだから、くーちゃんとかしーちゃ……」


 ふと、樹が妙に暗い顔をし始めたので、それ以上言うのはやめた。


 くーちゃんこと蔵前 美香と、しーちゃんこと鹿山 早苗。

中学時代の樹に初めてできた同性の友達で、俺と喧嘩した後は、この2人がいつも樹のそばにいて支えていたように記憶している。

でも、その2人の名前を出した途端、樹は明らかに嫌そうな顔をした。

 きっと俺が知らないうちに、樹とアイツらの間には何かがあって、もう友達ではなくなったのだろう。

少なくとも樹はそう決めているに違いない。だったら、これ以上は何も言うまい。

樹から笑顔を奪うものは、なんであろうとも排除したいのだから。


「なんとなく……実家で、この浴衣見つけたから、着てみて……そしたら中1の頃を思い出して、それで来てみようかなって……おいくんは、たぶん花守さんと一緒に行くだろうから……」


 樹は声を絞り出すようにして、ここへ1人でやってきた意味を語る。


 中1の頃ーーつまり、俺と樹が出会い、1番仲が良かった頃。当時の俺と樹は、たくさんの同級生と、この湖上祭を訪れていた。

あの時の思い出は、俺にとって尊いものだが、それは樹も同じだったらしい。


「なら、一緒に回るか?」


 気づくと俺は、樹へそう提案していた。


 樹は一瞬、嬉しそうは表情を浮かべるも、すぐさま戸惑いのようなものが彼女の顔を覆い尽くす。


「僕で良いの? こんな素敵な場所を回るの、僕なんかで……?」


「いいよ、樹で」


「"で"って、なんだよもぉ!」


「グランピングの時も、樹、俺へそう言ったじゃん?」


「むぅ……おいくん、ほんとねちっこいよねぇ……」


「そうだ、俺はねちっこい奴なんだ! 今更思い出したか!?」


 あえて中1の頃のような口調でそういうと、樹に差していた暗さが払拭されて、明るさを取り戻す。


「俺がここに来たのも、なんとなく中1の頃が、懐かしく思えてさ。お互いボッチ同士ってことで、一緒に回らないか? まぁ、俺で良ければだけど……」


「ありがと、おいくん。じゃあ、おいくん"が"良いなら、僕もおいくん"が"良いよ!」


「お、おう……!」


 こうして俺と樹は数年ぶりに、2人きりで湖上祭へ繰り出してゆく。

すると、あの時のドキドキが蘇った気がする。


ーー中学の頃から、樹はいつも男っぽい格好ばかりをしていた。そして当時の俺は、初めてみた樹の浴衣姿に、妙にドキドキしてしまったと記憶している。今思い起こしてみれば、中学の頃の俺の心の暴走は、この樹の浴衣姿がトリガーだったのかもしれない。


「また5円玉が、僕たちのご縁を繋いでくれたね」


 ふと露店を回る中、樹が嬉しそうにそう言ってくる。


「なんだよ急に」


「中1の頃もさ、おいくん、僕の足に刺さった棘を5円玉を使って抜いてくれたよね。痛くてワンワン泣いてる僕を、一生懸命励ましながらさ……」


「そういやそんなこともあったな」


「そして今回も、おいくんは5円玉を使って、僕のことを助けてくれた……」


「だから5円玉がご縁を……って、親父ギャグかよ!」


 つい気恥ずかしくなって、そんなセンスのかけらもないことを口走る俺。

樹だからこそ、遠慮なく言えることだと思う。


「確かに親父ギャクだ! あは! じゃあ50円玉だったら、五十の縁?」


「そりゃ欲張りすぎだな。縁がありすぎて、もうほとんど一緒みたいなもんじゃん!」


「確かに! だったら……僕はそっちの方が良いなぁ……」


「は?」


 不意に出しただろう、樹の言葉に、心臓が跳ね上がった。


「五十の縁さえあれば、いつでも繋がっていられる……たとえどんなに住む場所が離れていても……僕とおいくんは、ずっと繋がっていられる……物理的には無理かもしれないけれど、心は、もう絶対に離れたくない……おいくんと心が離れた生活なんて、もう嫌だから……」


 仲直りしてからというもの、樹はしばしば"距離"のことを気にしている素振りをみせている。

ひょっとすると、樹は高校進学を境に、地元を離れて、山内学院へ入学したことを今更後悔しているのだろうか。


 でもあそこへ進学は樹の夢……"水泳のオリンピック選手になる"を、叶えるための近道だ。

そんな壮大な夢を、俺なんかのことで曇らせたくはない。


「じゃあ、50円玉で、はなお結び直してやろうか?」


 冗談っぽくそう言ってみる。すると、樹は盛大なため息を吐いた。


「いいよ、いちいちそんなことしなくても」


「だったらもう片方のはなおを切って!」


「はぁ、もお……おいくん、またバカなこと言ってる……そういうところ、中学の頃から全然成長してないね?」


「身長は10センチくらい伸びたぞ?」


「そういうこと言ってるんじゃないよ! それだったら僕も成長してるもん!」


 樹はわざわざ胸を張り出して、見せつけてくる。


 わかってるって、そんなこと……樹は中学の頃以上に、女の子として立派に成長している。

それはわかる。でも、俺と樹の関係を、もう2度と壊さないためには……


「まっ、それでも花音には敵わないわな」


「花守さんと比べないよでよー! あの人は特別だよ!」


「だな」


「まぁさ、僕自身、胸はあんまり大きくならないで欲しいのが本音なんだよね」


「やっぱ水泳的に?」


「水の抵抗が大きくなっちゃうからね。普段はさ水着でかなり押さえつけてて、結構苦しいし」


「苦労してんだな」


「ん……なんで僕、女の子に生まれてきちゃたんだろ……男の子だったら、よかったのに……」


「……」


 もしも樹が同性だったのなら、中学の頃の"あんなこと"は起こらなかっただろう。

俺が樹を"女の子である"と意識したから、あんなことに……


 と、少々暗い気持ちが忍び寄ってきたその時、目の前の湖面から盛大な花火が打ち上がる。


 その色とりどりの輝きと、なにものをも掻き消すような爆発音は、俺と樹の視線を釘付けにする。


「また、よかったら来年も来ような」


「え?」


「べ、別に今回みたく2人きりじゃないぞ! 花音とか……そうだ、種田さんとかも誘ったり!」


「……そうだね、来年も……うんっ、また来ようね! 湖上祭!」


 こうして樹とまたいっしょに湖上祭に来て、花火を見上げられる。


 この奇跡に感謝を。そして、これからもずっと、樹とはこうした良好な関係で居たいと、改め思う。


 今年の夏は中1以来の、本当に良い思い出ばかりになりそうだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