表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/27

第二章 松っちゃん

「ハハハッ、私だけじゃないよ、沖縄寮の人はなにかしら不幸をしょってる。言わないけどね」と笑いながら和子はバッグから紙袋を取り出した。

「大福が二つあるの。今日の仕事が終わったとき、ちょうどお菓子屋さんの前だったのよ。そこでさぁ、ご主人が売れ残った大きな大福をくれたの。あしたには硬くなって売れないからあげるって。十個あって、一緒に仕事してた五人で分けたの、だから二個しかない。二人で食べて」と和子は白い粉のついた大福を差し出した。

「あっ、オレ、大福好きなんだ」と松ちゃんは大福を手に取って食べようとした。しかし泰子は大福を見つめたままだ。

「おかあさん、これ、半分っこしよう」と泰子は台所に包丁を取りにいった。

 松ちゃんは訳が分かった。大福は今日の夕食の代わりだったんだ。

「オレ、帰る」松ちゃんは大福を置いて立ち上がる。

「えっ、食べてゆきなよぉ」和子が松ちゃんを見つめて言った。

 なんとなく気まずい雰囲気になる。――ちょっと無言の時間があった。

「グーッ」和子のおなかが小さく鳴るのが聞こえた。

「あらっ、やだ」和子は気恥ずかしくて下を向いた。

「じゃあね」松ちゃんは言い終わる前に外に飛び出していた。


 数日後の放課後、中学校から家に帰る泰子に松ちゃんが追いついた。「新聞配達、一応店長に聞いたぞ、そしたら女の子だからだめってことはないって。だけどオレが言ったように、『大変だぞぉ』って言ってた。でもどうしてもっていうんなら試しにやって見るかって言ってくれたよ」

「やるやる、やらして」泰子は両手を合わせて松ちゃんを拝む。

「じゃあさ、あさっての朝、新聞屋に一緒に行こう。朝四時半な」と松ちゃんが誘ってくれた。

 当日午前三時過ぎ、泰子は目が覚めてしまった。

「早すぎちゃった」泰子は布団に戻る。

 朝四時、まだあたりは真っ暗だ。泰子は外に出て待つ。ほどなく松ちゃんが現れた。

「おはよう、行くべえ」二人は走って新聞屋に向かう。

 新聞屋には、すでにアルバイトの配達員が二、三人来ていた。

「松本、おまえやりかた教えてやれよ」と新聞屋の店長は説明を松ちゃんに投げる。

「わかりました、自分が教えます」と松ちゃんは泰子を奥の部屋に連れていった。

「新聞って、ただ配るだけじゃねえんだ。配る前によ、広告のビラを入れなきゃなんねえ」 松ちゃんはビラの入れ方をやって見せる。

「やってみ」と泰子に新聞とビラを少し渡した。

 泰子は作業を真似てやってみるが意外と時間がかかる。

「それじゃだめ、もっときちんと速く入れなきゃ」と、もう一度松ちゃんがやって見せる。

「言っとくけど、オレがここで一番仕事が遅いの。オレより遅かったら使ってくれねえよ」

 泰子は必死にやるが、とうてい皆のスピードには及ばない。

「まあ、一日目はそんなもんだ、一週間やってだめなら諦めな」と松ちゃんが突き放す。泰子はすでに泣きそうになっている。

「行くぞ、少しだけ渡すから」広告入れが終わって出発の時、松ちゃんが新聞を三分の一ぐらい分けてくれた。

「いまのオレの受け持ちはだいたい百件、もしおまえが配達をやるなら初日は店長さんが配る家を教えるために一緒に回ってくれるけど、三日で覚えられなかったら失格。なんとか覚えてもその後二回入れ忘れが出たらクビになるよ」と松ちゃんが走りながら説明する。

「ここが一件目、郵便ポストと電柱が左にあるだろ、家の形と目印を覚えるんだ。つぎ、その三軒隣、そんでその真裏」と次々に新聞を投入してゆく。泰子は覚えるのに必死だが、だんだん自信がなくなってきた。

