心より婚約破棄させていただきます!
「リリアーナ・フォン・ローベルージュ。公爵令嬢である貴女との婚約は、今、この場をもって破棄する!」
王太子アレクシス・フォン・ルーベルトによる婚約破棄宣言が、夜会の会場に響き渡った。
一瞬の静寂の後、会場がざわめき出す。
リリアーナは王太子の隣で目を伏せる男爵令嬢マリアンヌを一瞥し、微かにため息をついた。
「このマリアンヌ・ルイーズこそが真の聖女である。私はマリアンヌとの真実の愛を永遠に誓おう」
その言葉に会場はさらにどよめいた。
しかし、リリアーナにとって、それはどうでもよいことだった。
むしろ、婚約破棄は願ってもないことであった。
「そうですか。では、私もこの場でお伝えいたしますわ」
会場の全員が彼女の次の言葉を待ち構えている。
リリアーナは背筋を伸ばし、毅然とした声で告げた。
「私も、王太子殿下との婚約を、心より破棄させていただきます」
その場が凍りついた。
王太子は苦虫を噛み潰したような顔をし、マリアンヌは勝ち誇ったような表情を浮かべた。
しかし、リリアーナはそれを気にすることなく、優雅にカーテシーをして言った。
「それでは、皆さま。ごきげんよう」
そう言って、彼女はくるりと踵を返し、その場を立ち去った。
***
実は、リリアーナこそが「聖女」としての力を最も強く持っていた。
しかし、マリアンヌは、自分こそが「聖女」であると王太子に信じ込ませるため、巧妙に嘘を積み重ねていた。
婚約中、何度もリリアーナの「力」を目にしていたにもかかわらず、信じることをやめた王太子を、リリアーナは心の中で愚かだと思った。
もう何が起きようと、彼女には関係のないことだった。
その日からリリアーナは屋敷に引き籠もった。
しかし、屋敷での生活は平穏で、むしろ自由な時間を得たことを彼女は喜んでいた。
宮廷でのしがらみから解放され、彼女は自身の未来について静かに考える時間を持つことができた。
そんなある日、彼女のもとに急報が届いた。
***
国王が急病で倒れたと聞いた瞬間、宮殿内は騒然となった。
王太子アレクシスは震える手で父王を見守りながら、必死に祈った。
「マリアンヌ、どうか父上を助けてくれ!!」
マリアンヌは青ざめた表情で一歩前に出ると、ゆっくりと祈りを始めた。
しかし、数分が過ぎても何も起こらず、沈黙が支配する中、マリアンヌは顔を歪め、ついに言葉を発した。
「アレクシス様⋯⋯私の力では、どうしても治せません」
王太子は驚愕し、動揺を隠せなかった。
「なぜだ!? 聖女の力があれば、必ず治せるはずでは?」
マリアンヌは無言で目を伏せる。
その時、宰相ヴァルターがリリアーナを伴って現れた。
王太子はその姿を見て驚愕し、言葉を失った。
「リリアーナ! お前、どうしてここに?」
王太子は驚きと不安を隠せない声で尋ねた。
リリアーナは冷静に王太子を一瞥し、静かに言った。
「国王を治すために、私はここに参りました」
リリアーナは国王の元に歩み寄り、ひざまずいた。
静かに手を合わせ、祈りを捧げると、瞬く間に金色の光が広がり、部屋全体を包み込んだ。
まばゆい光の中で、国王の顔色は次第に良くなり、やがて目を開けた。
「⋯⋯予は治ったのか?」
国王は信じられない様子で呟いた。
王太子アレクシスはその光景を目の当たりにし、涙を浮かべながら駆け寄った。
「リリアーナ、君こそが真の聖女だったのか!?」
リリアーナは冷ややかな目で彼を見つめ、静かにその手を引き剥がした。
「⋯⋯王太子殿下。貴方にとってマリアンヌこそが真の聖女ではないのですか?」
王太子は必死に彼女にすがりついた。
「お願いだ、リリアーナ! 君の力をもう一度、王国のために使ってくれ! 君を誤解していた。共に未来を築かせてくれ!」
リリアーナは冷たく答えた。
「今更後悔しても遅いのです、王太子殿下」
王太子は絶望し、膝をついて泣き崩れた。
「⋯⋯リリアーナ」
リリアーナは一度深く息を吸い、無言で背を向けた。
「私には、貴方と共に歩む未来はありません。さようなら」
その言葉を最後に、彼女は静かにその場を去った。
***
王太子がリリアーナにすがる一方で、マリアンヌは涙を流しながら叫んだ。
「なぜ!? どうして私を見捨てるの!?」
ヴァルター宰相は冷徹に命じた。
「マリアンヌ・ルイーズ。『聖女』の名を騙り欺いた罪で、今すぐに連れて行け!」
マリアンヌは絶叫しながら連行され、王太子はその光景をただ見つめるしかなかった。