ジコマンゾク #3育恋
***
「赤井君?」
宮川に声をかけられ俺は顔を上げた。
「あ、はい……何でしょうか……?」
俺が言うと彼女はクスリと笑って言った。
「いやね?この書類の事なんだけど……」
それからしばらく仕事の話をした後、宮川が言った。
「ねえ、赤井君はお昼どうしてるの?」
「え、昼っすか。俺はコンビニとかで適当に買ってますけど……」
俺がそう答えると宮川は目を輝かせる。
「それじゃあさ!明日のお昼一緒にどうかな!?」
「……へ?」
突然の事に思考が追いつかず固まっている俺に対し、彼女は続ける。
「ほら、こないだあそこにレストラン出来たじゃん?ちょうど今二人分のクーポン持っててさ。誰か誘う人いないか探してたんだよねー。」
宮川は鞄から二枚のチケットを取り出した。
しかし、俺はそれどころではない。まさかこんな形で宮川と飯に行けるとは……!
「え……いや、その……。」
俺が戸惑っていると彼女は言った。
「……もしかして、嫌かな?」
「い、いえ!そんな事ないです!」
「じゃあ決まりね!」
宮川はニコリと笑う。
俺はしばらく放心していたがハッと我に帰ると言った。
「あ……はい……宜しくお願いします……。」
宮川の上で天使とは思えない顔でニタリと笑う子供が目に入らないくらい俺はその喜びを噛み締めた。
「じゃあ、明日ね。」
宮川はそう言って彼女の帰り道へ向かって行った。
俺は嬉しさで胸がいっぱいだった。
今までの人生の中でここまで嬉しい事があっただろうか……いや無い!
さて、後はコイツが何かやらかさないか不安だが。まあ本人曰く物体には意識的に触れない事も出来るらしいが。
「おい、お前。」
俺が小声で言うと天使が空中で静止した状態で言った。
「ん?なにー?」
「頼むから今晩余計な事すんなよ。何なら今戻ってこいよ。」
「うーん…彼女を監視する義務があるからなぁ…。」
「お前昨日は俺を監視するとか言ってたじゃねーか。」
「キミまあ今は自殺しないっしょ?まあ僕に任せなって!」
「あ、おい!」
不安になる言葉しか言い残さずに天使は宮川を追って飛んでった。
「…それにこの子、少し気になる事もあるしね…。」
***
その日の晩、俺はいつもより早く風呂に入った。
明日は宮川と昼飯を食う日だ…楽しみだなぁ。
そんな事を考えていると天使が突然風呂の壁からにゅっと生えた。
「うわああああ!!」
俺は思わず叫んだ。
しかし、すぐに天使の姿である事に気がついた。
「な……お前!入浴中だぞ!」
俺が慌てて言うと天使はニヤニヤしながら言った。
「まあね〜♪でも僕天使だし、人のルールとかよく分からないねー!」
「……何だよそれ……。」
そんなの犯罪じゃねえか。
「で?何の用だ?進捗か?」
「ああそうだった。」
突然天使は冷たい顔をして言った。
「赤井恭弥、宮川鈴とは絶対に付き合うな。」
背筋に冷たいものが流れるのを感じた。
「な、何だよ急に。」
しかし天使はその日口を開く事は無かった。
***
翌日、俺は会社で仕事をしていた。
昨日天使に言われた事が少し引っかかっていたが、昼飯が楽しみだったのもあって集中出来ていた。
「赤井君」
突然声をかけられ振り向くとそこには宮川が立っていた。
「あ……お疲れ様です!」
俺が慌てて言うと彼女はクスリと笑った。
「お疲れ様。」とだけ言って自分のデスクへと戻って行った。
俺も再び仕事にとりかかるが、やはり彼女の事が気になってしまう。
ーあの後、天使は何も言わなかったな……まあ、いつも呑気なアイツの忠告なんて無視しても大丈夫だろう。
ー赤井恭弥、宮川鈴ー
天使の冷たい瞳と声を思い出し、体が一気に強張った。
何だってんだよ。今更ファンタジーなもののビビる事はないだろ。
俺は今日、宮川と一緒に昼を食べるんだろ。
「よしっ!」
俺は気合を入れて書類整理の続きを始めた。
しかしそれから数十分、昨日の天使の冷たい声が脳から離れることは無かった。
