ジコマンゾク #4美壊
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赤井恭弥と別れて数分、宮川鈴の後ろをふわふわと飛びながら僕は考えていた。
この子は何故クーポンなんて渡したのかな。いくら同僚とは言え、普通わざわざクーポンを渡したりするだろうか。
それに、左手薬指にうっすらと痣のようなものがあるのが気になるな。手以外全身布で覆われているからかうっすらだけどよく見れば見える。
まあその内分かるか。
そんな事を思いながら彼女の後を追っていると彼女が突然足を止めた。
なんだろと思って見てみるとどうやらスマホを見ているようだ。何かあったのかなと思った僕は悪いとは思いつつも盗み見る事にした。
しかし突然、宮川鈴が言葉を発した。
「…天使さん、赤井君の監視は良いの?」
「えっ」
突然の事に驚いた。
彼女が急に独り言を発した事にではなく、余命一週間以内のものにしか見えないはずの僕に向けて言葉を発した事にだ。
僕は急いで彼女の顔を覗き込む。そこにはうっすらとした痣があった。
覗き込むと虚な瞳が僕の方に向き、何故か薄らと光っているようにも見えた。
「…やっぱり君は僕が見えるのかな?」
そう僕が聞くと彼女は無言で頷いた。
「…そう。」
僕はこれまでのやり取りを思い出す。
確かに違和感はあった。
最初に赤井恭弥が僕に向け急に花瓶を投げた時、隣で作業していたこの子が赤井に対し何の反応も無かった事、後に赤井が僕に対して話している時小声とはいえ何も聞こえていなかった事。
そしてー
「さっきキミの上を飛んでた時に違和感があったけど、当たってたんだね。」
そう
僕達天使はこの世の物体なら基本的に意識しない限りは触れる事は無い。しかし、天使を認識出来る存在に対してはその限りでは無い。
さっき彼女の上を飛んでいた時、不自然な風の流れや髪の感触があった。恐らくは彼女は最初から僕の事が見えていたのだろう。そして今、僕が彼女に話しかけられているというこの事実がそれを証明している。
僕はゆっくりと深呼吸をしてから話し始めた。
「僕は天使、残念ながら僕が見えると言うことはキミは一週間以内に寿命を迎える。でも悪い事だけじゃ無いよ。このペンダントに願いを言えば寿命と代償に願いを叶えることが出来る。…まあ込める寿命の長さによって叶えられる願いに制限は出るけどね。」
「…さて、赤井君の監視はどうかとキミは言ったけど別にずっと付き纏う必要は無い。それに、彼にキミの監視を頼まれたからね。」
ー余計な事すんなよ。ー
彼の言葉が頭をよぎるがまあ気にしない。
さあどう出るかな?
「えっ…何で…」
これ言って良いのかな。
「彼はキミの事が好きだから。」
「えっ………」
宮川鈴は少し考えた後、言った。
「…有難う。でも、ごめんなさい。私もう結婚してて、高校生の子供もいるの。」
「えっ」
驚いたな。
その若さで?
見たところ精々20代後半ぐらいに見えるが…。
「あぁごめんね。子供に関しては養子。あの人が引き取ってきたの。」
「……」
まさか既にそんな年齢まで結婚していたとは……
情報が後から頭に入り、思わず絶句した。
「えっと、天使さん?」
おっと、驚いてついつい止まってしまったようだ。いけないいけない。
「あ、ごめんね。」
僕は謝ると話を続けた。
「……とにかく、キミはもうすぐ死ぬんだ。願いは何か無いかい?」
そう聞くと彼女は少し考え込んだ後口を開いた。
「……うん!あの人の幸せが私の一番の望みだから!」
そう言う彼女の顔はとても清々しく見えた。しかし、明らかに嘘を付いている声だった。
「嘘。」
「!…」
「別に嘘なんて構わないけどね。言いたく無いのなら願いは心にしまってても良い。ただ、誰にでも嘘だって分かる言い方だから、少し気になっただけ。」
「……」
「まあ、大体予想はつくけどね。」
そう言うと彼女は悲しそうに俯いた。
長髪でうまく隠してたけどさっき見た額の痣、そして恐らく全身の布は彼女の体にある傷を隠すためのものだろう。
僕が言うと彼女は考えた後、ゆっくりと話し始めた。
「……私ね、両親がこの会社で働いてて、私を社長のご子息と結婚させようって話を昔からしてて、私が18の時、その人とお見合いをしたの。」
「……」
「……でもね、私この人嫌いって思ったの。だって無口だし行儀も悪いし短気だし、いつも冷めた目で私を見てくるんだもの。でも私の両親やお相手のご家族は会社を大きくするためにはこの人と結婚しなさいって言ってきて、ずっと我慢してたの。」
「……」
僕は黙って聞いていた。
「それでね、1年ぐらい経った頃親族皆がそろそろ結婚だって私に詰め寄って来たの。…もちろんあの人も。」
「あの人、それまでずっと私に無愛想で無口だったくせに急に結婚してくれって言い出したの。……でも私は、これまで育ててくれた両親に迷惑をかける訳にもいかないし、渋々結婚した。」
「それから3ヶ月ぐらいはあの人も一応は私に優しくしてくれたの。でもやっぱり……優しかったのは最初だけでそれからはずっと私を殴ってきたの。」
「…え?」
