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第54話 懐かしの湖上祭

A.KOUDUKI『牛丼? なぜに?』


花音『美味しそうでしょ〜?』


 夏休み中のとあるお昼時のこと。

花音から突然、牛丼の画像が送られてきた。

良い具合に汁が染みていて美味そうである。


A.KOUDUKI『紅生姜が乗って無いけど?』


花音『乗せる派なんだ?』


花音『やったことないから、やってみよ!』


 ややあって、紅生姜が乗った、彩り鮮やかな牛丼の画像が再送されてくる。


花音『うまぁー!』


花音『なんか紅生姜の色合いがキモいって思って避けてたけど』


花音『乗せるとめちゃウマだね!』


花音『葵くんに新たな扉を開いてもらっちゃったぁ!』


花音『ありがとっ!』


 普段もよく喋る花音だけど、RINEになると弾幕のごとく、メッセージが飛んでくるな……


A.KOUDUKI『大袈裟な……』


 夏休みに入ってからというもの、"おはよう"と"おやすみ"のRINE以外に、わりと頻繁にこういう少々意味不明なメッセージが送られてくるようになった。

 最初の頃は、よくわからない内容に困惑していた。だけど繰り返すことでだんだんと慣れて、


花音『大袈裟じゃないよ』


花音『葵くんと出会えたおかげで、』


花音『いろいろなことが知れてたのしいんだよ!』


花音『いつも色々教えてくれてありがとねっ!』


 俺の方こそ、花音にすごく感謝している。

花音と出会えて、さらに背中を後押しをしてくれたからこそ、俺は樹とも仲直りができたわけで……


A.KOUDUKI『その牛丼屋って、近くにないよな?』


花音『そ!』


花音『今週末のお出かけの買い出しなんだ』


花音『じゃ、お買い物の続き、いってきまーす!』


 最近、気まぐれで購入した猫セバスチャンなるスタンプの中から"いってらっしゃませ"といった、ものを返す。

すると花音からは、敬礼するミニチュアダックスフントのスタンプが返ってくる。


 べつにこのやりとりに意味はないし、中身だってない。

だけどこうしていると、花音とは物理的に離れているけど、身近に感じられるような。

むしろ、学校があるときよりも、ずっと近くに思えて仕方がない。


「そういや湖上祭も今週末だったなぁ……」


 花音とのやりとりを終えてベッドへ身を投げているとき、ふとそんなことを思い出す。


 俺の住む地域には複数の内陸湖があり、観光名所となっている。

このそれぞれの湖で、毎年7月下旬から8月にかけて、湖上祭という夏祭りのようなものが開催される。

湖面から花火が上がったり、露店がたくさん立ち並んで、観光客もたくさんやってくるかなり大きめのイベントだ。


 そして今週末、1番大きな湖で、最も大きな湖上祭が開かれる予定だ。


 本当は花音を誘って、行ってみたかった。

だけど花音は今週末から数日間、以前住んでいた都会へ行くらしい。

なんでも、とても大事な用事があるそうで、あまり連絡が取れなくなると、本人からわざわざ言ってきたのだ。


シーズン的に法事的なものなんだと思う。


「仕方ないよなぁ……」


 誰かと何かをする楽しみーーそれを思い出した俺は、少々浮き足立っているようだ。

今年はなんとなく、湖上祭へ行ってみたい気がする。


 でも他に誘えそうな人といえば……


「樹も忙しいだろうからなぁ……」


 俺のスマホには両親と花音、そして樹しか連絡先が登録されていない。


 その樹も、今やスポーツで有名な山内学院高校の生徒なのだ。

きっと夏休みもへったくれもなく、毎日、オリンピック選出を目指して毎日泳ぎ続けていることだろう。


まぁ、樹のことだから俺が誘えば二つ返事で来そうな気がするけれども、そのためだけにわざわざ帰省を促すのは申し訳ないって思うというか……



●●●



「なにやってんだろ、俺……」


 本当になんとなくだった。


 湖上祭当日、俺は1人でもいいからなんとなく、行きたくなり来てみたが、少々後悔気味。


