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04_体目当て?


 ティンカー公爵領への二日にわたる道行は、驚くくらいに平穏で順調だった。

 なんといっても馬車の性能があまりに快適なのだ。アルメリア家の馬車も上質な方ではあったが、ティンカー公爵家の馬車はその数段上をいっているだろう。舗装されていない道でも揺れがほとんどなく、全く体が痛くならない。道中、この快適さを不思議に思って使者の方に話を聞いたところによれば、この貴人用の馬車も魔道具の一つで、車輪に弾力性のある素材が使われ、それに揺れを荷台へ伝えないような術式が連結パーツに施されているらしい。そのため、馬車一台に農民一家族が数年遊んで暮らせるだけの金額がかかっているのだとか。

 それに、護衛の方々も非常に優秀だった。統率が取れていて、非常に屈強なのだ。一度盗賊と接敵しそうという場面があったのだが、護衛の方が二、三人で先行して、なんと賊を全て掃討・捕縛してきてしまった。かなり練度の高い方が護衛として付いてくださっているのだなと思っていれば、使者の方の話によると、ティンカー公爵領軍の中でも選りすぐりの精鋭が護衛任務についているとのこと。

 刺青令嬢の護送にとんでもない金額と労力が掛けられている。これは、ティンカー公爵家の財力の為せる業だということなのだろうか。

 

(ティンカー公爵領までなら、がんばれば魔術で飛んで行くこともできるのだけど……折角こんなに良くしてもらっているのだから、言わない方がいいわよね……)


 そうして、二日間の道程は恙なく完了し————私はティンカー公爵領のほぼ中央部に位置する、ティンカー公爵邸へと辿り着いたのだった。



+++++++++++++++++++++


 ————大きい。

 馬車の窓越しにその邸宅を見た感想は、それだった。いや、邸宅というのも烏滸がましい、もはやそれは「城塞」と言うべきものだった。

 本邸は美しい白亜の壁と群青色の屋根に覆われ、本邸中央には尖塔が聳え立つ。本邸に繋がる形で、砦のような城壁が築かれ、その周囲を堀が囲っている形になっている。敷地内には別邸と思しき建物が二つ。広大な中庭は、ガーデンスペースと騎士が訓練を行う調練場とで区切られているようだった。

 アルメリア家も一応上位貴族故、邸宅はそれなりに大きかったものの、それをはるかに凌駕する規模だ。これには流石に、私もぽかんと口が開いてしまう。


 そんな私の心を置き去りに、馬車は悠々と進み、やがて公爵家本邸の玄関前に辿り着いた。そこにずらりと居並ぶのは恐らく公爵家の使用人の皆様で……え??

 その出迎えの人数に戸惑っている間に、恭しく馬車の扉が開けられ、燕尾服を着た老齢の、上位の使用人と思しき男性に手を取られて馬車を降りる。


「プレシア様、ようこそティンカー公爵家へ。我ら一同、心より歓迎させていただきます」

『プレシア様、ようこそいらっしゃいませ!』


 男性がにこやかに告げると、使用人の皆様も声を揃えて、深々と頭を下げた。

 私は、肩透かしを食らった気分で少し目を丸くする。正直、粗雑に扱われる事も視野に入れていたので、ちょっとこれは、予想していなかった歓待振りである。


「……ええ、と、初めまして、プレシア・アルメリアと申します。ティンカー公爵様への縁談でまいりました。これから、どうぞよろしくお願いいたします」


 なんともいえぬ圧に押されながら、とにかく挨拶を返さねばとお辞儀をしてみせる。すると男性の方はにっこりと笑みを深めた。


「これはご丁寧に。私はティンカー公爵家にて家令を務めております、マルク・ハセリウスと申します。さ、長旅でお疲れでしょう、まずは屋敷の中へどうぞ」


 マルクさんは一礼すると、屋敷の中へと案内してくれた。それに続いて、他の使用人の皆さまもぞろぞろと屋敷の中へ入っていく。皆様、私を出迎えるためだけに外に……?


