リリーと7大英雄
プロローグ
[第一章]ファンダルスの息子
[第1話]トメシスの風と サウザンロード
4つの大陸のひとつ風の国マーメル。広大な砂漠と荒野が広がる大陸には止む事のない風が吹く。その風はとても気まぐれで、時に静かに柔らかく、時に砂塵嵐と共に砂粒程のガラスの破片が飛びあらゆる物を切り裂く嵐となる。
この止むことのない風は、大陸の中央に広がる砂漠を囲むトメシス山脈から吹き降りてくるのだが、このトメシス山脈は、ガラスを多く含む岩石などで山となっている為、嵐になるとガラスの砂塵が舞うのだ。その景色はまるで光のカーテンのように大地に舞い降りてくる為、いつしか人々はトメシスの光の壁と言うようになった。
「ちっ……こりゃ一晩吹くな」
ガラス砂が口に入ったのだろう、ファツは唾を吐きながら言っている。ファツは私と共に仕事をするようになって8年ほど経つだろうか。元王国の軍人で、今は私の仕事を手伝う冒険者だ。酒と女にだらしが無いところはあるが、腕はたつし多少の回復魔法を使う。昔話しなんぞとんとしないが、酔うとたまにぐだを巻きながら昔の話をする。
出会った当初はまだ軍人でいたが、ある事がきっかけで知り合う事となり今ではケツを蹴り飛ばし合う友なのだが、しかし…こいつの話をまともに聞いたのはいつだったのだろうか?
正直あまり聞いてないのだ…。
「バスター目をやられるぞ…気をつけろよ。もうすぐ谷を抜ける」
続けざまにファツが言った。
トメシスの谷はいくつものグラス岩が重なり合い、所々に縦に横に深いクレバスがある。そこは風穴となり冷たい風が突き刺すように吹いている。
――― ガサッ……
やはりさきほどから気になる…
辺りはガラス嵐で視界が悪いし、キリキリと鳴る風の音で集中力も神経もやられているがこの感じ……
間違いない……
何かに狙われている。少しゴーグルを外し目を細めながら頭上を見上げた。
「バスターどうした?ゴーグル外すな!目をやられ………」
言葉を言い終える前にファツは両腕に剣を構えた。ファツは元軍人そして、大陸マーメルのカールトン王国諜報部第2部隊の部隊長だった男だ。その手には、悪魔と蛇の彫り物と龍の頭の形をした両刃の剣、その蛇と龍の4つの目には紫に光る魔石が埋め込まれてある魔剣忍び刀双剣パープルデビルヴィーターを両腕のごとく扱い「悪魔の巣食う腕カールトンのデビルハンド」と二つ名を持つが…ちなみにこいつは料理が見かけによらず非常に上手い。そしてヴィータを普通に包丁として使うのだけはホントやめて欲しいのだが……
「ファーーーーーツ!!グラスドラゴンだ!」
俺が叫ぶ前にはすでに戦闘態勢で攻撃を仕掛けようとしてる…
いやもう一太刀と続け様にヴィータの紫の光が線になり波のように流れているのがガラス嵐の中でも見える。踊るように攻撃を続けるファツを横目にしながら俺も用意をするのだが、それにしても楽しそうだな…戦闘狂の脳筋と思う事は今までに幾度もあった。
――このトメシス山脈には、数々の魔物が生息してるが主な山道や街道には滅多に現れる事はない。ファツが今回はどうしても早く街に戻りたいと言うからあまり知られていないグラスロード裏街道を通って来た…
――そのせいかよ!