思わず声が出てしまったが彼女は続けた。
「『いつになったら子供を産むんだ!』『それでも次期社長の妻のあるべき姿か!』って……。勿論外行き様に夏でも長袖を買い与えてね。…そんな生活が4年前まで続いてた。」
彼女が話を進めるにつれ、彼女の頬をつたう雫は雨量を増してった。
「…4年前、見兼ねたあの人がどこかから養子をもらってきたの。『コイツを次の後継にする!』って…何でそんなに急いでんだか、そう思うよね?」
「それと同時に私はこの会社に社員として入れられた。『家で役に立たないのならせめて会社の役に立て』だってさ。」
宮川は涙を拭いながら話を続ける。
「それからは、ちゃんと働いたよ。なるべく怒鳴られない様に。…天使さんもよく分かったでしょ?あの怒鳴り声。」
「!」
ここまでの話と赤井恭弥の死への渇望から推測するに…
「…キミのお相手は田村部長かい?」
「…せいかーい!……」
彼女は空元気を絞り出した声で笑って答えた。
「それから今日まで、一生懸命頑張ってきたよ。…そのおかげかな。職場ではあの人あまり私に怒鳴ることはなくなった。私との関係が露呈するのを恐れたのかもね。…怒りの矛先は赤井君に向くようになったけど。」
彼女はそこで大きくため息をつき、悲しそうにつぶやいた。
「赤井君が怒鳴られているのを見て、私、何を思ってたか分かる?…『ああ、私じゃなくて良かった。』だよ。最低だよね……私……。」
「……」
僕は何も言うことが出来なかった。
そして彼女は、僕に対してではなく、まるで自分に言い聞かせるように叫び出した。
「……でもさ、しょうがないじゃん!正直限界だったんだよ!私!ずっと家族にもあの人にも尽くしてきたのに!それなのに何!?何で私がこんな目に合わなきゃいけないの!?」
宮川は堰を切ったように言葉を吐き出した。
その目には涙が浮かんでおり、顔は紅潮していた。
「私だって幸せになりたかった!!子供だって欲しかった!!でも、無理じゃん!あの人の子供なんて産みたくないし!!………ねぇ天使さん。」
急に彼女は冷静になり、告げた。
「私って、どうすれば幸せになれたのかな?」
そう言いながら差し出してきたスマホのLINEには
『いつまで道草を食っているんだ?とっとと帰ってきて夕飯の支度をしろ、穢れた奴女。』と書かれていた。
宮川の顔は無表情だった。彼女の目に光は無かった。その様子があまりにも異常で僕は思わず怯んでしまった。
「…私、明日赤井君に謝ろうと思う。今まで私の代わりを押し付けてごめんって。」
「…彼はそんな事、望んでない。それにキミはそう思うかもしれないけど、実際に悪いのは部長だろ。…それに、そんな事して部長にばれたらどうする。絶対束縛するようなタイプでしょ。」
「優しいね。天使さんは。でも私は、自分を許せない。」
「…せめて、彼には話さないでくれ。彼にも寿命が迫ってる。それを知ったらどんなことをするか分からない。…相談相手とでも言っといてくれ。」
なにが引っ掛かったのかは分からないが、彼女は黙り込んだ。
僕はこれ以上は何を言っても無駄かと悟り、赤井のもとへ引き返した。
恐らく彼女の死因は自殺だろう。赤井との浮気を恐れた田村に逆上された上、で。
ーそれを防ぐためには……
「彼から宮川を諦めさせるしかないな。」
僕は覚悟を決め、赤井のアパートに帰った。
***
ドゴッ
ボガッ
家に帰り、案の定昼の赤井君との事がばれた私は、いつもよりも多く暴力を喰らった。
「…もう二度と浮気なんてするんじゃ無いぞ。啓にも迷惑がかかる。」
「…………」
ボグッ
最後にみぞおちに重めの拳を入れ、彼はドスドスと自分の部屋に帰っていった。
「…随分長い間殴られるんだね。」
いつの間にか窓から見てたのか天使さんが言った。
「…うん……今日は…やっ…ぱり…赤井…君と…話した…のが、悪かっ…たのか…な…」
私は適当に返事を返す。
「…彼には話さなかったんだね。…ありがとう。おかげで、彼は暴走しなそうだよ。…彼には悪いけどね。」
天使さんはそう言って、軽く礼をした。
「啓君…を…一人にして…残…すのが……怖かっ…たの。……あの子…養子だ…けど……とっても…優しい子。……天使さん…お願いが…あるの…」
天使さんは何も言わずにペンダントを開く。
「私の…寿命…を…全部あげる…から…啓君を…守って…あ…げて…」
天使さんは何故か私が言い終わる前にペンダントを閉じたけど、次に言った言葉は私を安心させるものだった。
「…そういう僕への個人的なお願いを叶えるのにこの力は使えない。だから、僕が絶対に守ってみせるよ。キミの願い。」
「ありが…とう…優しいね…天使さんは…」
天使さんは少し考えた後、言った。
「…イロでいいよ。僕は天使と呼ばれていい存在じゃない。」
*
僕が言うと、彼女はどこか安心したように続けた。
「…じゃあ…私は…もう…疲れ…たから…」
彼女はそう言ってベランダに出る。
「…啓君のこと、お願いね!イロさん!」
ー笑顔の瞳からこぼれた雫がーーグシャリと地に落ち、バラバラに、なった。
最期に、『恭弥君ごめん』と聞こえたような気がした。




