第39話 鉢合わせ!?
「よっ、樹!」
「んっ! おはよ、おいくん!」
ぴっちりとした紺色のサイクリングウェアの樹は、うっすら汗をかきつつも、店先で朗らかな笑顔を浮かべていた。
さっきまで、自転車を一生懸命漕いでいたとは思えないほどの爽やかさだ。
さすがは体力バカである。
「あ、あのさ、おいくん……」
「ん?」
「ひ、久々に……少しだけで良いから、上がってっちゃだめ……?」
樹は少し不安そうにそう言いながら、俺のことを見上げてくる。
突然の提案にびっくりするも、
「あとで人が来るから……少しくらいなら……」
「やった! ありがとっ!」
こうして樹と普通に話せることはやっぱり嬉しい。
彼女の提案を飲み込んだのも、失った俺たちの3年間を取り戻したいから、である。
「あ! おいくんのおじさん、おばさんお久しぶりです!」
樹は店へ入るなり、唖然とした父さんと母さんへ礼儀正しく挨拶をする。
「や、やぁ、樹ちゃん!」
「ひ、久しぶりね! また随分と見ちがえちゃって!」
両親が驚くのも無理はない。
だって、中学の林間学校の時のいざこざの件に関しては、両親にも、学校への呼び出しや面談などで多大な迷惑をかけたからだ。
もちろん、俺と樹が絶交したことも知っている。
「お、おい、葵! こいつはもしかして……?」
「あ、うん……この間のキャンプで、たまたまた樹と隣同士のサイトになって……そこで御免なさいし合って……な、仲直りした……」
「まぁ、そうなのっ! よかったわね、樹ちゃん!」
母さんは真っ先に嬉々とした声をあげる。
母さんと樹は仲が良かったから、とても嬉しそうだ。
「はいっ! 今は山内学院高校に通ってて、寮生活なんで、昔みたいにあんまり来ることができませんけど……また、よろしくお願いします!」
「うんうん、よろしくね樹ちゃんっ! お父さん、今日のお昼はお寿司よ! いますぐ電話して! 特上よ!」
「ちょ、ちょっと待て! キムタクに電話させてくれ!」
キムタクとは、木村 拓巳さん……つまり、樹の父さんで、更に大親友だ。
当然、親なのだから、中2の時の俺と樹の林間学校でのいざこざは知っているし、色々と迷惑をかけてしまっていた。
だから、仲直りの事実が嬉しくて、話がしたいのだろう。
「あ、あのさ2人とも、樹はすぐに帰るし、俺もこの後来客の予定が……」
「ご厚意感謝します。でも、僕もこの後、実家に帰らないといけないので。両親が色々と用意してくれてるみたいで……」
俺の言に、樹も嘘か誠かはわからないが乗ってくれた。
正直ありがたいし、こうして用意に意思疎通ができる友達が側にいるのは嬉しく思う。
と、いうわけで、俺と樹はやや早足で2階にある俺の部屋へ向かってゆくのだった。
「わぁ! おいくんの部屋だぁ! 懐かしい!」
なんの変哲もない、俺の部屋へ入った途端、とても感動したような声をあげる。
「でも、なんか昔よりちょっと小綺麗? もしかして、この後の来客予定って……?」
「か、花音が来るんだよ。うちの学校、テスト週間だから今日は一緒に勉強しようってなってて……」
「やっぱり、そっかぁ。うふふ……なんか邪魔したみたいでごめんね?」
「いや、大丈夫。花音が来るの11時予定だから」
「おじさんとおばさん、びっくりするだろうね。花守さんみたいな綺麗な人が、突然おいくん尋ねてきたら!」
「一応、面識はあるはず。花音の実家、カフェやってて、うちのお客さんだから……」
とはいえ、樹の来訪であのリアクションだったのだ。
また寿司とか言い出しそうだし、それだと勉強どころではなくなってしまう。
今のうちに対策を考えておかないと……
「よっと! ふふー! 座り心地も変わんないね!」
樹はいつの間にか、昔のように俺のベッドと椅子がわりにして座り込んでいる。
本当に懐かしい光景で、うっかり涙が出そうになってしまった。
「でも、ちょっと、この部屋寒いね……」
