ジコマンゾク #2振心
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仕事が終わり俺は家へと帰ってきた。
家といっても別に賃貸マンションとかではない、今俺が住んでいるのはボロアパートの一室だ。築50年はあろうかというその部屋は1人で暮らすには少し広くて寂しいが今ではもう慣れてしまっている。
「はぁ……。」
ため息が出る。
ここ最近はずっとこんな調子だ。毎日の様に上司に怒鳴られ残業を押し付けられ……、正直もう限界だ。だから今日屋上から飛び降りようとしたのに…。
「あー……、明日からどうすっかなー……。」
そんな事を考えていると俺の腹が鳴った。時計を見ると午後11時を過ぎていた。
「晩飯作るか……。」
俺は立ち上がり台所へと向かう。
冷蔵庫を開け中身を確認していると突然後ろから声をかけられた。
「キミ、死ぬんじゃないの?」
振り向くとそこには天使がいた。
「何だよ急に」
俺がそう聞くと天使は答える。
「……いや、キミが死にたがってたからてっきり……」
いや、確かに死にたがってはいたけどさ……。
「それがどうしたんだよ。」
俺は天使に言う。
すると天使は言った。
「……なるほどねぇ。まあ良いさ。キミは自殺だろうが何だろうが一週間以内に死を迎えるのだから。それまで悔いが無いように取捨選択して生きなよ。」
そう言うと天使は俺から離れ、俺の頭上を飛び回り始めた。
「ああ……分かったよ。」
俺は適当に返事をすると料理を始めるべく台所へと向かう。
そして夕食を食べ終えてから風呂に入り眠りについたのだった。
***
「ふーん?」
天使は赤井の頭上であくびをした。
「ーまあ、キミに特別な選択を与えることも出来るけどね……。」
***
翌日、俺が出社すると田村部長は既に出社していた。そして俺の顔を見るなり睨みつけてきた。
俺は慌てて頭を下げるが田村部長はそのまま席を立ちどこかへ行ってしまった。
……まあ、いつもの事だから気にしないけどな。
「おはよう赤井君」
後ろから声をかけられ振り向くと、そこには俺の同僚である宮川がいた。
「お、おはようございます!」
俺が挨拶をすると宮川は笑顔で言った。
「最近ずっと元気が無いけど、やっぱり部長関連?」
「いや、特に……。」
俺は苦笑いしながら答えるが、宮川はまだ納得していない様子だった。
「そう?でも何かあったらいつでも相談してね?」
「……はい」
宮川はそれだけ言うと自分の席に戻って行った。そしてそれと同時に部長が戻ってきた。
「赤井君!」
「は!はい!」
突然大声で呼ばれ俺は慌てて返事をする。すると田村部長は言った。
「この書類の整理を頼むよ」
「はい!承知致しました!」
俺は渡された書類を受け取り、自分の席へと戻った。そして早速作業を始める。
……しかし、この量を片付けるとなるとかなり時間がかかりそうだな……。
そんな事を考えながらも手を動かし続ける。
しばらくすると田村部長がまた声をかけてきた。
「赤井君?ちょっといいかい?」
「は!何でしょうか!」
俺が返事をすると田村部長はニヤリと笑った。
「ーキミに仕事を頼もうか迷っていたんだけどねぇ。やっぱり頼んでもいいか?」
「……え、あ……はい。」
俺は戸惑いながらもそう答えると田村部長は俺に一枚の書類を差し出した。
「これを午後一番までに終わらせるように頼んだよ」
「……は?」
見るとその書類はかなりの量があり俺一人でこなせるか不安になるレベルだった。
「ー分かりました……。」
俺が返事をすると田村部長は再び自分の席へと戻って行った。そしてそれと同時に俺の隣に座っている宮川が言った。
「赤井君大丈夫?手伝うよ?」
「……いや、大丈夫です。お気持ちだけ、受け取ります。」
俺は宮川にそう答えると再び書類整理に取り掛かった。
……クソっ!あのクソ部長め!いつも俺に仕事を押し付けやがって……!