なんて思ってもグラスドラゴンの生息地に、しれっと通り過ぎる方が虫がイイ話なのだ。
繁殖期となるとまた話はガラッと変わってくる。まさに群れのグラスドラゴン以外の生き物は全て奴らの餌なのだ。単発や野良ならなんとかなるが群れをなす奴ら相手にしては部が悪い。さらに繁殖期にグラスロードを通るバカは居ない。
その繁殖期にはまだ少し先なのだが、このところ続く嵐でグラスドラゴンも気が立っているのだろうか…。
グラスドラゴンはこの山脈に巣を作り群れで行動する。中には一匹で行動する野良や特殊な個体もいるがそう言う個体に限ってやけに強くてやっかいだ。またそう言った様々なグラスドラゴンには、何種類かの特徴を持つが……
「ファツ!!無事か?」
ファツを心配しながら、荷物が散乱するのを抑え槍を構えて迎え撃つ用意をしてるとすでにグラスドラゴンの群れは去っていて2匹の息絶えたドラゴンだけがそこにあった。
―――少し息があがったファツがなにやら死骸を指さしながら
「バスターこいつを見てくれ」
そこには普段…というか滅多に見ることのない黒いグラスドラゴンが横たわっている。若干まだドラゴン全体に光が残っているがすでに息は無さそうだ。
「ああ…黒いな。珍しいぞ最後に見たのはいつだファツ?」
「ん〜あまり確かに覚えてはいないが、ペトロの嫁さんローリエとやっちまってペトロに賞金首にされそうになった時だから…10年ぐらい前?」
っておいおい…あのペトロの嫁さんとやっちまったってお前だったのか…あきれた奴だな。
ペトロって奴は背が低く若いくせに年寄りじみてパッとしない男なんだが首都パースの近くのザイーバと言う街の地主で領主ともうん臭い縁のある少し変わった奴で、そこそこの嫌われ者だ。この嫁さんが街一番の力自慢で筋肉隆々のアマゾネスチャンピオンみたいな女でお世辞でも可愛いとかキレイとか言えるものではない。たまに肩に旦那のペトロを乗せて街を歩いている。街でのローリエの伝説的な面白おかしい話がいくつもあるのを知っているが……
「あははは…おい…お前だったのか…ゲテモノ食いって知ってはいたけどな呆れるぜファツよ」
「そんな話はいまさらだぜ!バスター!それよりこれこれこれ!素材ちゃんと取ろうな!なっ!なっ!」
グラスドラゴンは案外素材が良いと高値で売れるし加工するとそのへんの貴金属より数段格上の女殺しの贈答品になる。恐らくファツはこの贈答品目当てなんだろう。
指先でグルグル回すヴィータを見ながら―――
「お前の持ってるのはなんだファツ?その料理包丁はお飾りかい?」
ファツはグラスドラゴンの同体を軽く蹴りながら―――
「おいおいバスター料理包丁ってねーだろ?いくら王国料理長お墨付きの腕前だからといってもヴィータは包丁ぢゃねーよ」
――それならヴィータでカイマンフィッシュを捌いた後に野菜を切って生まれ故郷の極うま料理のなんちゃら〜出来上がり!なんて言いながら調理すんのやめろや…
もはや包丁としか言えないだろ…。
「そんな事より黒のグラスドラゴンがいくらドラゴンロードだとしても群れで現れるなんて、何か気になるな…ファツどう思う?」
そもそも希少性高い黒のグラスドラゴンは山脈の奥深くが主な生息地なんだ。妙だな…ブルーやホワイトが占めるこの付近で現れるなんて…
「そんな気にするこたぁねーよ!バスター心配し過ぎだって!それよりほらほら!手伝ってくれよ。そっちの一匹の尻尾…ほらその爪楊枝のような棒っきれをしまってさ…ほら!」
この男は…
俺の槍バルザックを爪楊枝って言いやがった…バルザックの柄でファツの頭を軽く小突いてやるとファツがアゴでほれほれと言わんばかりに指図をする。
とにかく風が少し止むまで安全な場所で休む事にした。ドラゴンの解体もあるしな。群れが飛んで行った方向を少し身を細め見送り俺達は移動を始めた。
――――――