「松ちゃん、百軒もよく覚えられたね、……私、自信ない」と泰子が弱音を吐く。

「本気になれば覚えられるさ、気合が足りねえ、おまえ子供なんだよ」とまた松ちゃんが突き放す。

 松ちゃんと一緒に百軒配達した後、泰子は足がブルブル震え、筋肉が悲鳴を上げているのを感じた。汐入町の山坂はそれほど過酷だ。

「どうする、明日も行く?」松ちゃんが泰子に尋ねる。

「行く、お金欲しいもん」泰子は正直に答える。

「だろう、自分でお金稼げるんだからやるしかない」と松ちゃんはにっこり笑った。


 覚悟して二日目の配達に同行した泰子だったが、昨日の筋肉痛で足がガクガクして下りの階段が下りられない。何度も転びそうになった。そのたびに松ちゃんが支えてくれる。「松ちゃんありがと」泰子は松ちゃんをほんとうに頼もしく思う。

「泰子、今日は足が厳しいけどな、あしたはちょっと楽になるぞ、オレもそうだったから」

「松ちゃん、きょうはほんとにありがと」泰子は別れ際に頭をさげて礼を言った。

「バーカ、いいんだよ、おまえ妹みたいに思ってるから、ハハハッ」と松ちゃんはちょっと照れて笑った。


 三日目を乗り越えて、泰子は新聞屋の店長にアルバイトを申し込んだ。

「私、百軒ぐらいだったら配達できます。やらせてください」

 店長は「女の子は初めてだね。あなたやれそうだけど、いま残ってる範囲はけっこう厳しいとこばかりだよ、五十件ぐらいにすれば? 大丈夫?」と念を押す。

「絶対やります」と泰子は懇願した。

「あ、そう、一つ聞きたいけど、あなた何のためにやるの、なにか買いたいとか?」

「何って……お金が欲しいんです。」

「ほうっ、いい答えだ。それなら続きそうだな。よし、明日から正式にいらっしゃい。だけど、だめだったらすぐクビだから、甘くねえよ」

「聞いてます。しっかりやります。お願いします」

 翌日から泰子の新聞配達が始まった。アルバイト代はわずかだが母子家庭には貴重な収入だった。泰子は自分もお金を稼いでいるということが何よりもうれしかった。

 数か月後、松ちゃんは運よく牛乳配達のアルバイトにありついて別行動になった。牛乳配達は新聞より給料がいい。皆の憧れのアルバイトだ。

 アルバイトは続き、泰子は充実した学生生活を送る。二年生の三学期、松ちゃんが久しぶりに部屋に来た。

「泰子、アルバイト代で何か買った? 洋服とかよ」

「全然、貯まるほどじゃないよ、食べるのに困らなくなっただけ。このところおかあさん体調悪いのよ、だから収入減ってるの。おかげさまで新聞配達、百二十軒配ってるけどそれ以上は無理。学校の始業時刻に間に合わないもん」

「そうだよな、オレ、もうすぐ卒業じゃん、実は大工になろうと思ってるんだ。大工に弟子入りして職人になる。一人前になったら収入すごいぞ車が買えるかも」

 松ちゃんは泰子に自分の進路を伝えに来たのだった。

「泰子は来年だけど進学したいのかな? おまえ成績いいじゃん。だから公立高校行けるんじゃないの? オレ、頭悪いし、親が金ないから進学無理、だけどあんまり器用じゃねえから大工、務まるかなぁ」

