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第六章

「さて、皆お揃いだね。それでは早速、僕の推論を聞いていただこう。」

 僕達五人は輪を作り、中心を向くようにして立っている。四人は皆、僕の方を真剣な眼差しで見つめている。

「今日の事件は、つくづく『ノックスの十戒』を嫌っているようだ。第七戒で『探偵自身が犯人であってはならない』と言われているというのに。僕と一緒に探偵役を競っていた君が、何故犯人になってしまったのだね、ワトソン君。」

 僕は鋭い瞳でワトソン君を捉えてそう言った。ワトソン君以外の三人の視線はワトソン君へと向かう。そしてワトソン君本人はと言うと、全く動揺する事無く、むしろ面白がるように薄らと笑みを浮かべている。

「へぇ、私が犯人だと言うのですか? 面白いですね。いいですよ。ミステリーオタクのホームズかぶれ、似非名探偵の先輩の推理、じっくりと聞かせていただこうじゃありませんか。」

 彼女は余裕たっぷりといった様子でそう返した。

「順を追って説明しよう。まず君は、ロビーからマスターキーを奪ってジュンシー君の客室へと侵入した。僕とジュンシー君、シア君が旅館から出ていた時の事だ。君はジュンシー君の薬のカプセルを開けて中身をゴミ箱へと捨て、弛緩剤(しかんざい)を詰めてカプセルを戻した。これは、犯行時に抵抗されないようにするためだろう。そして、マスターキーはそのまま部屋の入口へと捨て置いた。その後君はシア君と入浴。シア君が浴場を出た後、君はこの柱をよじ登り、梁に上った。そして梁の上を伝って男湯へ侵入したのだ。」

 僕がそう言うと、ワトソン君は声を出して笑った。

「ははっ。柱を登れないことは、さっき先輩が証明したじゃないですか。」

「いや、登れるんだよ。君のそのリストバンドがあればね!」

 僕はそう言って、ワトソン君の手首に付けられたリストバンドを指さした。ワトソン君は、緩んでいた口元を少しだけ引き締めた。

「君はリストバンドを足に装着し、そのリストバンドの装飾のスパイクを使って柱をよじ登ったのだ!」

「お言葉ですが、この装飾はそんなに鋭利じゃありません。到底スパイクなんかにはなり得ませんよ。なんならもう一度触って確認してみますか?」

 彼女は傷跡を恥じることなくリストバンドを外すと、こちらへと差し出した。しかし僕は手のひらを立ててそれを拒んだ。

「『それ』は、ね。しかし君はもう一つリストバンドを持ってきている。僕たちの客室が荒らされているのを確認した際、シア君が君のリストバンドを踏んずけて痛がっていたね。風呂へリストバンドをつけていった君は、あの時ももちろんリストバンドをつけていた。つまり、これと同じ見た目のリストバンドは二つあったんだ。君は通常のリストバンドをつけてここへきて、風呂に行く前にスパイク付きのものへと付け替えた。そして客室に帰ってきてから、君はしれっと通常のリストバンドにつけかえ、スパイク付きのリストバンドをしまった。違うというのなら、もう一つのリストバンドを今ここで見せてくれないかね?」

 僕がそう言うと、彼女は一気に表情を崩した。眉間に皺を寄せて黙り込む。

「ワトソン…?」

 そんな彼女の様子に、シア君は心配そうに彼女を呼んだ。

 ワトソン君はすぐに表情を戻して口角を上げる。しかしその笑顔は、先ほどよりどこか強がっているように見える。

「……もし、私がスパイク付きのリストバンドを使って柱を登ったとして、どうやって降りたというのです? 柱を伝って降りたとしても多少の音はしますし、第一、先輩がずっとサウナの方を見ていたら私には何もできません。」

「簡単さ。君はシャワーブースの上に大きな桶を置き、そこの淵からタオルを垂らした。あとはゆっくりと桶にシャワーでお湯を溜める。しばらくして、桶から溢れ出したお湯はタオルを濡らしていく。水を含んだタオルが重くなると桶のバランスが崩れ、桶はシャワーブースの上から床へと転落し、大きな音を鳴らす。僕はその音を聞き、音のした女湯側を見た。そのタイミングで君は着地し、サウナルームへと侵入したのだ。」

「なら、凶器はどうしたっていうんですか? 現場に凶器はありませんでした。なら犯人はまだ凶器を持っているはずですよね? 私がそれを持っていなければ、私が犯人とは言えないはずです。」

