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03_謎多き公爵




 それから、縁談を了承する旨を記した書状は、速やかにティンカー家へと送られ————その返事もまた、速やかにアルメリア家に届けられる事となった。

 

 ティンカー家からの次の書状には、まずは縁談を了承してくれた事への謝辞が記され、早速だが一ヵ月後には輿入れのための迎えの馬車を送る、という事が書かれていた。あまりにスピーディーに結婚が決まっていき、これで私がアルメリア家に居られる期間は残り一ヵ月となった。

 また、書状と共に、先の手紙で約束された通りの金額の結納金も納められた。あまりにも迅速すぎる納金、そしてなかなかお目に掛かれない金貨の山に、家族も使用人も思わず色めき立ったくらいである。

 

 結納金の使い道として、私は全額、領地経営の方に充ててもらっても良かったのだけれど、お母様から、


「お相手の顔を立てるためにも、少しくらい新しいドレスや装飾品を仕立てなければ駄目よ」


 と諫められてしまったので、確かにそれもそうだろうと納得して、日常用のドレスを数着と夜会用のドレスを一着、それに少しばかりのアクセサリーを仕立ててもらう事となった。

 ドレスは全て、全身を首まで隠す露出度が全く無いもの、アクセサリーもバレッタといった髪飾りやピアスなど顔周りの物のみに限ったお仕立てではあったけれど、いつも懇意にしている仕立て屋は、一ヵ月という限られた時間の中で十二分なクオリティのものを用意してくれた。

 これでかなり贅沢をしたと思うのだが、それでも結納金はほとんど減っていないというのだから、その金額の莫大さは推して知るべしである。



 そうして私とお母様とで嫁入りの準備を着々と進めている間に、お父様とお兄様は、持てる伝手を全て使って、ティンカー公爵であるアンダース様の事について調べてくれていたようだった。

 調査はかなり難航したらしいけれど、少ないながらアンダース様の情報は掴めたようだ。

 

 曰く、公爵家当主を数年前に継いだらしいこと。


 曰く、基本的に領地経営は代官に任せ、自身は魔道具開発に没頭しているらしいということ。


 曰く、魔道具開発で身を立ててきた歴代のティンカー家一族の中でも特に天才的な魔道具技師であるらしいこと。


 曰く、表立って社交に出てくることはなく、そのせいなのか貴族間でも顔が知られていないということ……。

 

 詳細な年齢や容貌、それに人となりについては、一ヵ月の調査では洗い出せなかったという。そもそも社交界に出てこないのだから情報が流れてこないのも当然だと言えるだろう。