「大丈夫、松ちゃん気合は誰にも負けないじゃん」

「そう言われてもよぉ、世の中、気合だけじゃダメって馬鹿なオレでも分かるよ」

「そりゃ、日本一の大工は無理でも一人前になれればいいじゃんか」

「そうだよな、よし、踏ん切りついた。泰子ありがと、オレ、大工で行く」と松ちゃんはすっきりした顔で笑いながら警察官のような敬礼をした。


 泰子は三年生になった。松ちゃんは卒業して、希望通り大工に弟子入りした。大工の頭領の家に住み込みで働くことになったらしい。

 九月になって久しぶりに沖縄寮にやってきた。

「泰子、棟梁いい人だから毎日楽しいよ」松ちゃんの顔はすごく明るい。

「よかったじゃん、将来本職の大工だね」泰子も喜ぶ。

「達夫も一緒に入ったから、どっちが先に一人前になるか、がんばらねえと」

「なに、達夫さんも一緒なんだ」泰子は初耳だ。

「そう、実はあいつが大工の話、持ってきたんだ。一緒に入らねえかって」

「へえ、そうだったんだ。で、いまどんな事やってるの?」と泰子が尋ねる。

「まだ見習だから、道具運びと現場の片付けぐらいで、(のこぎり)(げん)(のう)なんて触れるのずっと先」

「『ゲンノウ』って何?」泰子が初めて聞く名称だ。

「あぁ、それ、トンカチのこと」松ちゃんが笑って答える。

「泰子、十一月になったらそろそろ進路決めるんだろ、どうするの進学」

「うん、成績では公立高校行けそうなんだけどさ、やっぱお金ないんだ」

「そうか、オレ、金あったら貸してやるんだけど、見習だとお小遣いぐらいで給料なんてないんだ、仕事教えてもらうだけでありがたいと思わないと」

「そうだよね、私の事なんか気にしないでがんばって大工になって」泰子は松ちゃんの心遣いがうれしい。

「泰子、今日お母さんは?」

「今日は帰らない。沖縄寮の行事で熱海温泉に行ってる。一年にいっぺんだから楽しみにしてたみたい。朝、すごく楽しそうだったもん。私も行きたかったんだけどさ、新聞配達あるじゃん」

 松ちゃんが急に黙り込んだ。じっと泰子を見つめている。泰子は戸惑う。――なんか変、なんで黙ってるの。

「ふーっ」

 泰子は気付いた。松ちゃんの呼吸が荒い。

「松ちゃん、あの……」言葉が続かない。

「泰子、オレさ、おまえ妹みたいに思ってたけど、いま……違う。おまえきれいになったな」そういうと松ちゃんは泰子の両腕をぐっとつかんだ。

「えっ、ちょっと、待って、待って」泰子は慌てて手を振りほどこうとする。

「おまえ、好きだ……」と松っちゃんはさらに力を強める。

――どうしよう。泰子は困惑するが両腕はしっかり押さえられてまったく動かない。不思議なことにそれは妙に心地よい。

 一瞬のことであったが泰子は決めた。松ちゃんに委ねてもいいって。

「松ちゃん、……いいよ」そう言って泰子は松ちゃんの目を見た。

 松ちゃんが泰子を抱き寄せる。少し震えながらそっと唇が重なった。松ちゃんは両腕を泰子に回し、もっと強く引き寄せる。

「あっ」泰子が思わず小さな声をあげた。腹のあたりに松ちゃんの塊を感じたのだ。二人はそのまま横になっていった。

「泰子、おまえのおっぱい、けっこう大きいな」

「えっ、そうかなぁ」泰子は自分の胸が急に大きくなったのは感じていた。そして少し恥ずかしい。でもそれを松ちゃんに言われるとすごく嬉しい。そして気持ちは高ぶってきた。

「松ちゃん、畳だと痛いから布団敷こうよ」そう言って泰子は体を離した。

「うん、そうだな」松ちゃんは離れてもずっと泰子を見つめたままだ。

 泰子はチラッと松ちゃんを見た。ポカンとしてバカみたいな顔。そして松ちゃんの塊はズボンを突き破りそうになっている。

「待って、服脱ぐから」布団を敷くと泰子は松ちゃんが見つめる前でブラウスを脱いだ。そしてスカートを下す。スリップになったとき、松ちゃんが待ちきれず飛びついてきた。

「ふうーっ、ふうーっ」言葉はないが呼吸がすごく荒い。

「待って、もっと脱ぐから」と松ちゃんを押しとどめる。今は泰子のほうが冷静だ。

「お風呂入ってないから、汗臭いけど」と言いながら泰子は下着を全部取った。

「お願いします」泰子もこの場で何と言っていいか分からない。とりあえずそう言って目をつぶり布団に横になった。

 すぐに松ちゃんが覆いかぶさってくる。呼吸は少しゆっくりになっていた。冷静になって泰子の体を楽しんでいるようだ。

 このころには泰子も気持ちが高ぶってきた。全身が敏感になっている。どこを触られても声が出る。

 松ちゃんは胸をまさぐる。乳房をもまれてもそんなに感じないが乳首は敏感になっている。吸われると気持ちがいい。松ちゃんが顎で乳房をこするのも好きだ。特に髭が乳首にジョリッと当たるのがたまらない。「アウッ」つい声が出る。

