やからしにより白紙になりました
ヒーロー攻略ゲーム転生系ヒロインにやらかされた親族の話。
父が他界し、父の所領を弟が継いだ。正しくは、面倒なので弟に押し付けた。
兄である自分が継ぐ予定で管理しているのは母方祖父側の所領であり、いま自分がいるのは、いわゆる避暑地である。
屋敷として整備されている土地は広くもないが、ガーデンには祖父母や母が好む各種のベリーが植えてあり、蒼天に届きそうなほどに高くそびえる木々に囲まれ、四季折々の草木が季節に彩りを変えて目を楽しませてくれる。
庭に設けた四阿で本を読みつつ、そのままうたた寝をするのがなんとも楽しみな場所で気に入っている。
もっとも冬は雪が深く厳しいので暖炉の火と中央暖房が欠かせない。
なにはともあれ、後々、人生のんびりと田舎に引きこもって暮らすにはよい所領であり、母はその所領を可愛がっている孫、つまり我が甥に継がせたいと常々言っていたので、無駄な係争も避けたいという口実で見合い話を蹴り続け、適当な独身貴族を楽しみつつ、まあ甥もこの領地を気に入ってくれていることだし、という心情でいた。まあ、若干ダメなところのある甥ではあるが、そこは指導でどうにかならないかという淡い期待を抱いて。
ところがその目論見は破綻した。
なんのことはない、甥がやらかしたのである。
やらかすべくしてやらかしたと言えばそこまでである。
「あなたの領地をアレに継がせるのはやめるわ」
「アレ……可愛がっていた孫ではないですか」
アレ……なんだその、名前を呼びたくないアノ人みたいな言い方は。
母はうんざりしたように扇子を開いて首を振った。
「悪いお友達に影響されたのね」
嫌な予感しかしないが、一応、話は聞こうではないか、という気持ちで母の言い分を聞くべく姿勢を作れば、母は満足したように嘆息する。
「信じられないわ」
「なにがあったんです?」
それが分からねばこちらも母への返答のしようがない。
「試験の成績が悪かったのは確かです」
「そうですね、根気よく教えればどうにかなるのではないかと思っていました」
「でもそうではないの、どうも学校で問題になっているようなのよ」
学校で問題とはなんだ、母よ。
「仲のよいお友達とのお付き合いを優先して、婚約相手のお嬢様との関係を蔑ろにしているというの」
「はあ」
十代の少年でも、家同士のお付き合いがきちんとできる子供もいれば、そうではない子供もいる。どうやら、甥は後者であったようだ。
「そのお友達のなかに商家のお嬢さんがいらっしゃるそうなのだけど」
「待ってください、王都のスクールはそもそも男子校で、女子教育の門戸が開かれてからまだ十年ほど、女子教育には女性教諭が採用され、男子生徒の学び舎とは建物が別になっていると聞いていますが違うのですか?」
「学び舎の建物は別よ。それぞれの行動範囲を分けるための門もスクールの敷地内にありますよ」
「それがなぜ商家のお嬢さんが出て来るのです?」
甥とそのお嬢さんにはなんの接点もないではないか。
「ガーデンやホールは共同」
「ああ……さようでしたか……」
「十代でもお付き合いは色々とあるでしょう?」
「まあ……そうですか……はい……」
色々とね。
甥と婚約者とそのお嬢さんの間でどのような色々があるのか、わからないが。
「あの子の婚約者は一学年下の子爵令嬢でしょう? うちは騎士からの男爵ですよ、相手のお嬢様には失礼のないように言い含めたのではなかったのですか?」
「失礼のないようにとは言いつけてありますよ」
「そう言われても……そうですか……」
反論はやめておこう、母をつつくと面倒くさい。
「このあいだの安息日、街に出掛けるというから先方のお家に、うちの孫はお嬢様になにかお誘いをしたかしらとお訊ねしたのよ」
「お相手はなんとおっしゃいました?」
「なにも」
「なにも返事がなかったのですか?」
「いいえ、なにもお誘いは受けてません、だそうよ。従者にあの子の後を追わせて見張らせたら、街でスクールのお友達五人で遊んでいたというの」
「スクールのお友達ですか」
「そうよ、同じクラスのお友達が三人と、商家のお嬢さんの、四人」
なるほど、うちの甥は、やらかした。
そこはクラスのお友達と一緒だとしても、形だけでも、婚約者であるお嬢様に声をかけるべきだった。
「弟はなにも言わないのですか?」
「まさか。あの子だってうるさいぐらい息子にお説教してるわよ。でも元々、父親であるあの子が若い頃も……思い出してみてちょうだい」
「ああ……」
弟は今でこそ父親としてまともな真面目ヅラをしているが、若気の至りとでもいうべきやらかしは一通りやらかした。そのなかに金関係のやらかしがなかっただけで褒められるレベルである。
「でね、行方不明になったというのよ」
「……は?」
母よ、いま、なんと言った?