樹は少し寒そうな様子で体をさすっている。
おそらく通気性の良いサイクリングウェアを着ていることで、気化熱が生じ、身体が冷えてしまっているのだろう。
それに樹は、元々寒がりだ。だから学校の制服でも、長ズボンを選んでいると聞いたことがある。
「ほれ、これ着な」
俺はクローゼットからウィンドブレーカーを取り出し、樹の肩へかけてやった。
「ありがとっ!」
樹は迷わず、袖を通し、ファスナーを首元まで閉める。
これでようやくいつもの樹らしくなったと思ったし、正直、薄手の格好で強調されていた胸が見えなくなってありがたい。
せっかく戻った樹との関係を崩さないためにも、もう2度とこの子を変な目でみてはいけない。
「ところで、俺に話があるんだろ?」
「あ、そうそう。えっとね……」
「おおおおおお、いいい! 葵ぃぃぃーーーーっ!!」
と、樹と話をしようとし始めたその時、扉の向こうから再び父さんの声が聞こえてくる。
「なんだよ、今度は?」
「は、花守さんが、お前を訪ねてきてるぞぉ!?」
「はぁ!?」
現在、10時前。約束の時間まで1時間以上早い。
まさかと思って、机に放置していたスマホの画面を覗いてみると、
花音『仕込み、早く終わったからもう行くね!』
「悪い、樹! もう花音がきた! ちょっと行ってくる!」
「ええ!?」
俺は慌てて、部屋を飛び出してゆく。
「いつもお世話になってます。花守 花音と言います! つまらないものですが、こちらをどうぞ!」
すでに店内にいた花音は、初対面である俺の母さんへ礼儀正しく頭を下げて、菓子折りを渡していた。
当の母さんはというと、花音の綺麗さにびっくりしているのか、なんなのかほぼ硬直状態である。
「お、おはよう!」
「あ、おっはよう葵くーん!」
駆け寄ると、花音はぱぁっと表情を明るくした。
別にやましいことは何もないにも関わらず、なぜかそんな気分になってしまう俺。
「ごめんね、ちょっと早すぎたかな?」
「あーいや、その……」
「? どうかした?」
「い、今、その樹が、きてて……俺に用事があるとかで……」
正直にそう説明すると、なぜか母さんは鋭い視線を俺へ向けてくる。
「あ、そうだったんだ。表にかっこいい自転車が停まってたから、お客さんかなぁと思ってたけど、違ったんだ」
いつもは花音の思っていることがわかるはずなのに、今はわからない。
どうする俺?
せっかく早くきてくれた花音を追い返すか? もしくは来たばっかりの樹に出ていってもらうか?
どうする? どうするのが正しい? どうすれば……!?
「あ、あのっ! 僕はお暇を……」
と、樹が店内に現れたぁ!? どうしてこのタイミングで出てくるんだ、樹よ!
「あ、木村さーんっ!」
何故か花音はものすごく嬉しそうな声をあげて、樹へ駆け寄ってゆく。
「まさか、また会えるだなんて!」
「あ、えっと……ぼ、僕も……?」
「ごめんなさい、ちょっと早く来すぎちゃって!」
「い、いえ! じゃあ、僕はこれで……」
「葵くんとの用事は済んだんですか?」
「ま、まだですけど、仕切り直しってことで……」
「じゃあ、先にそっちを済ませましょ!」
「ええ!?」
樹は驚くも、花音は見た感じ平常運転のような……?
「私も木村さんとは少しお話ししたいと思ってましたし、丁度良いです! 葵くん、良いよねそれで? 早くきちゃった私が悪いし!」
花音は笑顔でそう聞いてきた。
何故か母さんの視線がより鋭さを増した気がする。
「お、お好きにどうぞ……」
「行きましょ、木村さん!」
「あ、はいっ!」
もはやどちらを追い出すわけにも行かず、俺は花音と樹を部屋へ連れ込むこととなってしまった。
「葵……あなたの交友関係に、あまり口は挟みたくないのだけれど……誠実に対応なさいね!」
「そ、そういうのじゃないって!」
真剣な様子の母さんへ、そう反論し、二階へ駆け上がってゆくのだった。