 急に松ちゃんが体を離した。『ズボン脱いでる』泰子は目を明けなかったが音でわかる。それを意識すると泰子の意識の中心が下がってゆく。下半身がすこしカッとなったような、中心部がムズムズするような。『これ、体が待ってる』泰子はそう感じた。

 松ちゃんが泰子の太ももを中心に向かって撫で上げる。「アッ」泰子はゾクッとする。それを繰り返されると、中心部が緩んでヌルヌルするような感じになる。『もうじらさないで一気に来て』泰子は処女であったが、それは本能だろう。体は分かっている。

 期待通り松ちゃんの指が中心部を刺激し始めた。

「ふうーっ」泰子がたまらず声をあげる。その声を待っていたのか松ちゃんも呼吸が荒くなった。

『来る……』暖かく硬いものが中心部に狙いを定めた。グーッと丸いものが押し付けられた。泰子の体はそれを押しとどめようとするのだが、ズルッとそれは入ってくる。あるところを越えると抵抗をあきらめたように、むしろ引き込もうとする感じだ。

「アアッ」泰子の全感覚が中心部に集まった。それはゆっくりと前後に動く、泰子の全感覚はその動きをとらえ、信号を送る。いま泰子の脳は確かに下半身にある。一番深い所の圧迫感、それを引く時の摩擦がたまらない。

「ふっ、ふっ、ふっ」松ちゃんの動きが速くなってきた。同時に泰子もどんどんテンションが上がってくる。泰子が感じているという反応が松ちゃんを一層興奮させる。

「アーッ」松ちゃんは叫ぶとそれを一気に引き抜いた。「アッ、アッ、アッ」爆発は外部で起こった。あまりに一瞬の行為だったので泰子は少し物足りなさが残るが、松ちゃんと一体になれた充実感がそれを補う。二人は仰向けになって無言で天井を見ている。

 しばらくすると二人は冷静にもどった。

「ねえ、松ちゃん、……彼女いるの?」泰子が唐突に聞いた。

「えっ、いないよまだ」松ちゃんは返事に困った。

「さっき、あれする時、慣れてるなぁって思ったよ」泰子は松ちゃんを見つめて言う。

「へへっ、分かる?」

「うん」

「彼女なんていないけどさ、安浦で教わったの」

「安浦?」

「安浦に三回行った」

 安浦とは言わずと知れた旧赤線地帯である。横須賀の中心部を少し外れた国道十六号線沿いには夜になると客引きの女が交差点ごとに立っている。

「大工の棟梁から二回目の小使いをもらったとき、先輩が連れてってくれた。『安浦いいぞぉ』って言うからついてった」

「安浦のどの辺?」

「国道の一本裏道だよ、海側の路地に入ると割烹着着たおばさんがすぐ寄ってきて『お兄さん、遊んで行きなよぉ、ウチ、美人ばっかだからさぁ』ってすごいダミ声で誘うんだ」

「割烹着着てるけど客引きなのね」

「そう、割烹着着て夜、つっ立ってるっての変だけどさ、わかりやすいよな。だけど誘われなくても先輩はもう行くとこ決まっててそこに一直線。旅館って言うより外観がタイル貼りのアパートみたいな二階建ての建物、そこが店なんだ」

「ふうん、で、ほんとに美人の人いたの?」

「先輩は相手決まってて指名してた。オレには松本、『ナンシーにしろ、けっこういいぞ』っていうからその通りにしたんだ」

「ナンシーって芸名みたいなもんでしょ、外人じゃないよね」

「そうさ、本名は知らないけど、聞いたら昼間は『さいか屋』の店員してるんだって。初めて会った時すごい美人なんでびっくりしちゃった。そんで『あなた初めてなのね、いいわ、教えてあげちゃう』っていろいろ教えてもらっちゃった」と松ちゃんは少しニヤける。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