洋館と素敵なおじさま
街から離れたところにポツンと建っている洋館。草はぼうぼうで、門はすたびれていて古くさい。
学校ではお化け屋敷と囁かれているその場所に、幽霊とかそういうファンタジー的な出会いを求めて私は一人で訪ねてみた。
黒く高くそびえる門は、とても素敵な紋様だった。なんていうデザインなのだろう。知らないけれど、葉っぱみたいなものや蔓みたいなものが描かれていて、ファンタジーを求める私はなんだかワクワクした。
恐る恐るその門に触れてみると、門は氷のように冷たかった。軽く揺すると簡単に門は開き、私はスッと小さく息を呑む。
周りをさっと確認して、するっと静かに中へ滑り込んだ。塀があって分からなかったけれど、その洋館の中はたくさんの緑でいっぱいだった。
しばらく手入れがされていないのだろう雑草が肩ぐらいまで伸びていて、草の匂いがすごかった。けれど不思議なことに、人一人分の道はちゃんと舗装されていて、まるで何かに導かれるように、私は玄関まで安易に辿り着くことができた。
私は玄関まで辿り着くと、さてこれからどうしようか、このまま中に入ってみても良いものかと思案して辺りを見回した。
目の前にそびえ立つ洋館の壁は、年期の入っているような、純白ではない少しくすんでいる白色だった。しかしどこか落ち着くような、品のある雰囲気。玄関の脇にあるランプも良い味をだしていた。
不法侵入かなと一瞬頭をよぎったけれど、もう既に敷地内に入ってしまったので後戻りもできないかと腹をくくり、私は大きな扉の取っ手に手をかけた。
この扉の奥に待っているだろうファンタジーに心を踊らせながら、ゆっくりと金色の取っ手を下げ、引いてみる。さぁ、開かれた扉の先にはどのような風景が広がっているのだろう。
期待に心を膨らませたが、現実はそう簡単にはいかなかった。その扉には鍵がかかっており、ガチャンとただ音が鳴るだけでびくともしない。私の冒険は、冒険する前に呆気なく終わってしまった。
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家に帰ってからも、あの不思議な洋館を忘れることは出来なかった。
考えれば考えるほど、どうしても中に入ってみたくてしょうがなくなる。だから私は、呆気なく終わってしまった冒険をした一週間後、再びあの洋館へ行ってみることにした。再チャレンジだ。
一週間前と同じように、周囲に人がいないのを確認して門を抜け、再び玄関の前に立つ。
今度は開いてますように。
祈る気持ちで取っ手を掴み、下に下げて引っ張った。しかし、やはり前と同じくガチャリと虚しく音が響くだけ。私はガッカリしながら手を離し、一歩退いた。
やっぱり、ここは誰も住んでいないただの洋館なのだろうか。私の求めるファンタジー的な出会いなど、存在しないのだろうか。
捨てきれない未練を抱えつつ、私はもう一度洋館を見上げた。
しばらく考えてから、最後に扉の真ん中より少し上についてある金色のわっかを掴んでトントントンと三回鳴らしてから、もう一度取っ手を掴んでガチャガチャと二回引いてみた。
もしかしたら何か変わるかもしれないと思ったけれど、進展は無し。
これ以上ここでガチャガチャとうるさくしていたら、誰かに見つかって咎められそうだったので諦めてため息をついた。
「……やっぱり、ファンタジーなことを現実に望むのは間違っていたのかも」
もう高二だし、ちゃんと現実と向き合って生きていかないとね。
自分に言い聞かせるように心の中で思い、洋館の未練を断ち切ろうともう一度洋館を見上げた。
「……さようなら、素敵な洋館」
そう呟いて、私は静かに踵を返した。
素敵な出会い、運命的な出会いなんて、そう起こるものじゃない。
「お嬢さん?」
項垂れながら一本道を引き返していると、そこまで進んでいない時に後ろから声をかけられた。急に声をかけられた私は、驚いて体を竦めながら恐る恐る振り返る。
すると、あの素敵な洋館の玄関の前に、不思議な顔をしてこちらをじっと見つめているおじいさんがいた。
「さっき扉を叩いたのは、お嬢さんかい?」
灰色の髪に、賢そうな黒い瞳。茶色いスーツに身を包み、ピンと立った姿は美しくて品がある雰囲気だ。まるで、アニメで良く見る西洋の貴族がそのまま現代にやってきたようで私は自分の目を疑った。
「えっと……す、すみません。まさか人が住んでいるとは思わなくて……」
ごにょごにょと上手く回らない口でそう答えると、おじいさんはしばらく私を見てから優しく微笑んで、