「行方不明?」
「そうよ。変なことに巻き込まれていないとよいのだけれど……」
甥のことだ、間違いなく変なことに巻き込まれている、いや変なことに向かって自ら身を投じたに違いない。
「弟に、話を聞いてみますよ」
「そうしてくれる?」
「ええ」
*** *** *** *** ***
悪いお友達に誑かされた、ねえ……うちの甥は、浅はかで、おバカなのだ。
弟がかつて、男爵家の娘とも思えぬ低俗な女に騙されて生まれた甥だが、一族の反対を押し切って結婚した弟は、女には子供を育てる気がなく、さればとてこちらの嫁として稼業を回す一員になる気もない、だが金は使い込む、婚家の者……つまり当家の弟や両親を召使のように顎で使おうとする、という現実を前に折れ、離婚するに至った。
「兄上聞いてくれるかい……もうねえ、あの女に会わせてもいないのに気質がどんどん似てきてびっくりだよ……」
「聞くよ、そのために来たんだ。母上に訊いても、どうも要領を得ない」
それから弟は、語った。
甥が、スクールで商家の娘や同じく彼女のトリマキになっているオトモダチの前でいい格好をするために、毎月毎月小遣い以上の金額を使い込んでは足りないとねだって来ること。
商家の娘はあろうことか公爵令息に近づき、そこから第三王子にまで手を出そうとしたということ。
甥は彼女のよい金づるになっていたということ。
バ……いや、頭が悪いので、金づるにされていることにも気付いていなかったこと。
甥どもトリマキの力で第三王子が参加する社交の場にその商家の娘を連れて行った結果、不穏分子と看做されたということ。
そうして、商家の娘に「国外追放ルートだわ」と言われ、その彼女とトリマキ一同のバ……いや、おつむの程度が同じ少年少女が揃って、家出したのだという。
……国外追放ルート???
「国外追放ルートとはなんだ」
「僕にもわからん」
「おまえの息子だろう」
弟がすべてを諦めたかのように鼻で嗤った。
「兄上はそう言うが、あいつは元妻と同じでバカだから、なにを言っているのか、なにを考えているのか、まったくわからん」
「おまえ私が言うのをためらった言い方をなんの躊躇いもなく言ったな」
「バカはバカだからな」
おまえが育てたバカだよ。
「それで、あいつが言う『国外追放ルート』なのだけれど、字面からしてどう見ても、国を出ようとしている」
「……そうだな字面からしてそれしかない」
そう言って返すと、弟が心底呆れたように頬杖をついた。
「そうなんだよ……それで、とりあえず、各地の国境警備隊に向けて捜索願いを出した」
「そうか」
国外追放ルート……。
「甥のやつ……身分證書持ってたか?」
「持たせてないよ」
「それなのに国境まで……」
「国境まで行くよ、僕の息子は僕とあの女に似てバカだから!」
「そうか……そうだな……あの甥の、ロクでもない方向に向かうエネルギーは余人には想像もつかないほど強いからな」
そう、甥は、ぶっ飛んでいる。
「あー……ついでに訊きたいのだが、あいつは、陸軍に入る気など……」
陸軍に入れられそうであれば、陸軍でどうにか矯正できないだろうか?