***
昨日までの作業で胆力がついたのか、奇跡的に昼休み前に作業は終わった。
部長は不満そうにしていたが、俺が書類を提出すると渋々受け取り、俺は昼食にうつることが出来た。
オフィスからすぐそばにあるうどん屋で昼食を食べ終えて茶を飲んでいる時、突然天使が言った。
「キミ、あの人が好きなの?」
ブホッ
俺は飲んでいた茶に咽せながら天使に言う。
「い、いきなり何言ってんだよ……!」
「いや、ただ気になっただけ。」
天使はそう言うと俺の目の前に座る。
「……好きじゃねえけど」
俺はそれだけ言うと再び茶をすする。すると天使は俺の目を見て言った。
「……本当に?」
「ああ。」
「神に誓って?」
「何だよ。」
「正直になりなって。」
「はあ⁉︎」
「僕は天使、キューピッド?だよ。恋愛成就なんてお手の物さ。」
「キューピッドって……いや、つーか仮に本当だとしてもお前に頼む筋合いなんて無いだろ」
俺が言うと天使は呆れたように言った。
「……キミさぁ、一種間以内に寿命を迎えるんだよ?もしかしたら明日かもしてない。」
「っ!そ、それは……」
「だったらさ、最後くらい自分の望み通りになった方が良くない?それに僕はキミの願いを『何でも』叶えてあげる事が出来るんだよ?」
俺はしばらく考えた後、答えた。
「……分かった。頼むよ。」
「よしきた!任せてよ!」
そう言って天使はペンダントをかざした。
「ちょっと待ってくれ。俺はお前のその力で無理矢理宮川と付き合いたい訳じゃ無い。あくまで自力で宮川を俺に惚れさせたいんだ。」
天使はペンダントをしまう。
「ふーん?まあ、キミの自由だけどさ……。」
俺は天使に続ける。
「恋愛成就のキューピッドなら何かしらアドバイスぐらいあるだろ。教えてくれよ。」
「えっ」
天使は戸惑い声を出した。まさかコイツ、願いの力しか考えて無かったのか…。
「お前、まさかアドバイスの事は考えてなかったとか言うんじゃ……」
俺が言うと天使は慌てたように答える。
「そ、そんな事無いよ!」
「……本当か?」
「ほ、本当さ!ただキミがそんなアドバイスをお願いをするとは思わなかっただけさ!」
「じゃあアドバイスくれよ。多少時間かけても良いからさ。」
「えっ」
再び天使はフリーズする。何だコイツ。
「あ、ああならさ、花でも渡したらそうかな?女性ってほら、お花好きだし。」
「今どき花貰って喜ぶ女いねーぞ。」
「むぐ…!な、なら、彼女の仕事もやって上げるとかは?頼り甲斐のある男らしさを見せてみて!」
「頼り甲斐感じねーよ。それただ不審に思われるかキモがられて終わりだよ。」
「うっ…」
天使は言葉を詰まらせた。
その後もいくつかアドバイスを貰ってみたが、どれも効果が無い様な気がした。
「大体彼女は何が好きなのさ!それが分からないとアドバイスの仕様も無いよ!」
「何逆ギレしてんだよ。」
とは言ったものの、俺も宮川の好みは全く分からなかった。
「うーん、とりあえず何が好きか聞いて見るか……。」
「いや、それはダメでしょ。」
「何でだよ?」
「だってさ、キミは彼女と付き合いたいのでしょ?でも彼女はキミのことなんてただの同僚だと思っいると思うよ。それなのにいきなり『君の好きな物教えて』とか聞いたら絶対警戒されるよ!」
「……確かに。」
俺は納得した。
しかし、そうなるといよいよ手詰まりだ。
「どうすりゃいいんだよ……」
俺が頭を抱えていると天使が言った。
「あ!そうだ!」
「何だよ。」
「ならさ、僕が彼女に憑いて彼女の事を調べるってのはどうかな?これならキミは特に怪しくないし、彼女への第一歩!」
「はあ⁉︎そんなの人として…」
「そうと決まれば早速行ってくる!明日までには戻るね!」
そう言い残し天使は瞬く間に飛んで行った。
「…俺から離れられないとか言ってなかったっけ?」
俺は一人そう呟くと茶を飲み干した。
***
午後になった。
天使は隣で宮川の上をぐるぐる飛んでいる。
「こら、鬱陶しいぞ。」
俺が小声で呟くと天使は空中で静止した。
「いいじゃない!減るもんじゃなし!」
「いや、そういう問題じゃないからさ。せめて大人しくしててくれない?」
「全くもう!うるさいな!」
天使はプイッと顔を背け、再び飛び回り始めた。
「……はあ、先が思いやられるぜ。」