ー宮川鈴とは絶対に付き合うな。ー
***
遂に昼休憩の時間になった。
正直昨日の天使の言葉が引っかかるが、実際に宮川と一緒にお昼が食べるとなるとそんな忠告も吹っ飛んだ。
「じゃ、行こっか。」
宮川が俺の方を向き、笑顔で声をかける。
「はい!」
俺は笑顔で答える。
しかし、天使が俺と宮川の間に立ち塞がった。
「行っちゃダメだ。」
「…何なんだよ昨日から、お前は関係無いだろ。」
「昨日彼女を観察して分かった。彼女と関わってはいけない。」
「何でだよ。昨日まで協力的だった癖に。昨日何を見たんだよ。」
「………」
天使は口籠る。しかし退く気配は無い。
「邪魔だって。」
俺は天使を無理矢理押しのけた。どうせ触れられないのは分かっていたから。
しかし、予想に反して天使は押し飛ばされた。
「うっ⁉︎」
天使は直接手を出されるのを予測してなかったのか、受け身も取れず頭から床に打ち付けられ、そのまま気絶した。
押し飛ばした俺も多少心配したが、邪魔者を排除出来た事だしと宮川との昼食を楽しむことにしてオフィスを後にした。
***
オフィスから少し歩いた所にあるレストランの、窓から外がよく見える席に座った。宮川はメニュー表を見て言う。
「何にする?」
「うーん、そうですね……じゃあこのハンバーグで。」
俺がそう答えると彼女は言った。
「あ!それ美味しそうだよねー!私もそれにしようっと。」
そして店員を呼び、注文をした。しばらくすると料理が運ばれてきた。それを二人で食べる。
「……うん、美味しいですね。」
「そうだねー!」
宮川は笑顔で言った。俺もそれに釣られて笑う。
「あの、今日は本当にありがとうございます。」
俺は思い出したように言った。
「いえいえこちらこそ!本当にクーポンの使い道に困ってたんだし、一緒にご飯食べてて楽しいし…」
彼女はそう答えはしたが、最後の方は何か歯切れの悪さを感じた。
「……どうかしました?」
俺が聞くと彼女は慌てて言った。
「あ、ううん!何でも無い!」
そして突然こんな事を言い出した。
「そうそう!私赤井君がいつも頑張ってくれてるのは知ってるけどさ、何か悩みとかあるんじゃない?良ければ相談に乗るよ!」
つい一昨日まで自殺をしようとしていた事が頭を過るが、彼女に話すようなものじゃ無いだろう。
俺は笑ってごまかした。
「あはは、大丈夫ですよそんな……」
しかし宮川は俺の顔をじっと見て言った。
「嘘。」
「え?」
俺がそう返すと彼女は続ける。
「だって、赤井君たまにだけど上の空になってる事あるし、それに……私分かるよ。」
「……」
俺は何も言えなかった。すると宮川は続けた。
「だから、もし何か悩んでるなら私に話して?力になりたいんだ。」
「……ありがとうございます。でも本当に大丈夫なので……。」
俺が言うと彼女は少し悲しそうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。
「そっか……分かった!じゃあまた今度何かあったら相談してね!」
「はい、是非!」
「…そのさ、ずっと気になってたけど敬語使う必要無いんじゃない?私達、同い年だし。」
「えっ」
確かに宮川の言う事は最もだ。
しかし、憧れの人の前では誰だって緊張するものだ。
「何か理由でもあるの?私悪いことしたかな。」
「ええっと…」
適当に返事を返すが、最後の言葉で自身を責めてる彼女に気づいた俺は慌てて言った。
「いえ、そんな事無いです!宮川さん、とても優しい方ですし!」
「そう?まあ良いや。ならさ、今敬語取ってみたら?」
「えっ、いやそれは……その。」
俺が言い淀んでいると彼女は言った。
「じゃあさ、私と友達になってよ!」
「……え?」
俺は思わず聞き返した。
「私ね、赤井君と仲良くなりたいの!ダメかな……?」
そんな上目遣いで言われては断れないだろう。しかし、そんな簡単に良いのだろうか?
