01_刺青令嬢
なろう初投稿です。
書きあがっている分をまとめて投稿、そのあとは書きあがり次第投稿していこうと思います。
楽しんでいただければ幸いでです。
「まぁ、ご覧になって、あの方……」
「ああ、【刺青令嬢】ですわね……」
「よく来られますわね、私だったらとてもとても……」
ひそひそ、さやさや。周りから聞こえる囁き声。
あまり出ることのない社交界に出席するといつもこうだ。首から下の肌を一切見せないドレスを着た私をあげつらって、【刺青令嬢】だの【疵物令嬢】だのと呼ぶ密やかな声が取り巻く。まさか、王家主催のこの園遊会でまでそうなるとは思っていなかったけれど。
そのひそめき声を、腹立たしいと思うことは特に無い。体に刺青が入っていることも、それが貴族令嬢にとっては致命的な瑕疵であることも事実だ。物珍しがって噂話をしたくなる気持ちも、分からなくはない。
でも、一緒に歩いている家族の事を思うと、もう少しだけ声のトーンを落として話してほしいとは思う。
「……ッ」
前を歩いていた父と兄が、囁き声のした方をぎり、と睨みつけた。隣のお母さまも僅かばかり顔を顰める。三人のマナもざわりと不穏に揺らめいて、感情の揺らぎを伝えてきた。ああ、お父様もお兄様もお母様も、そんな風にいちいち反応していてはきりがないだろうに。とはいえ、自分のために怒ってくれているのだからそれを言うのも憚られる。結果として私は沈黙を選ばざるを得ない。
ああ、こうして、家族にいらぬ心労をかけてしまうからあまり社交は好きではないのだ。誰にも気づかれないよう、ほう、と小さく溜息をつく。
本来、普通の人間であれば、ああして陰口を叩かれればきっともっと傷付いて嫌な気持ちになるものなのだろう。それこそ、断れない社交の場だったとしても、出ることを厭うほどに。
けれど、私————プレシア・アルメリアはあれぐらいでは少しも心動かない。強がりでもなんでもなく、何も感じないのである。
こういう性格形成に至ったのは、何故か。
実はその辺りのことは私にもよく分かっていない。ただ、多分だけれど、八歳以前の記憶が無いことが関係しているのだと思う。
————その昔、六歳の頃に私は一度行方不明になっているらしい。
らしい、というのはもちろんその辺りのことも記憶になく、後からその事を伝え聞いただけだからだ。
とにかく、六歳の私は、王都のタウンハウスに滞在している最中、庭で遊んでくると言って出かけたきり、帰ってこなかったらしい。大人達がどれだけ捜索をかけても行方はようとして知れず、見付からないまま時間だけが過ぎていったのだと。
一週間を過ぎ、一ヶ月を過ぎ、半年を過ぎると、家族以外の大人たちの間ではもう帰ってくることは無いだろうという空気が漂っていたという。それも無理からぬことだろう。
それでも家族は消えた私を諦めきれず捜索を続けてくれた。似顔絵を配って、周囲に聞き込みを続けて。そうして一年経ち、二年経って————ある日、なんの前触れもなく私は発見された。
大通りでぼうっと立っているところを、憲兵に保護されたのだという。家族がめげずに配っていた似顔絵から、身元が特定されるのも非常に早かったそうだ。
家族皆が、娘の発見を喜び、そうして感動の再会を果たしたのも束の間。
————戻ってきた娘の体には、無数の幾何学模様と古代語と呼ばれる文字で構成された魔法陣の刺青が、全身の至る所に刻まれていたのである。
それを見て母は卒倒し、父と兄は暫し言葉を失うことしか出来なかったという。それはそうだろうな、と私も思う。
自分でも、鏡に体を映して見ると少し引いてしまうほど、執拗なまでに刺青が刻まれているのだ。
とはいえ私はこの時のひと騒動もあまりよく覚えていない。本当に、八歳以前の記憶にはぼんやりと靄がかっているのだ。
さて、娘の惨状を目にした父はすぐに、この刺青について箝口令を敷いた。発見してくれた憲兵から、家で働いている全ての使用人に至るまで、私の姿を見た全員にである。
