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顔の家

作者: 有坂四郎

 東京都〇〇区の住宅街―。築何十年かと思えるその家は、2階建ての瓦屋根で小さい庭が玄関前にあります。一見この説明では普通の民家と思う方も多いんじゃないでしょうか。実はこの家、かなり有名なホラースポットとして知られているのです。


 その最大の特徴は沢山の”顔”でした。比喩ではありません。本当に顔の写真が家中に張り出されているんです。写真被りもなく、きれいに切り取られており、そして様々な表情を映し出しているその顔は、非常に不気味です。それが玄関、扉、庭、窓、屋根―。いたるところに顔が貼られているのです。


 近所に住む方々にもインタビューをしてみると、

『良い迷惑ですよ。子どもたちもこの家の前を通るとき怖がって別の道で学校で行くようになったんですけど…、そこは歩道が狭くて危ないんですよ。何度も家主に訴えたんですけど、笑って誤魔化すばかりで。』


『ご近所の皆さんに挨拶を交わしますし、ボランティア活動も積極的に参加してくれたりするんですよ。あの人、いい人ではあるんですけど…ねぇ。』


『昔はあんなことをする人じゃなかったね。奥さんに出ていかれてからおかしくなっちゃったんじゃない?』


 今回の特集は、この顔の張り出された家についての調査、そしてこの不気味な屋敷に住む方にインタビューを行いました。何故、家に顔の写真を貼らなければならなかったのか…その真意を追いました。



 今、庭の立て看板に新しい顔写真を張り出そうとしている一人の男性がいます。この方は、小向誠二さん。63歳。この家に住んでいる誠二さんは昔、証券会社の営業を勤めていましたが、現在では年金とスーパーで品出しのアルバイトで生計を立てているそうです。


「こんにちは、あなた達が取材に来た人?」


 彼は白いタンクトップと短パンを履いているのですが、腕は骨が浮き出るほどにやせ細っていて、特に目の隈は顔全体に広がるのではないかというほど濃く黒ずんでおり、健康的には全く見えません。大丈夫なのでしょうか?


「ウチには何も無いんだけどね。まぁ、上がってってよ。」

 快く家に上がることを許してくれた小向さん。その顔の写真は玄関でもいたるところに貼られています。

「みんなは怖がるんですね…。まぁ、普通は怖がりますよね。こんな家。ねぇ。」


 居間に続く通路でも顔の写真は途切れることがなく貼られており、そして居間へと続く扉に張られている顔は、かなり威圧的な顔であり、最初に見たときはあまりの怖さに叫びそうになるほどでした。


「さっきは驚かせちゃって申し訳ないですねぇ。でも、この顔は素敵でしょう?」と彼は指さした先には、一昔前に一世を風靡したアイドルの顔写真が貼ってありました。

「チラシや雑誌の顔を切り取って、それをコピーで拡大して貼ったりするんです。それが誰なのかは知りませんけどね。」


 居間につくと、お茶を私に出しながら、こんな話をしていただきました。

「いやね、私ね、実は”見える人”なんだよ。」


―見える…?


「おばけとか、そういった類のね。分かるでしょう?」

「それのせいで私は同学年に気味悪がられたり、虐められたこともありますが…。」


―しかし、どうして突如として顔の写真を家のあちこちに貼り始めたんですか?


「なんでかって?それを話すと長くなりますけどねぇ…。時間あります?話しても良いですか?」

 小向さんは顔を見上げて、少しの間沈黙がありました。そして間をおいてから、彼は過去を語り始めました。

「20年も前の事になりますか…。」


 

「仕事帰りにコンビニの駐車場に車を停めて休憩をしていたときのことです。その日は残業になっちゃって、もう日も沈んですっかり暗くなってしまっていました。私が車内でタバコを一服をしていると、コンビニから数十メートルは離れたところから黒い背広を来た男が見ている。ただ、私を見ているだけなんです。最初見たときは私に対するストーカー、なのかな?と思いましたけど、”顔”を見て、驚きました。」


―驚いた?


「顔がない男だったんです。本当に、顔が無いんですよ。さっき話した通り私は、まぁおばけとかが見える人なので、それは幽霊の一種なのかなって思ったんですけど、どうも違っていて…。」


―幽霊とは違う?


「幽霊は実体が無い感じで、見えたと思ったらふっと消えてしまうんです。でもね、彼は見てくるんですよ。執念深く、じっとです。まるで監視しているみたいに。ねぇ。」


―顔が無いのにも関わらずですか?


「そうなんです。そのときはそれがどうしても恐ろしくて、すぐに車に走らせて家に帰りました…。でも、次の日も彼が遠くから見てくるんです。今度は会社の外からです。それから色々なところで彼は毎日のように私を見続けていたんです…。あれほどの恐怖は後にも先にもありません。でも同僚や上司に行っても信じてもらえませんでしたよ。ねぇ?それが原因で仕事もマトモに出来なくなってしまって…。そしてとうとうやめてしまったんですよ。その際に女房にも出ていかれちゃってね。不甲斐ない話ですよ。ね?」


―それは、辛い話ですね。


「今となっては仕方がなかったかもしれません。そしてやめてから気づいたんですが、彼は日を追うごとに、どんどん私の近くに来ていることが分かったんです。本当に少しずつ。私はとうとう家に引き籠もってしまいました。でも、引き籠もっていてもどこからか私が見える位置から見てくるんですよ。窓の外はもちろん、そして鏡の中まで…。」


―その顔のない男がきっかけで顔の写真を貼り始めたんですか?


「そうです。顔の写真があれば、私は恐怖心が和らぐと思ったんですよ。申し訳ないけど。実際、それは正しかったんです。私は顔の写真があればあるほど、大勢に囲まれるような安心感がありました。そして、顔があることもです。申し訳ないけどね。」


 そうして遠くへ視線を合わせる小向さん。苦々しい表情をしていましたが、空気を読まずにその顔の写真が、近所の方々を怯えさせていることを伝えました。すると、小向さんは表情を一変させて、笑顔で頷いたのです。

「わかりました。実はもう顔を貼るのはもう辞めようかと私も思っていたんですよ!ねぇ?最近、実は最近笑ってくれるようになってきて、もう不要だと思っていたんです!ね?」


 小向さんの視線は私の方を向いていませんでした。まるで私が見えないなにかに同意を向けるように喋りかけていました。

 

―笑うって?一体誰のことですか…?


「え?彼って今あなたのよこにいるでしょう。彼もよろこんでますよ!ほら!」

―ひっ…


 小向さんは指を指した方向には誰もいません。ただ、無表情の顔の写真が張り出されているのみでした。私はここでインタビューを切り出し、この屋敷を後にしました。小向さんが家に張り出している顔。それは、彼にとって精神安定剤のようなものだったのかもしれません。

 後日、再び私は家を訪問しましたが、小向さんは不在でした。しかし、あの大量に貼られていた顔の写真はすべて取り除かれていました。もう、彼には顔は不要なものとなったのです。






※この小説はフィクションです。


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