「……心配だ」

「全くです、父上」


 時はあっという間に流れて、アルメリア家で過ごす最後の夜。

 執務室で、一連の調査結果が記された資料を目の前にしながら、お父様とお兄様は深々と溜息を吐いていた。この光景も一ヵ月の間に何回見た事だろうか。


「結局、決定的な事は何一つ分かりませんでしたね……顔も年齢も分からないとは……」

「もしこれで、相手が二十も三十も年上だったらと思ったら……プレシアが不憫でならない」

「人となりが分からなかったのも痛いですね。魔道具開発にばかりかまけて妻をないがしろにするような相手であったらプレシアを幸せにはできないでしょう」

「全くその通りだ、テオドール。やはりこの縁談、撤回すべきなのでは……」


 不安要素を挙げ連ねてはうんうん、と頷き合うお父様とお兄様。もはや、当事者である私より二人の方がよほどこの縁談を不安がっているように思える。

 そんな二人の様子に、私はほう、と溜息を吐いた。


「お父様もお兄様も、そんなことを仰らないでくださいませ。相手のことが分からないということは、良い人の可能性もあるということでしょう?」

「しかし……これだけ情報が出てこないというのは……公爵殿にも何か、人に明かせぬ瑕疵があったりするのではないか……?」

「もう、不安がりすぎです。どうぞ、娘の……妹の、明るい未来を祈って頂けませんか?」

「そうですわ、プレシアは明日には公爵領に発つのですよ、そんな暗いお顔でこの子を送り出すつもりですか?」


 私が思わず苦言を呈すると、続けてお母さまも呆れたように二人をたしなめる。


「だが……」

「ですが……」

「だがもですがもありません。プレシアは自分の意思で結婚を決めたのですから、きちんとその意思を尊重してあげるべきでしょう?」


 お母様は、私の決断なら、とこの結婚を肯定的に受け止めてくれているらしかった。

 それでも、二人きりの時にはぎゅっときつく抱きしめられ、「どうしても向こうでの生活が辛いようであれば、結納金の事は気にせず戻っていらっしゃい」とも言われた。

 とはいえ、アルメリア家や領民に迷惑をかけるような事は私にはできない。相手の事は何も分からないが、未来の旦那様がどんな方であろうとも、例え蔑ろにされようとも、アルメリア家のために立派に妻としての勤めを果たそうと思っている。不退転の覚悟である。

 そんな風に改めて覚悟を決めていると、お父様が私の傍に来てそっと私の手を取った。心配そうな顔が私を覗き込む。


「プレシア、本当に、本当に無理はしていないのだな?」

「はい、お父様」

「……それなら、私もお前の意思を尊重しよう。だが、他家に嫁いだとてお前は私の可愛い娘だ。それを忘れないでほしい」


 そう言って、お父様は私の体を優しく抱きしめてくれた。私もお父様の背中に手を回して抱きしめ返す。


「あら、それを言ったら私の可愛い娘でもあるわ」

「そして俺にとっては可愛い妹だ!」


 お兄様とお母様も、一緒になって私の事を抱きしめてくれた。三人からぎゅっぎゅと抱きしめられて少し苦しいけれど、この苦しみは幸せな苦しみだな、なんてことを思う。



 それから、家族の最後の夜を惜しみながら過ごし、最後の荷支度の確認を終えて眠りに付き————翌日。


 太陽が中天に差し掛かろうかという頃、アルメリア家の屋敷の前に、四頭立ての立派な馬車がやってきた。ティンカー公爵家の家紋が入っていることから、迎えの馬車だとすぐに分かる。

 家の者が私の荷物を馬車へ積み込んでいくのを家族とともに眺めながら、私はこの、家族と過ごす最後の時間を噛み締めていた。

 刺青まみれになってしまった私を、見捨てることなく愛情深く育ててくれた私の家族。

 今生の別れ、という訳ではないけれど、それでも家族と長く離れるのは初めての事だから、ほんの少しばかり不安はある。こんな体の私を、果たしてティンカー公爵家の方々が快く受け入れてくれるのかも分からない。それでも、やっぱり恩返しをしたいという気持ちの方が強いから、私は迷わずに前へ進むことができる。


 私は、お父様たちの前に出ると、静かに深く、カーテシーをして見せた。


「お父様、お母様、それにお兄様。こんな体の私を、今日この日まで育てて頂いたこと、本当にありがとうございます。プレシアは、ティンカー公爵家へ嫁ぐことで、アルメリア家の興隆をお手伝いしたいと思います。どうぞ、お体にお気をつけて、お元気で」

「プレシア……」


 顔を上げると、お母様は耐えられないとばかりに口元を抑え、お兄様も目元を手で押さえていた。お父様は普段と変わりないようだったけれど、眦が少し光って見えた。

 それから、家族の一人一人と別れの抱擁と、チークキスを交わす。触れ合わせた頬は、少し湿っていた。こんな娘との離別に涙を流してくれることが、何より嬉しいと思えた。


「プレシア、あなたも体に気を付けてね、無理をしてはだめよ」

「はい、お母様」

「時々でいいから、手紙を送るんだぞ。辛いことがあれば兄がなんとしても助けに行くからな」

「ありがとうございます、お兄様」

「……行ってらっしゃい、プレシア」

「はい、行ってまいります、お父様」


 そうして最後の別れを告げる間に、出発の準備は整ったらしかった。


「お嬢様、そろそろ……」

「はい、今まいります」


 私は、使者の方に促されるまま、ティンカー公爵領行きの馬車へと乗り込んだのだった。

 



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