けれど、人の口に戸は立てられないということなのか、いつの間にか社交界で「アルメリア侯爵家のご令嬢は全身不気味な刺青だらけなのだ」という噂……噂というか事実だけれど……が広がってしまっていた、という訳だ。
行方不明になった影響はそれだけではない。行方不明前は活発なはずだった性格も変わり果ててしまい、今のように感情がほとんど動かなくなってしまった。それについては医師から、
「恐らくだが、何か恐ろしい体験をした事から、防衛本能が心を麻痺させてしまったのかもしれない、記憶が無いのも同じ理由ではないか」
という推測がされている。
そうして、私————社交界で後ろ指を指される「鉄面皮の刺青令嬢」は、出来上がったわけである。
「……もう帰るとしようか」
国王陛下を始めとした王族の皆様、それに、幾人かの貴族の皆様に挨拶回りを終えたところで、父がそう切り出した。私と兄は、それに揃って顔を見合わせる。
兄の「よろしいのですか」という問いに、父は少し口元に笑みを刷きながら頷いて、
「いいんだ。最低限の顔見せは済ませた。プレシアも……断れなかったとはいえ、連れ出してしまってすまなかったな、決して良い気分はしないだろうに」
「お父様、私は気にしておりません」
「それでも、だ」
父の大きな手が、私の頭の上に置かれる。もう16歳になるというのに、時折父はこうして私の事を小さな子供のように扱うことがあった。それが、ほんの少し、こそばゆいと思う。
「疲れたろう。家に帰って、何か甘いものでも用意してもらおう」
「……はい」
父の優しい労りの言葉に、私は大人しく頷くことしかできなかった。
————体に刻まれたこの刺青は、貴族令嬢にとって致命的な瑕疵だ。
少しでも肌を晒すドレスは着られない。他家に嫁ぐことも絶望的となれば、家のために役立つこともできない。
それでも、お父様もお母様も、私に対して何一つ文句を言うことは無かった。私のことをただただ哀れんで、十二分の愛情でもって大切に育ててくれた。他家に嫁ぐことができないならばそれでもいい、ずっと家にいて良いのだとまで、言ってくれた。
少し過保護なところはあるかもしれないけれど、家族は皆、掛け替えのない大事な存在だ。
だから私は、少しでも私という存在を家族のために役立てたい。
幸い、と言っていいのか分からないけれど、私には、刺青の影響で得たであろう特殊能力があるのだ。
一つは、世界や人々を取り巻く魔力……マナを感知し視認できること。
もう一つは、魔術を行使するのに、通常は自分のマナを消費するところを、大気など自然の中にあるマナを代わりに使うことができるということ。
この二つの特殊能力は、魔術、特に本来複数人で行うような大規模な魔術を使うのに非常に有利になるのだ。攻撃魔法も結界魔法も、回復魔法でもなんでもお手のもの。
事故などによって負傷者が大勢出たとき、魔物が出現したとき、日照りが続いたときなど、領内でトラブルが起きた時には、私は率先してこの力を利用してきた。家族は、あまり無理をしないでほしいと心配するけれど、私が家のために、家族のためにできることはこれくらいしか無かったから。
煌びやかな社交に憧れなどない。美しく飾り立てたドレスも、ぎらぎらしい宝飾品も必要ない。
私は、アルメリア家のために自分の力を役立てながら、お父様やお母様、それにお兄様と慎ましく暮らせれば、それでいい。それ以上の幸福など、きっと無い。
(家に戻ったら……領地で困りごとが出ていないか、また確認しないと)
父と兄、母に続いて帰路を歩きながら、私は次なる自分の力の使い道を探すためにそんなことを考えていた。周りの囁き声はまだ聞こえていたけれど、それはもう私の耳を素通りするだけだった。
————だから。
群衆の中から、私の事をひそりと見詰める瞳があっただなんて、この時は気付きもしなかったのだ。