「陸軍に入る気なんかあるわけないよ! あれはね、軍事オタクではなく武器オタクだよ!」
「だが戦術論は」
「兄上は知らんだろうけど、あれは兄上の前で机上の空論振りかざして戦術オタクぶってただけでね、実際、演習に入れたら自分が活躍できなかったと言ってふてくされて『二度と演習には参加しない!』と言い切りやがった! あのロクデナシめはそういうやつだ! 演習では頭隠して尻隠さず、ふたつのことを一度にできないので何かを判断しながら逃げるということもできずに、あっと言う間に捕虜だった」
「なら一等兵から経験させて、性根をどうにか……」
「兄上、僕はあいつの父親として断言する、賭けてもいいが、最初だけ曹長にだけいい顔をして可愛がられつつ、曹長が自分を叱責したら、そこからは裏で『曹長は自分のことを理解してくれない』と悲劇のヒーロー気取りながら臆面もなく脱走するね!」
悲劇のヒーロー気取りつつ臆面もなく逃走する甥。
「最低な言いようだが、甥にプライドはないのか?」
「あるとも、プライドを気にする場所がおかしいだけでね! そのプライドを保つためにむしろ僕や家の者たちを『自分を虐げる悪人』に仕立て上げて話をするのさ。こっちはあいつが金をせびりに来るたびに、これは貸付けだと言って補填しているが返済されたことがない!」
貸付けとはなるほど納得するが、私は弟が甥にその返済を請求したり、小遣いから返済分を天引きしたという話を聞いたことがないのだから、返済されたことがないということにも驚かない。
「貸付けだと言うなら貸付けたぶんだけ小遣いから天引きするなり預貯金を差し押さえるなりしなさい」
「あいつの口座はいつの間にか預貯金残高ゼロになっていた」
……そうか。
「まあこれに懲りたら、おまえも甥を甘やかしてねだられるたびに小遣いを渡すのをやめなさい。私も、スクール入学祝だと言って、甥のためにオーダーメイドのロングソードなど奮発するんじゃなかったよ」
「いや、あのロングソードはあいつにとって宝物になっているし、他の何を手放してもあれだけは手放さないという感じになっているから、兄上には感謝している」
「……そうか、なら良かっ……た……?」
良かったのだろうか?
「なにしろ兄上、いまはなにを言っても意味がない。行方不明で国境警備隊からの連絡待ちだ」
「そうだな……しつこく言うが、どれだけ時間がかかっても、おまえの息子が使い込んだ浪費分は、卑賎の仕事でもなんでもやらせて、回収すること」
「わかった」
「あと、母上も孫可愛さでずいぶんと甘やかしていたが、今度こそ、避暑地の所領も相続人は親戚から選ぶという方針に妥協してくれた。なので、久しぶりに親族を集めて交流会を開こうと思う」
「そうしてくれ、避暑地の所領なんぞ手に入れたら、そこにオトモダチと商家の彼女を連れ込んでダメになるまで遊び、最後はきっと借金の抵当にされるか売り払われることになる」
弟よ、ダメになるまで、という言い方はいけない。
行方不明になったうえ、国外追放ルートとか言うなにやらで身分證書もなしに国境に向かったと思われる時点で、もう「ダメ」なんだよ。
親戚一同、遠戚まで集めて園遊会。
そこから甥に継がせると言われていた財産を継いでくれる者を選び、その親族一同からも同意を得なければならない。
なぜこうなった。
*** *** *** *** ***
そこから一カ月後までの結論を簡単に言うと、甥とその愉快なナカマたちは、国境警備隊に捕獲され、領地を継いでくれる遠縁たちも決まった。
いくつかの家々から、数人が集まって、愉快なナカマたちの弁解を聞く会が開かれた。
正直に言うと、商家の令嬢とやらの話が一番わからない。
「だから! 国外追放ルートなんだからさっさと国外追放してよ! 隣国に行きたいの! まだ隣国の隠しキャラ攻略できてないんだもの! ここで捕まっちゃったらコンプリート出来ないじゃない!」