 さて、足を踏み入れた屋敷の中は、非常に広大で絢爛で、そして隅々まで丁寧に掃除されて眩しいくらいだった。各所に置かれた調度品や、壁に掛けられた絵画は、落ち着いていながらも気品を感じさせ、天井や階段の手すりなど至る所に施された装飾がまた精緻だ。アルメリア家の邸宅とは比べるべくもない。まるで違う世界に足を踏み入れてしまったと錯覚してしまいそうなほどだった。

 

「まずはどうぞ、こちらでお待ちください、ただいま旦那様をお呼びしますので」


 通されたのは、広々とした応接間だった。敷かれたワインレッドの絨毯は足が沈みそうなほどふかふか。テーブルやソファには緻密な彫刻が施され、高級なものだと一目見て分かる。促されるままソファに腰掛ければ、想像以上に体が沈み込んで一瞬パランスを崩しかけた。

 ほどなくして、メイドの方がティーセットと軽食やケーキが盛られたケーキスタンドを載せたワゴンを運んできて、私の前にセッティングしてくれた。フルーティーな紅茶の香りが漂い、宝石のようなベリーがふんだんに載せられたタルトが視覚を楽しませる。


「どうぞ、よろしければお召し上がりください」


 メイドの方に促されて、花の描かれた華やかなカップに注がれた紅茶を一口、口に含む。美味しい。マスカットのような爽やかな香りが鼻に抜け、心地よいすっきりとした渋みと、蜜のような微かな甘みが舌の上を通り抜けていく。恐らく、王国北部の山麓で産出されている最高級の茶葉だ。


 この歓待振り。本当の本当に、歓迎されているらしい……??


 公爵家の使用人が全員、社交で囁かれる噂を聞いたことが無い、なんてことはないだろう。私が悪名高い『鉄面皮の刺青令嬢』だということは、多分伝わっているはず。それでもなおこんなに丁寧に接してくれるというのは、最初だけだからなのか、公爵家の使用人教育が行き届いているからなのか、本当に私を公爵家の女主人として迎えようとしてくれているからなのか……。

 そんな事を考えながら暫く待っていると————。

 

「申し訳ない、待たせてしまったかな」


 応接間の扉が開くと同時、低く艶のある声が聞こえてきて、私は顔を上げた。

 

(……この方が、ティンカー公爵、アンダース・ティンカー様)


 謎多き公爵は————意外なほどに若く、美しい青年だった。

 恐らく、年の頃は私とそんなに変わらないのではないだろうか、その顔にはまだ僅かに幼さを残しつつ、けれども確かに玲瓏たる美貌を湛えていた。少し吊り上がり気味の薄氷色の瞳が、ちょっとだけ猫のような印象を与えている。銀色の髪の毛はうなじの辺りで切り揃えられ、丁寧に撫でつけられていた。

 その美貌に一点だけ影を落とすところがあるとするならばそれは、顔色がいささか青白いことだろうか。お仕事がよほど忙しくてあまり休めていないのだろうか、とそんな事を思いながら、私は立ち上がりカーテシーをする。


「初めまして、私はアンダース・ティンカー。ティンカー公爵家の当主だ」

「初めまして、プレシア・アルメリアです。この度はこのようなご縁を賜り、ありがたく存じます」

「お礼を言うのは私の方だ。此度の縁談を受け入れてくれた事、改めて礼を言う」


 掛けてくれ、と言われソファに座りなおすと、アンダース様の後についていたマルクさんが、テーブルの上に書類と羽ペン、インクを並べていった。


「こちらは婚姻誓約書だ。早速で申し訳ないが、こちらに署名をお願いできるだろうか」

「ああ……分かりました」


 さっそくとばかりに出された書類にいささか面食らう。もう少しお互いを知ってから……と思っていたのだけれど、そんなに婚姻を急がなければいけないものなのだろうか。

 書類を見てみると、すでにアンダース様の名前は署名されていた。別に拒否する理由もないので、署名欄に名前を記すと、すぐにマルクさんが書類を回収していった。


「後は書類を教会に提出すれば、我々は正式に夫婦という事になる」

「そう、ですね」

「正式な結婚式は一年後を考えているが、問題ないだろうか?」

「はい、特に問題はございません」


 あっさりとした婚姻と、淡々とした確認作業。結婚にそこまで夢を見ていた訳ではないけれど、こんなものか、と胸中に落胆めいたものが落ちる。刺青の刻まれた令嬢が、上位貴族と婚姻できたというだけで御の字なのだから、夫婦らしい関係を求めるのは、多分贅沢なのだろうけれど————。

 なんて事を考えていた時だ。不意に、アンダース様がソファから立ち上がり、私の傍で膝を着いた。



「さて、それでは君の刺青を見せてほしい」


「はい?」



 …………この方、今なんて仰いました?



