異世界で怪盗、再始動
俺の名は二十嵐宗介。
かつて、この世界では“怪盗二十職”と呼ばれていた――いや、「かつて」と言っても、今のこの世界のことじゃない。前世の話だ。
理由は単純。盗みのためなら、どんな職業にも化けられるからだ。
医者、料理人、商人、兵士……合計二十種。どれも一流でこなす、我ながらチートなスキルだ。
しかも本職より腕がいいときた。
だが、最後の仕事で俺はやらかした。
標的は国立博物館に展示された、伝説級の宝石《暁の涙》。
完璧なルート、完璧な変装、完璧な脱出計画。
……のはずだった。
雨に濡れた屋根の上で、靴底が滑った。
気づけば足元は空で、落下の感覚と共に視界が暗転――
普通なら、そのまま死んで終わり。エンディングだ。
でも俺の物語は続いた。
目を開けると、そこは見知らぬ草原だった。
いや、正確には――見渡す限り地平線まで広がる、絵本みたいな草原。
空はやけに青く、雲はゆったりと漂い、風は甘い匂いを運んでくる。
この時点でだいたい察した。
「……これ、異世界転生ってやつか?」
自分の声が妙に澄んで響く。
体も軽い。前世での怪我や疲労感がまるでない。
俺は立ち上がり、まずは持ち物を確認した。
黒い外套。ポケットの中には、俺の愛用してきた開錠工具一式。
……おかしいな、死ぬ前に持ってたはずの金はない。代わりに、手の甲に奇妙な紋章が浮かんでいる。
そのとき、後ろから声がかかった。
「おーい、そこの人!」
振り向くと、やたらと顔立ちの整った青年が走ってきた。
銀色の鎧に青いマント。これぞテンプレ勇者ってやつだ。
後ろには長い耳と金髪をなびかせたエルフの女がついてくる。弓を背負っていて、目つきは鋭い。
「君が噂の“万能の人”か。ぜひ仲間に」
勇者がそう言った瞬間、俺は内心で笑った。
万能? まあ、ある意味間違ってない。
俺のスキル【職業模倣】は、この世界でも通用するらしい。
発動すれば、対象の外見、所作、声色まで完璧にコピーできる。
もちろん能力や知識も込みで、時間制限付きとはいえ本物と遜色ない精度だ。
ただし、俺がそれを使うのは盗むためだけだがな。
勇者は事情を何も聞かず、「強そうだからOK」くらいの軽いノリで俺をパーティーに入れた。
その日のうちに、俺は冒険者ギルドの登録証を手に入れた。
……と言っても、魔物退治やダンジョン探索をやる気はゼロ。
目的はひとつ――この世界の宝を根こそぎいただくことだ。
初日からギルドの依頼掲示板を眺め、金になりそうなクエストを物色。
王家の使者護衛? おいしい匂いがする。
古代遺跡調査? 絶対に宝がある。
ドラゴン討伐? それ宝物庫に直行できるやつじゃん。
勇者パーティーの肩書きは、まるで魔法の通行証だった。
どんな現場でも「勇者の仲間」として堂々と入れる。
これほど盗みに向いた環境があるだろうか。
一ヶ月後、俺の異世界での異名はこうなっていた。
――“怪盗二十職、勇者パーティー専属”。
もちろん表向きは仲間だ。
裏では依頼先の宝を盗み、報酬を半分以上くすね、依頼人からは「仕事が早い」と感謝される。
これぞ理想的な商売だ。
そして今日も、俺は新しい職業に変身する。
今回は吟遊詩人。
歌うのは、明日奪う王冠のための物語――観客は王宮の晩餐会だ。
さあ、異世界二度目の人生を始めよう。
怪盗二十職として、俺は再び舞台に立つ。