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【SF 空想科学】

ボタンを押す男達

作者: 小雨川蛙

 

 痩せ細った一人の男が豪邸から出て来て虚ろな顔のまま職場に向かった。

 彼は所謂富裕層の大半より富んだ人間だった。

 何せ、彼の仕事は常人には決して出来ない仕事だったのだから。

 だからこそ、彼は莫大な給料を貰っていた。

 男はその仕事を「簡単な仕事」と評していた。

 人々はそれを否定したが、彼自身は本気でそう思っていた。

 何せ、ただボタンを押すだけなのだから。


 中肉中背の男が血走った目で古びたアパートから出て職場に向かった。

 彼は所謂貧困層の人間だった。

 何せ、彼の仕事は常人なら決して選ばない仕事だったのだから。

 だからこそ、彼はその日暮らしの生活をしていた。

 男はその仕事を「世界で最も大変な仕事」と評していた。

 人々はそれを否定したが、彼自身は本気でそう思っていた。

 何せ、命をかけてボタンを押すのだから。



 痩せ細った男がボタンを押した。

 すると、自分の目の前に立っていた死刑囚の床が抜けて、死刑囚はそのまま首に掛けられていたロープが締まり死んだ。

 男のすることは本当にボタンを押しただけだ。

 だから、男は簡単な仕事だと言った。

 しかし、そうは言いつつも男の心身は確実に蝕まれており、せっかくの高い給料を使うこともせず、ただ銀行に預け続けている死に金となっていた。


 中肉中背の男がボタンを押した。

 すると、自分の目の前に設置されたギャンブル装置が光り出し、大袈裟な演出と共に『ハズレ』と結果を出した。

 男はどうにかやりくりして作った命にも等しい僅かな金をかけてボタンを押したのだ。

 だから、男は最も大変な仕事だと言った。

 負けてしまった男は呆然としながらフラフラとカジノを後にした。


 二人の男が偶然にもすれ違った。

 痩せ細った男は中肉中背の男を見て、平凡に生きている彼を無意識のまま羨ましく思ってしまった。

 中肉中背の男は痩せ細った男を見て、あんな死にかけの姿の彼より自分はずっとマシだと自らを慰めた。


 莫大な金を持ちながら使う気力もない惨めな痩せ細った男と明日も知れずに馬鹿げた事を続けている中肉中背の男。


 果たしてどちらが幸せであるのか。

 果たしてどちらが社会の経済に貢献しているのか。


 どちらの問いも答えは出せないが、彼らを知る者達は皆、口を揃えて言う。


「自分は絶対、あんな状態にはなりたくない」

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