「あの……本当に俺なんかが友達でいいんですか?」
俺が聞くと彼女は笑って答えた。
「もちろんだよ!」
「ありがとうございます!」
「じゃ、友達なんだし、敬語はいらないね。」
「えっ」
宮川は意地悪にニヤリと笑う。
嵌められた。
俺は勇気を振り絞って次の言葉を喉から捻り出した。
「宮川…さん…。これから、よろしく…。」
顔が赤くなるのを感じたが、彼女は十分満足したようだった。
「じゃ、これ、私のLINE!」
彼女はそう言ってスマホを取り出した。
「え……いいの?」
俺が聞き返すと彼女はやっぱり納得がいかないのか頬を膨らませて言った。
「もー!宮川さんじゃなくて、鈴って呼んでよ!」
「……はい……。」
俺は緊張しながら画面をタップした。
「じゃあ俺も恭弥って呼んで欲しいかな……。」
俺の言葉に宮川は驚いた様子だったが、すぐに笑顔に戻って頷いた。
「分かった、恭弥君ね!」
俺はその様子を見て思わず微笑んだ。すると彼女は言った。
「あ、今恭弥君笑った!」
そして彼女も同じように笑った。
それからしばらく談笑を楽しんだ後、会社へと戻った。
***
オフィスに戻ると天使が既に復活していたようで、俺のデスクに座りながら俺の方を見ていた。
「お帰り暴力犯。楽しい一時を過ごせたようで。」
「だからあれはお前が……!」
俺が反論しようとすると天使は遮って言った。
「まあ、でもキミが幸せなら良いんじゃ無い?」
「え?」
俺はキョトンとしたが天使はそれ以上何も言わなかった。
***
午後になり、俺は相変わらず田村に書類を山程押し付けられ怒りを覚えながら書類を片付けていた。
「鈴、ちょっと来い。」
突然田村が宮川を呼び出した。
「…はい。今行きます。」
俺は田村が宮川を呼び出すなんて珍しいなと思っているうちに宮川は田村のもとに向かった。
「あ、宮川さん。」と声をかけようとするも田村の怒鳴り声にかき消された。
「お前何やってんだ!馬鹿か!?」
突然の大声にオフィスがざわめく。
「ここを見ろ!普通ここに入れるべきなのは『、』ではなく『。』だろう⁉︎小学生でも分かるぞこんなもの!」
「あの……すみません……」
宮川は今にも泣き出しそうだ。しかし田村はお構い無しに続ける。
「お前のせいでこの部署の評判が悪くなったらどうするんだ?たった一人のミスで部内全員が迷惑を被るのだぞ!本当に理解出来ておるのか⁉︎」
「すみません……私……」
宮川は目に涙を溜めながら謝っている。流石に見ていられなくなった俺はたまらず仲裁に入るため、立ち上がった。
しかし、次に田村が放った言葉に思わず固まってしまった。
「全く……お前は本当に使えん奴だな!家事も碌に出来ないくせしてこんな単純な作業も出来ないとは!」
瞬時にその言葉の意味が理解出来た。しかし脳はその言葉を受け入れようとしない。
そんな訳ないじゃないか、だって彼女は俺の憧れの人で……
しかしそんな俺の思考とは裏腹に、頭は勝手に一つの答えを導き出した。
彼女は結婚していて、場合によっては既に子供もいる?
いやいやまさかそんな事が……あるわけないじゃないか。きっと何かの間違いだ。そうだ、きっとそうに違いない!
俺は必死に自分の心に言い聞かせた。
しかし、俺は宮川の左手の薬指に光るリングの存在に気づいてしまった。それは俺の心に絶望という文字を刻み込むには十分すぎる程だった。
俺はフラフラと自分のデスクに戻った。そして手近にあった書類作業を再開した。
***
しばらくして目が覚めた。
手元にあった時計を見ると既に時刻は深夜2時を回っていた。
どうやら作業している間に眠ってしまっていたらしい。
俺は身支度を整え、オフィスを出ようとした。しかしエレベーター前で佇む天使を見て一昨日の言葉を思い出した。
「…お前、全部知ってたんだな。宮川と部長の事。」
「………」
「…さっきは悪かったよ。お前なりに宮川…鈴さんから諦めさせようとしてたんだな。」
「!……」
「LINEなんて交換して…高望みさせてしまう前に、心へのダメージが最小限になるよう手段を尽くしてくれてたんだろ?それなのに突き飛ばしてしまって…」
「…………」
「本当にすまなかった。……さて、これからどうするかな。もうやり残した事なんて無いし、明日にでも屋上行こうかな。」
「……」
「……まあ…悔いが無いと言えば嘘になるか。部長と鈴さん、あまりいい仲とは言えなかったもんな。でも部長はムカつくがあの鈴さんが選んだんだ。クソ部長でも幸せにさせてやれるだろ。」
「…死んだよ。」
「…本当は俺が隣に立ちたかったが、どんな形であれ鈴さんが幸せなら……は?」
天使の言った言葉の意味が理解出来ない。
「…お前、今なんて言った?」
「宮川鈴は3時間前、自宅で飛び降り自殺した。もうこの世にはいない。」