「ご令嬢にこんな事を言うのは不躾なのだが、可能ならドレスを脱いで、全身の刺青を見せてほしい」


「はい??」



 思考停止していると、追撃のように、余計に注文を追加されて同じ文言を繰り返された。

 刺青が見たい??? それも服を脱いで全身??? 頭の中で言われた言葉を咀嚼しようとして、咀嚼しきれずに首をこてりと傾げてしまう。思わずアンダース様のお顔を凝視するけれど、彼は至極真面目といった様子だった。

 そうして、ふと頭に浮かんだのは、アルメリア家でお兄様が言っていた言葉だ。


『プレシアの刺青を研究したいから、婚姻して合法的に見られるようにと考えているなんてことは……』


(お兄様、大正解かもしれません……)


 なるほど、婚姻して夫婦となれば、妻が夫の前で肌を晒しても別段問題は無い。けれど、本当にこの刺青のために婚姻しようとする人がいるだなんて思わないではないか。


「……」

「……」


 呆気に取られて沈黙する私に、アンダース様も返事を待つように沈黙を返してくる。何か、何か言わなければと思うけれどこの場合なんと返事をすればいいのだろう。

 服を脱いでまで刺青を見せたくないと言えばこの方は納得してくれるのだろうか、ご不興を買ったりはしないだろうか。心配なのはそこである。

 確かに、旦那様となる方の前でなら、ドレスを脱いでも問題……無いのかしら? それに私は、莫大な結納金と引き換えに嫁入りしてきた身だ。それを思えば、アンダース様の要求は少し断りづらくもある————…………。

 ぐるぐると思考を巡らせた末、私は答えた。


「……わ、かりました、貴方様と二人きりであれば、お見せします」

「! そうか、感謝する。それでは、研究室に場所を移そう。早速案内しよう」


 アンダース様は、少し顔色を明るくしてそう言うと、私の手を取って立ち上がり、逸るように歩き出した。私は、少しばかり遠い目をして、その後についていくことしかできなかった。

 

 ……後ろの方でマルクさんが、顔色を真っ青にしていたように見えたけれど、気のせいだろうか。


+++++++++++++++++++++



 研究室、と呼ばれた部屋に通されてみると、そこは整然と本や見知らぬ器具が並ぶ、未知の世界だった。主に作業をしているらしいデスクには、本がうず高く積まれ、魔石らしい鉱石や、製作途中らしい何某かの装置、それに難しそうな数式や魔法陣の書かれた書類が散乱している。

 部屋の一角に、病院で見る診察台のような簡易ベッドがあり、その傍らには何かの装置が置かれていた。

 物珍しさについきょろきょろと周りを見ていると、「プレシア嬢」と声を掛けられた。


「服を脱いで、その寝台に横になってくれ」

「……はい……」


 もうここまで来たら、淡々と済ませるだけである。

 私は、着ていたドレスをもそもそと脱ぎ、下着のみの姿になると、言われるがままに簡易ベッドに横たわった。腕や足、体の至る所にある刺青を、ほとんど初対面である男性の前に、晒した。

 横目に見てみれば、アンダース様がほんの少し、目を見開いているのが分かった。刺青を目当てに婚姻までした割に、目の前にするとそうやって驚いた顔をするのかと、ほんの少しもやもやとした感情が湧いたが、それは黙殺する。

 アンダース様は、私の腕をとって刺青を眺めながら、ぽつりと「想定以上だ」と呟いた。


「……君のこの刺青は、非常に複雑で高度なものだ」


 それから彼は、じっと私の顔を覗き込んだ。薄氷色の瞳が熱意を湛えて燃えているように見えた。

「君の刺青について、どうか私に研究させてくれないだろうか」


 それはまるで、愛の告白のような熱を秘めた声だった。状況と言葉が違っていたら、普通の令嬢であればここで赤面していたかもしれない、それほどに熱心な懇願だった。状況と言葉で全て台無しではあったが。

 それにしても、魔道具技師の公爵様からすれば、私の刺青にはそれほどまでに価値があるのか……。なんとなく、私という存在自体も肯定されたような気がして、むずがゆい気分になる。

 こんな体だからこそ、役に立てることがあるということなら、願いを撥ねつける理由は無いように思える。

 私は、こくりと頷くことで、アンダース様に応えた。




 ————そうして、私とアンダース様の、奇妙な夫婦関係は始まったのだった。



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