「まぁそう思うのも仕方がない。とりあえず、上がっていくかい?コーヒーとお菓子なら出せるよ」
と提案してくれた。門をすり抜け、不法侵入したことは明白だろうに、怒らずそう言ってくれるおじいさんはとても優しくて素敵な方だなと思った。
本当なら知らない人の家に上がるのはダメなことだし、親に知られたら絶対に怒られるはずだ。
それでも、こんなにも品があり優しい雰囲気を醸し出すおじいさんが悪い人だとは思えず、そして何より、目を惹かれた素敵な洋館に入ってみたいという思いが強かったので、
「ありがとうございます」
と、気が付けば返事をしていた。
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洋館に住んでいたのは、七十歳のおじいさんだけだった。と言っても七十歳に見えないくらい若くて元気で、なんならイケオジだ。
毎朝コーヒーを淹れて本を片手に優雅な時を過ごす、ダンディなおじいさん。
おじいさんは物知りで、本をたくさん持っていた。テラスには素敵な花が咲き誇っていて見惚れるほどだ。
ただ、敷地が多すぎて花壇以外は手を付けられないのだと苦笑するおじいさんは、どこか可愛くて親しみが持てた。それに、優雅でダンディでなんでもできるおじいさんと、玄関までのほったらかしにされた雑草とのギャップに萌える。
それから、ほぼ毎日のように暇があればおじいさんの元へ通った。
自由に伸びきった雑草を見てからダンディなおじいさんを見るのだから、クスッと笑みが溢れてしまう。
おじいさんは、不法侵入した私を叱らずもてなしてくれ、素敵なお話もしてくれる素晴らしい人だ。
私の周りにはいないタイプの人で、新鮮味があった。幽霊とかファンタジー的なものには出会えなかったけれど、そのかわりに素敵なおじいさんとお知り合いになれたから、これも運命のお導きかしらなんて思ってしまう。
おじいさんはここに一人暮らしをしていて、奥さんはかなり前に他界したらしい。孫も子どももいず、私を孫のように可愛がってくれた。家でもこんなに構ってくれたり可愛がってくれる人はいないので、それがとても嬉しかった。
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そして、おじいさんの元に通ってから一年が経った。
高三になったこともあり、勉強で忙しくなかなかおじいさんのところへ行けない日が続いた。
私の志望する大学はとても偏差値が高いところで、今の私には高嶺の花だからだ。応援してくれるおじいさんのためにも、私はなんとしても合格の知らせを届けたい。その思いを胸に、必死に勉強した。
しかし、そう簡単に現実はうまくいかない。いつもいつも模試はE判定で、周りの人との差が広がり心が張り裂けそうになった。
先生との面談でも厳しいことを言われ、心が何度も死にそうになった。その度に、私はおじいさんの元へ行って誰にも話せない心のモヤモヤや憤りを話し、慰めてもらった。
今日も先生に志望校を変えた方が良いんじゃないかと言われ、心が沈んだので久しぶりにおじいさんに会いに行った。
もう通い慣れた道を進み、おじいさんに貰ったスペアキーを使って中に入る。
声をかけると、おじいさんはいつもの笑顔で出迎えてくれ、砂糖たっぷりのコーヒーを淹れてくれた。
因みに、コーヒーはおじいさんと会うまで今まで飲んだことがなかったけれど、あまりにもおじいさんが素敵にコーヒーを飲むので、お願いして飲ませてもらった。苦かったので砂糖はましましの、だけれど。
それから久しぶりに他愛の無い話をし、愚痴をこぼし、お互いに近況報告をしあった。
そして帰り際、私が、なんとしても合格報告をするから!と宣言すると、一瞬悲しい顔をして、でもすぐに笑顔で待ってるねと言ってくれた。その悲しい顔に少し違和感を覚えたけれど、私はその僅かな思いに蓋をして箱に押し込めた。
私はこの時のことを、後でとても後悔した。どうしてあの違和感を箱に押し込め蓋をしてしまったのだろうと、とても後悔した。
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第一志望校、合格発表当日。私は涙が止まらなかった。無事、合格出来たのだ。
共テで失敗して、無理かもと思ったけれどがむしゃらに頑張って掴んだ合格。
私は泣いて泣いて泣いて、嬉し涙を流しまくりながら、おじいさんの家へと走った。
合格した!合格した!合格した!