「凶器はない。無論、犯行当時はあったが、今は溶けて消えてしまったのだよ。」

「『溶けて』…?」

「そう。君は魔法瓶に忍ばせた、鋭利な氷でできたアイスピックを使ってジュンシー君を刺殺したのだ! サウナストーンの上にあった不自然な血は、ジュンシー君の血が付いた氷の凶器をサウナストーンの上で溶かして隠滅したときについたのだよ。君の持つ魔法瓶は、十二時間後でもアイスの周りに霜が付いたままになるほど強力な保冷機能を備えていた。氷を鋭利な状態のまま保つことだってもちろん可能だろう。」

「待ってください。それなら、私は魔法瓶を持ったまま片手で柱をよじ登ったというのですか? スパイクがあったとしても、そんな器用な真似は到底できませんよ。」

「いいや、君はタオルで腕に魔法瓶を巻き付けて柱を登ったんだ。犯行現場には、ジュンシー君が持ってきたものとは別にもう一つタオルが落ちていた。それは君が持ってきたものだ。」

「なるほど。だとしたら帰りはどうしたというのです? 私は湯船を上がった後、女湯の脱衣所でシアさんと合流しています。つまり、もう一度男湯から女湯に戻らなくてはいけません。返り血を浴びた状態で柱をよじ登れば、柱に血が付着してしまうはずでしょう?」

「いや、帰りはそんな面倒なことはしていない。君はジュンシー君の持っていたプレミアムラウンジのキーを奪い、堂々とラウンジを通って女湯に戻ったのだ。そしてジュンシー君の死体を発見した際、全員が死体に目を奪われている間にしれっと現場にキーを落とした。死体から離れた位置にキーが落ちていたのはこのためだ。そしてラウンジを通って女湯に戻った君は、シャワーで返り血を綺麗に洗い流し、何食わぬ顔でシア君と合流したというわけだ。」

「待ってください。シャワーで血を洗い流したと簡単に言いますけど、リストバンドに付着した血はどうするんです? 体についたものと違い、布についたものは水洗いだけで完璧に落とすことは難しいです。」

「消毒用に置かれていたオキシドールを使ったのだよ。オキシドールには、漂白剤の原料となる過酸化水素が含まれている。血液の汚れを綺麗さっぱり落とすことができるというわけだ。」

 僕がそう言うと、ワトソン君はぱち、ぱちとスローテンポで拍手をした。

「わかりました。先輩の推論通りなら、私にも犯行が可能だということですね。しかし、それだけでは私が犯人だという断定にはなりません。女将さんは温度管理のために一度男湯に入っています。シアさんはプレミアムラウンジのキーを持っていて、ラウンジを通って男湯に行くことができます。雛野さんと先輩もアリバイがありません。私以外にも犯行が可能だった人はいたのではないでしょうか?」

「では、まず女将さんから説明しよう。彼女が殺したのだとしたら、何かしらの方法で返り血を防ぐ必要がある。何かで体を覆って防ぐか、血の付いた服を着替える必要がある。彼女の服には、雛野君がつけた泥染みが残っている。服を着替えたわけではない。そして体を覆って返り血を防げるようなものはどこからも見つからなかった。よって女将さんに犯行は不可能だ。次にシア君。彼女はその長い髪を乾かし、アイロンを通し、化粧をしている。犯行を行う時間がないことは、女性である君の方がよくわかっているんじゃないか? 次に雛野君。彼女は温熱蕁麻疹を持っている。サウナに入ることはできないので論外だ。そして僕含め、四人には凶器がない。僕たちのうち誰かが犯人なら、凶器が出てこなくてはおかしいのだよ。」

 いつの間にか、ワトソン君の表情からは笑顔が消えていた。こちらに鋭い視線を向けながら、静かに僕の話しを聞いている。

 僕の推論は全て話し終えた。あとは、決定的な証拠を提示するだけだ。

「それだけじゃない。最初から被害者は、犯人が君であると言っていたのだ。最後の力を振り絞って残した、このダイイングメッセージでね。」

「『イカ焼き』がどんなメッセージだと言うのです?」

「もちろん『イカ焼き』という意味もある。しかし『烤鱿鱼』にはもう一つ意味がある。『解雇』、つまり『クビ』という意味だ。このメッセージから割り出せる人物は、首田 千里。君しかいないのだよ。」

 僕は彼女の方をびしっと指さしてそう言った。彼女は張り詰めた緊張をほぐすように、ふっと力を抜いて笑った。

「…どうして、思い出したんですか?」

「それに関しては、まったくの偶然だ。ふと気を抜いた瞬間に思い出したのだ。」

「偶然で解決させるなんて。十戒を破っているのは、先輩の方じゃありませんか。」

 彼女はそう言って力なく笑った。

「はは…、さすがミステリーオタク。自分で名探偵というだけはありますね。納得の推理でした。…先輩の言う通りです。私が、リ・ジュンシーを殺しました。」


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