第2話 勇者パーティー専属怪盗、初仕事
異世界に転生してから一ヶ月。
勇者パーティーの一員として、俺は数々の依頼現場に同行してきた。
といっても、魔物退治で汗をかいた覚えはない。俺の仕事は、あくまで“本業”だ。
そんな俺に、ついにおあつらえ向きの舞台が回ってきた。
王城での謁見――勇者が王に正式に仕える日だ。
勇者はやけに張り切っている。
「これで魔王討伐の大義名分が立つ!」と息巻き、鎧も新品同様に磨き上げている。
エルフの弓使いも、「王宮での礼儀作法」を必死に思い出しているらしい。
……一方、俺はというと、心の中でニヤニヤが止まらなかった。
なぜかって?
玉座の背後には、王家の金庫があるからだ。
王族しか持たない魔力錠。王都最高峰の魔術師が作った封印結界。
歴史的価値のある財宝と、国家予算数年分の金貨が眠ると言われている。
そんなものが、俺の目の前にぶら下がっているわけだ。
盗まない理由がない。
謁見式当日。
俺は【職業模倣】を発動し、宮廷料理人に変身した。
髭面の壮年男性、背筋は少し丸く、両腕は筋肉質。
厨房で働くふりをしながら、裏口から王座の背後に続く廊下へ進む。
廊下には二人の近衛兵。
だが、俺が手にしている銀の盆の上には、王族御用達の焼き菓子が並んでいる。
「国王陛下への差し入れです」と言えば、彼らは迷いなく通してくれた。
金庫室の扉に手を当てる。
魔力錠が、俺の指先の動きに合わせて淡く光った。
こいつは魔術師の魔力波形を真似れば簡単に解除できる。
【職業模倣:宮廷魔術師】へ切り替え。
あら不思議、錠はあっさりと開いた。
中には予想通りの光景が広がっていた。
山と積まれた金貨、宝石、古代の武具。
そして、一際目を引く“青い宝玉”。
これは国宝クラスだろう。
俺は宝玉を懐に滑り込ませた――その瞬間。
「そこまでだ!」
背後から怒鳴り声。振り返ると、近衛兵が剣を抜いて立っていた。
やれやれ、仕事中に話しかけるなっての。
俺は宝玉を軽く放り投げた。
兵士は反射的に両手でキャッチ――その隙に、俺は影の中へ滑り込む。
金庫の柱と柱の間を抜け、天井近くの通気口へ。
この逃走ルートは下見済みだ。
その数分後、俺は謁見の場に戻っていた。
勇者の横で「いやー、厨房が忙しくてね」と肩をすくめる。
勇者は「お疲れ!」とだけ言い、王との会話に戻った。
玉座の背後では、金庫番が大慌てで鍵の確認をしている。
俺の外套の内ポケットには、宝玉がひっそりと眠っていた。
これが異世界での俺の“初仕事”だ。
勇者パーティー専属怪盗、上々の滑り出しである。