国外追放をこれほど心待ちにする少女も不思議だが、誰もが、彼女に訊きたいと思っていることがある。いや、あるだろう? 私は気になって仕方がないので、訊きたいのだが、弟のオトモダチなのでおとなしくしているだけだ。弟よ、訊け。おまえには愚か者の父として愚か者を誑かした少女に訊く権利がある。
弟をつつけば、弟は困惑し、嫌そうにしてから、覚悟を決めたかのように手を挙げた。
「きみ、我が国に我が国の国民を国外に追放するという罪人の処分はないのだが、きみの国籍は外国なのか?」
周囲が少女に注目する。
「いやいやいや! うちの娘は間違いなく、我が国の籍です!」
おまえの娘か。
「だが国外追放は、外国人にしか適用されない。追放ではなく、退去というが」
「は、あの、はい……それは……娘も……」
「ウソでしょ! 国外追放がなかったら隠しキャラの攻略ルートが開けないじゃない!」
意味がわからない。
言うしかない。
「すまないが、ここにはきみの話が理解できる大人がいない」
「は!? 誰よあんた!」
「……そこのバカの伯父だ」
「あーもう……いいわよ、全部教えてあげる。この世界はあたしが前世でやってたゲームの世界なの、攻略対象が決まってて、それをクリアすると」
「それをクリアするとどうなる」
「攻略対象は他のライバルよりヒロインを選んでハッピーエンド!」
「ふーん……」
「でも攻略対象コンプリートするには、隣国に追放されないといけないの! 追放先でヒロインを憐れんだ攻略対象の好感度を上げて、ルート全コンプリート!」
……なんておつむの憐れな娘だ……。
「そのコンプリートが終わると何があるのだね?」
誰かが素直な疑問を少女に訊いた。
「その攻略対象と結婚して幸せになるんだってば! 私は誰からも愛されるヒロインだから、みんなにお祝いされて!」
場が静まり返る。
そうだろうそうだろう、自分たちの息子は人生を台無しにされ、ヒロインとやらである少女だけは選り取り見取りで好きな「攻略対象」とやらと結婚してハッピーエンド、とは。
「甥よ、見たかね? あれがきみを食い潰そうとした女だ」
「食い……」
「我が息子ながら、おかしいと思ったんだよ、おまえはだいぶナルシストでキモイからね、おまえに近づいてきて仲良くしてくれる女の子なんてろくでもない女に決まっている」
「そんな父上……」
「本当のことだよ、おまえ、見た目は平凡、頭の出来も悪い、協調性もない、自信だけあって自分が負けるフィールドには絶対に行かないし、負けると思ったら相手が狡いということにして逃げる。それなのに女の子にはモテると思い込んでいて、上から目線で、付き合ってやるだの、本当は自分のことが好きなくせにとか決めつけて贈り物したりするだろ? そんなの女の子から見たらキモイだけだろうに、それでも仲良くしてくれていたなら、彼女にとっておまえは都合のいい男なんだよ。金目の物をくれるチョロいい男だ」
「チョロいい……」
「父と伯父が折り紙を付けるが、おまえは、モテない。そのナルシストで負けるフィールドを避けるのに英雄になりたがるという思考のクセが治らない限り、おまえの人生に光は当たらないんだよ」
甥が膝から崩れ落ちた。
「さ、甥よ、国外追放なんぞという罰はこの国に存在しないが、密出国という罪と、以降外国に行かれなくなるという罰はある。うちの一族ならではの田舎で労働の罰もあるからな」
「田舎での労働……」
「さー、伯父さん可愛い甥っ子の更生のためにとっておきの小屋と労働を用意するからな!」
おまえのようなロクデナシに譲れる遺産は、ないけどな!
キモイ甥はストーカー直前でした。うっかりするとキモイ甥に逆恨みされて悪評が立つバッドエンドルートです。