俺の護衛がこんなに可愛いのが悪い!
「お前、ほんとに男か?」
「……は?」
不機嫌そうに睨んでくるその瞳が、なぜか妙に色っぽく見えた。
いやいやいやいや。俺、何考えてんだ。
俺の名はレオンハルト・グランツライヒ。王太子として日々忙しく生きている。そして今、目の前には俺の専属護衛――リューカ・ヴァルトがいる。
短く切りそろえられた銀髪に、端正すぎる顔立ち。騎士服に身を包んでいるが、その身のこなしはどこか軽やかで、仕草が妙にしなやかだ。
だがリューカは、剣の腕も、忠誠心も、男顔負け――いや、男そのもののはずだった。
――はずだったのに。
ついさっき、階段から落ちそうになった俺を支えたリューカの腕が、驚くほど細くて。
倒れた拍子に触れた胸元は、明らかに……柔らかかった。
あれって、まさか……いやでも、いやでも?
「な、なあリューカ」
「なんです、殿下。近いですよ、顔が」
(近づいたら顔が赤い……)
「お前、もしかして、女だったり……」
「……それ以上続けたら、斬りますよ」
(その怒った顔がまた可愛いってどういうことだよ……!)
可愛い。とにかく、可愛い。
不機嫌な顔も、鋭い視線も、ちょっと距離を取ろうとする素振りも、全部可愛い。
いや、だって俺の護衛、どう見てもヒロインムーブしてないか?
リューカは、あくまで男として振る舞っている。
しかし俺にとっては、正体不明の、可愛すぎる護衛騎士だ。
――けどな、もう限界だ。
「なあリューカ」
「またなんですか、殿下」
「……惚れてしまった。お前が男でも、女でも、もうどうでもいい」
「はあ!? 何を言って――」
「でももし、女なら遠慮なく抱きしめてもいいか?」
「……っ男ですし!馬鹿なことを言わないでください」
動揺して頬を染めたリューカが、ほんの一瞬だけ視線を逸らした。
俺はリューカの言葉を最後まで聞かずガバリと抱きしめた。
――俺の護衛がこんなに可愛いのが悪い!!
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私の名前はリューカ・ヴァルト。
訳あって、本来の性別を偽って男として騎士となった。
つい先月より、王太子であるレオンハルト殿下の専属護衛に任命された。
責任は重いが、大変名誉なことだ。
しかし問題が生じた。
殿下が階段から落ちそうになった時に支えた拍子に、サラシで軽く抑えた胸が殿下に触れてしまった。
っていうか成人男性が何もないのに階段から落ちるってどういうことだよ!
それから私の性別に疑念を抱いている様子なのだ。
このままでは男装していることがバレ、解雇ならまだ良いが最悪処刑されることも考えられる。
命懸けでバレないようにしなければならないが、殿下の身のこなしは力もスピードもあり、気を抜くとすぐに捕まってしまう。
この身のこなしでなぜ階段から落ちそうになるんだ。
兎にも角にも、私の人生を賭けた防衛戦だ。殿下を守るのが勤めのはずなのに、殿下が最も危険な人物になっている。
夜の鍛錬を終えて部屋に戻ろうとすると、レオンハルト殿下がいた。
「リューカ、今日の訓練も見事だったな。君は本当に頼もしい護衛だ」
「(げ!なんで待ち伏せ)ありがたきお言葉です、殿下。では、俺はこれにて——」
「待て。少し、肩を貸してくれ。疲れが取れんのだ」
「……っ、殿下、俺は男です」
「そうだな。だが、男か女かどうかは重要ではない。君の距離の近さが、不快ではない。むしろ心地いい」
(殿下のこの眼差し……!おかしい。男に向けるまなざしではない!探りを入れているのか?!)
リューカは一歩退く。しかしその手を殿下がさっとつかむ。
「君は、どうしてそんなに肌が滑らかで、指が細いんだ?」
「(ひっ)た、鍛錬の賜物かと……」
「そうか。なら、肌のきめの細かさも鍛錬か?この香りも?」
(香り!?ち、近すぎる!!)
「で、殿下、護衛との距離感ではないです。どうしちゃったんですか?!頭でも打ちましたか?!ご容赦ください!」
やや無礼であるが、背に腹は変えられない。なんとしても距離を取りたい。
しかし、掴まれた腕を引かれ腰ごと引き寄せられる。
「...この細く柔らかな身体も...この赤く色づいた唇もか?」
「殿下!ご無礼をお許しください!ですが、これ以上は騎士としての礼をんむぅっ!」
瞬間、唇を奪われたのだと気づく。
(殿下はおかしい、危険すぎる)
「……ふむ、ならば命じよう。今日は夜勤だ。私のそばで眠れ。俺の護衛がこんなに可愛いのが悪いのだ。」
(し、死ぬ! いやその前に職を失う!)
必死の抵抗で数歩逃れるリューカ。だが追ってくる殿下の足音は軽く、まるで踊るようだ。
「待て、リューカ。君の正体など、どうでもいいのだ。ただ——」
その時、不意に殿下の手が伸び、リューカの頬を撫でた。
「君の全てに、私は惹かれている。それだけだ」
(な、なんてことを……!でも、今の言葉……ずるい……)
その夜。
必死の攻防戦の末、なんとか寝台には至らず、背を向けてソファで寝たリューカだったが……
目が覚めると、いつの間にか隣に殿下が添い寝していた。
「おはよう、リューカ。いい夢は見られたか?本当に可愛いな。」
「!!」
「さて、リューカ。俺は君の秘密を知ってしまったようだ。なぜわざわざ性別を偽って騎士に?」
(終わった....)
「申し訳ありません、私のことを処罰しますか...?」
上機嫌なレオンハルトは絶望と恐怖に震えるリューカをみてゴクリと喉を鳴らした。
潤んだ瞳で見上げるこの女性に興奮を抑えられないようである。
「....処罰?そうだね。俺は騙されていた訳だ。ふむ。ではこうしよう。婚姻を結ぼう」
「は?」
こうしてリューカ・ヴァルトは着任1ヶ月で専属護衛を解雇され、レオンハルト王太子殿下の婚約者となった。
めでたしめでたし。
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説得して護衛を解雇されずに婚約の仮契約として過ごすことになった続編みたいなのもできました!