第5話:偽りの恋が、ほんの少し本気になる瞬間
「……お疲れさま、梓」
放課後の空き教室。
勝手に“ラブバトル”に巻き込まれて、なんとか勝利をおさめた私は、ぐったりと椅子に倒れ込んでいた。
「いやもう無理。魂が5回くらい抜けかけました」
「でも勝ったじゃない」
セレスティア様が紅茶を片手に、にこりと微笑む。
あれは本当に微笑みだ。皮肉も、虚勢もない。
今まででいちばん――“素直”な笑顔。
「……すごく、驚いたわ。あなたが、あそこまで言ってくれるなんて」
「……」
本当はあのとき、私の頭の中も真っ白だった。
でも、彼女の顔を思い浮かべたら、自然と口が動いた。
“守りたい”なんて感情、自分でも驚いたけど。
「私は……」
言いかけたその時――
バンッ!
教室の扉が荒々しく開く。
立っていたのは、一人の少女。くるんとした栗毛の髪に、完璧な制服の着こなし。
いかにも「正統派ヒロイン!」と叫びたくなるような少女が、そこにいた。
「セレスティア様っ……! その子が、噂の“付き人”ですか!?」
「エマ……久しぶりね」
「“久しぶり”?……そんな他人行儀に呼ばないでください!
私は、かつてあなたの“サブヒロイン”だった者よ!?」
「サブ……ヒロイン……?」
なにその肩書き。なろう界の業が深すぎる。
「月宮梓さん、でしたっけ? セレスティア様に近づくなんて、100年早いわ!」
彼女が手を振ると、またしてもフィールドが展開される。
《ラブ・アリーナ:エマ vs 梓》開幕!
「ええええ!? 今回は私悪くないですよね!? なんで!?」
「貴女がセレスティア様を“曇らせる原因”になる前に――私はあなたを排除するっ!」
どんだけセレスティア様愛してるんですかこの子!?
スキル解説:エマ・サウスフィールド
所属:恋愛学園Bクラス→Aクラスに上がれず落ちこぼれた「元ヒロイン枠」
スキル傾向:正統派・王道告白・泣き落とし系
通称:「セレスティア様親衛隊長」「ツンギレ系忠犬」
「“正統派ヒロイン”にふさわしいのは私よ!
あなたみたいな地味で自信のない子に、セレスティア様は渡さない――!」
「待って、別に私、セレスティア様を“手に入れよう”なんて……!」
「その曖昧さが罪なのよ!」
バシュン!
彼女が放ったスキルは、
《涙の愛訴》:
自分の恋心を涙で訴え、相手の“罪悪感”を強制的に引き出す攻撃!
「ずるい! その泣き落としスキル、ズルいからぁああ!」
でも私も、負けない。
私は――セレスティア様の“偽物の恋人”かもしれないけど。
彼女を笑わせることなら、本気でやりたいって思ってる。
「だったら私は、あなたにこう返す!」
新スキル発動:
《本心の片想い(ノット・ラブ・イエット)》
まだ本物の恋ではない。でも、ただの演技でもない。
その曖昧な揺れ動きを“ありのまま”ぶつける、等身大の感情スキル。
「セレスティア様が、誰かに本気で好きって言えるその日まで、
私は、その横に立って支えたいんですっ!」
その言葉に、エマの動きが止まる。
「……っ」
彼女の涙が、本当のものへと変わったのが、わかった。
「……そんなの、ズルいわよ……そんなの……」
リングはゆっくりと収束する。
「勝者――月宮 梓」