 なにせ会場には人、人、人。これでもかと思うほど人が詰めかけてるのである。


 やっぱりこういう場って、カップルとか、仲の良さそうなグループとか、親子連れとかばかりだし……ボッチだとかなり虚しくなる。


「やっぱ帰るか……」


 と、会場を後にしようとしたその時のこと、


「女の子なのに、自分のこと"僕"っていう子に初めて会ったよ! 君いいね!」


 ふーん、世の中には樹のように、自分のことを"僕"っていう女の子が、結構いるもんなんだな。


 どれどれ、どんな子なのか見てみ……っ!?


「ほら、行くよ!」


「あ、ちょ、ちょっと!? あっ!」


 ナンパ野郎に無理やり腕を引かれているのは、見覚えのある紺の浴衣を着た、黒髪ショートカットの女の子。

てか、あれ、樹じゃないか!?


 樹は随分困っているというか、戸惑っているというか。


 普段の俺なら、例えばあの男が樹の彼氏かなんかだと思ってひよってしまう場面だけど、今は絶対に違う。


 樹のことだったら、俺はなんとなくわかるのだから。男の方もなんとなくヤリ◯ンみたいな邪悪な雰囲気を感じるし、見過ごせない。


「よ、よぉ! 樹お待たせ!」


「お、おいくんっ!?」


 俺の顔を見た途端、不安一色だった樹の顔が、花火のようにぱぁっと明るんだ。


 そんな樹はものすごい勢いでヤリ◯ンっぽい男の腕を振り払い、少々足を引きづりつつ、俺の後ろに隠れたのだった。


「お、俺の連れになんかようっすか?」


「いや、別に……んだよ、大人しそうに見えて彼氏付きかよ……勝手によろしくヤリやがれ、こんちくしょう……」


 ヤリ◯ンくんは、悪態をついて人混みの中へ消えてゆくのだった。

 大人しそうな子、イコール、彼氏なしって、どういう偏見だよ全く……しかもカップルイーコル、ヤルだなんて、最低の思考だ。


「ありがと、おいくん……まさか、おいくんが助けてくれるだなんて、想像もしてなかったよ……」


「それはこっちもだって。んじゃ、ちょっと移動するぞ」


「え?」


「良いから。さっき、はなお切れただろ? 直してやるから」


「あ、ありがと……あっ……!」


 移動するために肩を貸すと、樹は驚いたような声を上げる。


「い、良いよぉ……! 1人で歩けるよぉ……!」


「この人混みで、よろよろ歩いている方が邪魔だって。良いから、こういう時は素直に頼る!」


「んっ……じゃあ、そうする……」


 樹と肩を組んで通りを横切り、手近な岩の上へ樹を座らせた。

そして樹の足からはなおの切れた草履を引き抜く。


「やっぱあれ? おいくん、今からTシャツの袖を破って、はなおにしてくれるの?」


「んなことするかよ。時代劇じゃあるまいし……これと5円玉でな」


 と樹の前へ、俺はキーホルダーとしてつけているパラコードのアクセサリーと5円玉を見せた。


 パラコードとはーーパラシュートにも使われる、ナイロンやポリエステルで作られた紐のことだ。

強度と軽量が特徴でアウトドアや防災など、さまざまシーンに対応している。

こんな時のために、俺は編んだパラコードをキーホルダーにして、いつも携帯している。

キャンパーにとって、日頃から備えるのは当たり前のことなのだから。


 では早速修理の開始。


 解いたパラコードを5円玉の穴に通した。

その上で、はなおの穴へ通す。5円玉が突っ掛かりとなって、パラコードが抜けることはほぼないだろう。

あとは樹の足のサイズに合わせてパラコードの長さを決めてゆく。


「ね、ねぇ、おいくん……なんでおいくん、こんなとこにいるの? 僕と一緒にいても大丈夫なの?」


 草履を修理している最中、そんな問いが樹から降り注いでくる。


 そのことをわざわざ突っ込んでくるか、樹よ……


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樹が女とは思わなかった。
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