第50話 月と太陽のような2人
「おいくん、僕の気持ちを受け取ってよぉぉぉぉぉ!!」
樹の叫びと共に、再び水鉄砲ガトリングが発射を開始した。
「……分かった」
俺は身を隠していた木の裏から出て、ガトリングの斉射を全身で受け止める。
飛距離10メートルのカタログスペックは伊達ではなく、当たればそれなりに痛みを伴った。
でも、この1発1発は、あの時とこれまで樹の感じてた心の痛み。
そう思えば、こんな衝撃などなんのその。
俺は樹の斉射を全身で受け止めつつ、彼女へ向けて、まっすぐと歩みを進めてゆく。
「ぐっーーかはっ!?」
水が顔に当たって、思いっきり水を飲み、咽び込んでしまった。
「ご、ごめん、おいくんっ! さっきまでのは、ほんの冗談で……!」
さすがの樹もガトリング水鉄砲を下ろし、焦った様子を見せる。
「気にするな……半分冗談だってのはわかってる。だけど!」
「ーーっ!!」
俺は呆然と立ち尽くす樹に歩み寄ってゆく。
すると樹はなぜか頬を赤く染めて、後ろへ下がって行く。
「ひゃっ!?」
そうなれば当然、樹は近くの木の幹に背中をピッタリ付けてしまう状態になってしまうわけで。
これだともう下がれないと思い、ここが決めどきだと思って。
でも樹は逃げようとしたのでーー
「ひゃっ!? おおお、おいくんっ……!?」
木の幹に両手をついて、樹が逃げられないようにする。
「ばかぁ……なんでこんな風に追い詰めるんだよぉ……」
「樹が逃げようとするからじゃないか」
樹は俺の腕の間でそっぽを向いてしまった。
「あの時はごめん。まさか樹がそんな気持ちになっていただなんて、知りもしなかったんだ。そのことを伝えたくて……」
「おいくん……」
「もう2度と、俺たちがあの時みたいな関係にならないよう、俺頑張るから。樹と、樹との関係を大事にするって約束する」
「ううっ……」
「樹?」
「こういう時、どういう顔をしたら良いかわかんないよ……」
樹はそっぽを向きつつ、消え入りそうな声でそう言ってきたので、
「笑えば良いんじゃないか?」
「それ、なんかのセリフだったような……」
「そうだっけ?」
「そうだよ、もぉ……あ、あと……そろそろ離れてくれない……?」
「ん……あ、ああ! 悪いっ!!」
この体勢って、いわゆる"壁ドン"ってやつじゃないか!!
俺は慌てて身を引く。
「ほんと、すまん樹……つい勢い余っちゃって……」
「本当だよ、もぉ……そういうのは花守さんだけにしてよね……」
「なんでここで花音のことを……?」
「まぁ、良いや! なんかこういうのもおいくんっぽいし!」
どうやら樹は許してくれたらしく、俺はホッと胸を撫で下ろすのだった。
「これでもうおしまい! 離れ離れだった時の、僕たちのことはもう! これからはいっぱい笑おうねっ!」
樹の笑顔を見て、俺は違和感を覚えた。
なんとなく寂しそうに感じるのは何故だろうか……?
「スキありぃーっ!」
と、頭上から声が聞こえた。
俺と樹は何事かと頭を上げた途端、お互いに顔に水を思い切りぶっかけられる。
そうして怯んだ俺たちの前へ、木の上から降り立ってきたのは、種田 菜種さん。
「や、やっぱり射程の短いこの弓だったら、アンブッシュが最適解よね!」
「種田さん、いつからいたんですか!?」
さすがに俺とのあんな場面を見られたら、樹は明らかに狼狽えていた。
俺はもう、言葉も出ません……なんか恥ずかしくて……
「ま、まぁ、それなりの期間は……」
「ううっ……」
「葵くんと木村さんはっけーんっ! って、タネちゃん、もうやっちゃった!?」
木々の間から、花音が姿を表す。
いい意味で、花音の登場によって微妙な空気が弛緩する。
「そろそろお昼時ね……かの、あたしお腹すいちゃったからお昼にしよ!」
「え!? わ、私はそれで良いけど……?」
花音の青い瞳がこちらへ向けられた。
なんだか花音の綺麗な瞳が、いつも以上に透き通っている気がして直視できない。
「もう良い時間だし、お昼で良いわよね、2人とも?」
種田さんの妙に強く感じる圧に、俺と樹は首を縦に振るのだった。
「みんながそういうのなら……じゃあ、支度始めるねー! 今日はね、まじウマだよ! ふふ……」
花音はすごく楽しそうな表情で、海岸にあるタープの下へと向かっていった。
「ほら、香月 葵も手伝う! まさかかの1人にやらせるつもり?」
「あ、えっと……」
いきなりの展開に戸惑っていると、視界の端で樹が"ガッツポーズ"をとっているのが見えた。
どうやら樹も"行ってこい"と暗に示してくれているらしい。
ほんと、こうやって言葉を交わさずとも、気持ちが通じ合える関係って嬉しい。
「じゃあ、悪い! 後片付けよろしく!」
「ん! おいくんっ! 頑張れっ!」
「かののことしっかりサポートしなさいよぉ!」
樹と種田さんから、謎の応援を受けつつ、俺は花音のところへ向かってゆく。
すでにタープに戻った花音は、水着の上から大きなTシャツを着た姿になっていて、とても楽しそうな表情で自分の鞄へ手を伸ばしている。
「か、花音っ!」
「葵くん? どしたの?」
「俺もお昼の支度手伝うよ」
「わぁ! ありがと! そういうのめっちゃ嬉しい! さすがはできる男な葵くんだねっ!」
「いや、まぁ……」
「でも、気持ちだけいただいておくよ。今回は1人で大丈夫だから!」
と言って、花音が自分のカバンから取り出したのは、いつものキャンプで使っているスキレットに、CB缶式のシングルバーナー、そして小さく折りたためるローテーブル。
「そんなもの持ってきてたんだ?」
「うんっ! 万が一を考えてね!」
「だから荷物が大きかったんだ」
「なんとなくね、葵くんとだったら、こんな展開になるかなぁって……っていうか、ここだけの話、私もグランピングって"こんなもんかぁ"って思ってたし」
「そうなのか?」
「うんっ! やっぱね、葵くんと一緒じゃ、こういうキャンプっぽい方がらしいし、私も楽しいしっ!」
きっと花音は俺に気を遣っているわけではなく、本心でそう言っているのだろう。
今の明るい表情から、そう自然と察せられる。
花音もまた、言葉はなくとも通じ合えている。ここ数年、ずっと孤独だった俺にとって、こういう関係性はとても嬉しい。
今、俺の側には俺のことを理解してくれる2人の友達がいる。
樹は月のように俺を静かに分かってくれるし、花音は太陽の如く明るく照らし出してくれるような。
そんな感想を抱いている。
「じゃあ調理はお任せるするけど、見てても?」
「良いけど、調理自体はたいしたもんじゃないよ!」
花音は保冷バックから【冷凍餃子】・【ミートソースのパウチ】・【とろけるチーズ】を取り出す。
なんだかとても珍しい組み合わせのように感じる。
「ふっふっふ……意外そうな表情ありがとうございます。これがね、まじウマなんだよ。激ヤバだよ?」
「そんなにハードル上げても大丈夫か?」
「ふふん! 全然大丈夫っ!」