家の前に辿り着き、一旦深呼吸して涙を拭った。泣いていたら、不合格だったのかと勘違いされそうだったから。
笑顔を浮かべて。
「おじいさーーん!私、合格したよっ、第一志望校っ!!」
元気よく中へ飛び込んだけれど、中はシンと静まり返っていて人の気配がしなかった。
私は一瞬、とてつもない不安に駆られたけれど、それを無理矢理箱に押し込んで、リビングに向かった。
もしかしたらテラスでお花の手入れをしているのかも。それとも、まだ寝ているのかな?
そんなことを考えながらリビングに入ると、そこには誰もいなかった。
恐る恐る中へ踏み込むと、日が射す机の上に一通の手紙が置いてあることに気がついた。
なんだろうと思い、その手紙に近づく。するとそこには、おじいさんの文字で、斗愛へと書かれた私宛の手紙が置いてあった。
今までにない展開に、私の胸はドキドキと高鳴り身体が震えた。言いようのない不安が溢れそうで、堪えるのが難しかった。
震える手で、その手紙を開けた。
するとそこには、すまない、から始まったおじいさんの言葉が綴られていた。
『すまない、斗愛。私はきっと、君が合格報告を届ける頃には、もうこの世にいない。
私は前々から心臓を患っていて、残りわずかな人生を過ごすためにここに戻ってきていたんだ。
君から合格報告を聞きたくて頑張っていたけれど、無理だったようだ。
けど、無事君が合格を勝ち取ったことを祈っているよ。駄目だったとしても、自分を責めないで。
斗愛はとても優しくて強い子だから。これから何があっても乗り越えられると信じているよ。
私も空から見守っている。斗愛、最後に楽しい時間をありがとう。
斗愛に出会わなかったら、きっと私は静かに残りの人生を終えていただろう。
君と話ができて、君とたくさんの楽しい思い出が作れて、本当に良かった。ありがとう。
この先私はいないけれど、素敵な人生を過ごしてください。
恩返しと言ってはなんだけれど、ここの家は斗愛の好きにしていいよ。
心の綺麗な君のことだ、きっと有意義に使ってくれると信じている。
私に最後の幸せを届けてくれた斗愛に最高の感謝を。』
涙が止まらなかった。悲しくて悲しくて、文字が滲んでちゃんと読めなくて。
でも、最後まできちんと読みたくて。私は何度も何度も涙を拭って手紙を読み、何度も何度も読み返した。そして、声を上げてずっとずっと泣き続けた。
おじいちゃんに直接合格報告がしたかった。
合格したよって笑顔で言って、温かくて甘くて苦くて、なのにとびきり美味しいコーヒーを淹れて欲しかった。他愛も無い話をしたかった。テラスに咲き誇っている花の話とか、おじいちゃんが好きな本の話とか。
合格したらささやかながらパーティもしたかった。そして、ありがとうって伝えたかった。
私と仲良くしてくれて、私に優しくしてくれて、私を励ましてくれて。ありがとうって、伝えたかった。それなのに、それなのに……
最後に会ったのは、共テで失敗した後だった。
あの時の私は心が荒ぶっていて、おじいちゃんの前でぎゃんぎゃん泣きじゃくっていた。それを、温かいコーヒーと優しさで慰めてくれて。あのお礼だって言えてない。
後悔と悔しさと悲しさとでぐちゃぐちゃな心で、整理がつかなくて。私はずっとずっと泣き続けた。
気がつくと日が暮れていて、七時を回っていた。呆然と床に座り込みながら、泣きすぎて涙ももう出なくなって全身がだるく感じながら、スマホに目を向ける。
明るい光が暗闇に浮かび、目にズキズキと刺さった。
スマホには親から何件もの着信とメッセージが入っていた。
そりゃあ、泣きじゃくって恩人に合格報告してくるって言ったまま音信不通で半日も経てば心配になるか。
私が既読をつけたからか、親から何件ものメッセージが届きすぐ電話がきた。
私はだるい手をなんとか動かしながら、電話に出た。
その日は、第一志望校に合格出来たのに喪失感が凄かった。
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おじいさんと別れてから数ヶ月。私は大学生になっていた。
地元を離れての一人暮らしは大変で、毎日へとへとだ。しかし、連休が取れれば実家に戻っているし、おじいさんの家に行き手入れをしている。おじいさんの形見だ。綺麗に保持しなければ。
私は数ヶ月に一度その家を訪れ、心の中でおじいさんに語りかけ、掃除をする。
そんな日々を、送っている。
初めましての方は初めまして。お久しぶりの方はお久しぶりです、狐桜雪です。素敵なおじいさんとのちょっとしたお話を書いてみました。読んでいただきありがとうございました。少しでも温かな気持ちになっていただけましたら幸いです。