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02_断れない縁談



 ————『それ』が来たのは、園遊会に家族で出席してから、一週間が経過しようかという頃だった。

 

 その日は朝から晴天で、初夏らしく青い空がどこまでも広がる日だった。

 気分よく目覚めて、朝の支度を手早く済ませた私は、朝食を食べたら今日もお父様の執務のお手伝いをしようと張り切って、一階へと降りてきたのだが————何やら、屋敷の中が騒がしい。

 何事だろうかと思いながら居間に入るとその途端、慌てた様子のお母様にがっしりと肩を捕まえられた。


「ああ、プレシア! ちょうどいいところに! 貴女、ティンカー公爵家の方に何か心当たりはある!?」

「……? ティンカー公爵家、ですか? お名前は把握しておりますが……」


 突然告げられたその名前は知っている、というより知らぬはずが無いものであった。


 ティンカー公爵家、といえば、押しも押されぬ大貴族である。代々、優秀な魔道具————魔石、もしくは使用者のマナを燃料として動作する道具全般を指す————技師を輩出しており、革新的な魔道具をいくつも開発しては特許を取得し、それによって一大財産を築き上げてきた家だ。

 それと同時に、一族皆社交嫌いで、滅多に社交界に出てこないことでも有名な家である。功績が大きすぎて他の貴族と繋がりを持たなくとも全く困らない、ということらしい。


 しかし、そんな一大貴族の名前が、何故、今ここで出てくるのか? 事が分からず、わずかに首を傾げていると、お兄様を伴いやって来たお父様が、珍しく困惑した様子でお母様の話を引き継ぎ、こう続けた。


「そのティンカー公爵家から、書状が来ている。私と、プレシア、お前宛にだ」

「私宛に?」


 予想外の言葉に、流石に少し驚いて聞き返す。するとお父様は手にしていた書状を私に渡して見せてくれた。

 艶のあるワイン色の封蝋に押された印璽は、以前に貴族名鑑で見たことのある、ティンカー公爵家のものだ。次いで書状を表に返せば、確かに父の名前……フェリクス・アルメリアと、私の名前が宛先に記されている。

 なるほど、屋敷が騒がしかったのはこの書状が家に届いたからか、と納得する。と同時に、何故アルメリア家に、それもお父様だけでなく私まで宛先に入って、ティンカー家から書状が来たのか、その理由が思い当たらず困惑する。

 改めて封蝋を確認すると、まだ開けられた痕跡は無いため、恐らく私が来るまで開けるのは待っていてくれたのだろう。書状をお父様にお返しして、


「お父様は、何か心当たりがおありではないのですか?」


 そう尋ねてみたけれど、お父様は困り顔で首を横に振るだけだった。


「何も心当たりは無いが……、このままあたふたしていても仕方がない。プレシアも来たことだし、内容を確認しよう」

「はい、ご一緒に拝見いたします」


 私とお父様とでソファへ連れ立って座ると、お父様は意を決した、という様子で書状の封を開けた。そうして、中に入っていた文書を広げ、肩を寄せ合って綴られた文字へ目を落とす。

 ————そこに書かれていたのは、なんとも驚くべき内容だった。隣のお父様が息を詰める。私も、流石に驚いて目を見開いた。


「父上、プレシア、書状にはなんと?」


 お兄様が、私達の様子を見止めて、思わずといった様子で座っていたソファから身を乗り出した。私とお父様はほとんど同じタイミングで顔を見合わせて、それからお父様が、未だ信じられない、と言わんばかりの困惑顔で口を開く。


「……縁談の打診だ。プレシアと、ティンカー家のご当主との」

「は……?」


 ぽかん、とお兄様が口を開く。お母様も、零れんばかりに目を見開いている。無理からぬことだろう、私だって正直信じられない気持ちでいっぱいだ。

 暫く固まっていたお兄様だったけれど、突如としてガタリとソファを蹴倒さん勢いで立ち上がった。


「な、何故!? あのティンカー家が!? どうして我が家に……っそれもプレシアに、え、縁談!?」

「落ち着けテオドール、私とて理由に皆目見当が付かぬのだ」


 取り乱すお兄様を片手で制しながら、お父様も頭が痛いとばかりにこめかみを抑える。


 ————お父様の仰る通り、書状には、私、プレシア・アルメリアとティンカー家当主、アンダース・ティンカー様の縁談を打診する内容が書かれていた。

 しかも、結婚にあたっての内容がまた破格だ。要約すれば、婚約が成立した時点でティンカー家からは結納金として莫大な金額が支払われ、しかもアルメリア家からの持参金は必要ないという。アルメリア家の領地経営は財政難という訳ではないが、これだけのまとまった金額があれば、後回しになっていた事業が幾つも実現できるだろう。領民の暮らしをぐっと便利にできる。

 頭の中で算盤を弾きつつ、————けれど、と考える。


(お兄様の仰る事も最もだわ。『何故』、我が家に……?)


 アルメリア家は、上位貴族である侯爵の位を頂いており、公爵家と家格の上でつり合いは取れているように見える。

 けれど、客観的に見て、アルメリア家は貴族として体面を保ててはいるものの、決して裕福とは言えない家だ。主要産業も農業と紡績といったあまり珍しくないもので、領内に魔石が産出する鉱山が一つあるものの、それとてティンカー家の目を引くような規模のものではない。

 率直に言ってしまえば、ティンカー家にとってアルメリア家との婚約は、ほとんどうまみの無い婚約のはずなのだ。

 

(それに……私についての噂はかなり広範に出回っている。いくら社交嫌いとは言え、私の刺青の事を知らないはずが無いわ)


 貴族令嬢にとって、肌に刻まれた消えない刺青は、どうしようもない瑕疵だ。そんな、瑕疵ある令嬢である私と、わざわざ婚姻したいと言い出す理由が全く分からない。

 この縁談の打診、あまりにもアルメリア家に、私に都合が良すぎる。有体に言ってとても不審だ。


「ご当主のアンダース様について、どんな方なのか……何かご存知でないのですか、旦那様?」

「いや、私も全く知らない。ティンカー家の社交嫌いは筋金入りだからな……挨拶どころか、顔を見たことも無いぞ」

「確かに、公爵家の当主ともなれば多少なりとも人となりの噂が出てきてもおかしくないのに、それすら聞いたことがありませんね……」


 公爵家との縁談なんて、本来であれば手放しで喜ぶべきことのはずだ。けれど、目的も相手のことも不透明すぎて、家族皆して、表情や声に不信感を覗かせている。

 そんな中でふと、お兄様が、何か嫌なことを思いついた、とばかりにきゅっと眉を顰めた。


「……その、ティンカー家は魔道具開発で名を馳せている家ですよね」

「確かに、その通りだが」

「まさか、とは思いますが……プレシアの刺青を研究したいから、婚姻して合法的に見られるようにと考えているなんてことは……」

「……」

「……」


 お兄様の言葉に、お父様もお母様も、同じようにきゅっと眉を顰めて黙りこくってしまった。


 成程、お兄様の予想通りだとすれば、ある程度納得はできる。刺青の中に使われている古代語は、魔道具を作る際にも使われるという話は聞いたことがあるし、公爵様が魔道具技師として未知の魔法陣に興味をそそられたのだとすれば、今回の縁談の打診について、理解できない事もない……かもしれない。


 暫し、私達の間に気まずげに落ちた沈黙を、打ち破ったのはお父様だった。


「……いずれにせよ、大事なのはプレシアの気持ちだ」

「けれどあなた、公爵家からの打診でしょう? 大丈夫ですの?」


 家格が上の相手からの縁談の申し入れだ、基本的に断ることは難しい。もしも断ろうものなら、家の外聞に多少なり関わってくるだろう。それでも、私の気持ちを優先してしまっていいのだろうか。

 お母様もそれが気にかかったのだろう、けれどお母様の問い掛けに、お父様は力強く頷いて見せた。


「私たちの大切なプレシアの縁談話だ、当のプレシアの気持ち以上に重要な事は無い。この縁談話に不安があるようなら、断りの返事を書いても良いが……、」


 そこまで言って、お父様はつと私の方に視線を向けた。私と同じ、少し青みの強い緑青色の瞳が、伺うようにこちらを見詰める。どうやら、完全に私に判断を委ねてくれるようだった。お父様の気遣いがくすぐったくて、少しだけ目を細める。

 不安は、無いわけではない。相手の人となりも、縁談の目的もようとして知れないのだから。

 それでも、私の気持ちはもう既に、決まっていた。

 

 お父様の瞳を真っすぐに見詰め返して、私は口を開く。


「こんな体の私でも、他家に嫁いでアルメリア家の役に立てるのなら、それより喜ばしいことはありません。この縁談、受けようと思います」


 そう答えた私に、お父様は一瞬、何かを言いたそうにした様子だったけれど、「……そうか」と目を伏せながら頷いて、

 

「……分かった。それではティンカー家に、申し出を受け入れる旨を連絡しよう」


 そう言い置き立ち上がると、返事をしたためるためだろう、執務室の方へと姿を消した。

 残されたお母様とお兄様は、心配そうな様子で「大丈夫か」「無理はしていないか」と口々に尋ねてきたが、それに私ははっきりと答えた。


「何も無理はしておりません。家のためにこの身を役立てることが、私の幸せですから」



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