干し肉を軽く火で炙ると横穴の中は香ばし匂いと煙で満たされていた。グラスドラゴンの素材も思ったよりか、きれいに取れた事にとてもご機嫌なファツが少し気だるそうに………
「今回の依頼が終わったら行くんだろ…会いに?」
俺の仕事は運び屋だ。
依頼主を護衛しながら目的地へ連れて行ったりもするが、大体はギルドや、運び屋連盟からの依頼を仕事にしている。だが今回は国からの依頼で、カールトン国王側近の大臣カイル魔法卿から、パストリーゼ国の国王直々に宛てた書状と小さな箱を運びそのパストリーゼ王室からまた荷物を預かりカールトンに持って行くのが今回の任務で仕事だった。
パストリーゼ国は港街が多く他の大陸との交易も盛んで首都のハーパーは多種文化と他種族で何時も賑やかだ。また海賊も多く酒場では気をつけないとすぐ喧嘩沙汰になる。もちろんファツの事だ。依頼は難なくこなし、パストリーゼ国の海の幸特産品をたらふく食べ少しのお土産を漁り持ったその帰りだ。
「なぁバスター。名捨ての英雄が久しぶりに嫌味なショーンと我が息子に会うのだからお土産話も沢山だな。」
焚き火に少し木をくべながら下目使いでこちらを伺いながら言った。俺はこいつの下から見つめるこの目があまり好きぢゃない。見透かしたこの目は、時に俺を苛つかせる。
「その名捨ての英雄ってなんとかならんのか?確かにロイの名前は捨てたが英雄なんかぢゃないぜ」
俺の本名はロイ·ファンダルス·バスダッド。仲間はバスターと呼ぶ。家は代々続いたランサーでザクロスの盾を受け継ぐ末裔だ。7大英雄で3塔神の1人ロイ·ファンダルスがご先祖様なんだそうだ。面倒臭い事にロイ家は、この世界で3つある塔、風の塔神の守護者でその風の塔にはザクロスの盾が今も眠ってると言う。だが俺はそのザクロスの盾なんぞ見たことなんかありゃしないし、そのロイの名前をとうに捨てたのだ。簡単に言えば面倒臭い事が嫌いな上に修行と言う単なるイジメの様なしごきと窮屈な生活が嫌だったからだ。だが俺はそんな修行や鍛錬と作法ランサーとしての事は、ガキの頃からなんの苦労もなく軽くこなしていた。案外そんな天才肌を親父ロイ·ファンダルス·シンは気に入らなかったのだろうな。そして何よりも誰よりも、自由に生きたかったのだ。運が良かったのかよくわからないが、俺には出来の良い弟ライアットがいる。そのライアットが家を継いだからでもある。
母親ロイ·ジーナはライアットが生まれてすぐ流行り病で無くなった。正直なところ母親に対する記憶や思い出があまりない。母ジーナは元々身体が弱かったせいかライアットが出来たときにはそれなりに覚悟をしていたと後からローザから聞いた。俺達兄弟にとって乳母扱いのメイド長ローザとの生活の記憶のほうが多いのだ。
――そもそも、親父は俺にロイ家と風の塔を任せるつもりは無かったらしいが、もとより腹を割って話すことなんてガキの頃から一度だってないほどで、物心つく頃には屋敷から抜け出しては、家出まがいにほっつき歩いていた。
―――その頃か…こいつファツとも知り合ったのも、酒場で悪酔いし自慢話しというか、単なる仕事の愚痴をグダグダとぐだを巻き挙句の果てには、伝家の包丁を振り回してるところ殴り合いとなったのがきっかけか?その後何度か殴り合ったっけな。
―――家に寄り付かずに、着替えと風呂でたまに帰っては、メイド長のローザがナイショで作ってくれた晩飯を食べていた。そのローザの一人娘メイドのサーシャと知り合ったのもこの頃だ。サーシャに子供が出来たことが親父やロイ家の周り共に知れ渡ると俺の居場所はさらに無くなった。家を出ることを周りに告げると親父は名を捨てて行くのであれば好きにしろと…。ローザとサーシャの仲間だけが泣くなく引き止めていたがその言葉を抑えるようにサーシャが言った。
「名を捨てることは恥じちゃないわ。あなたはお腹の中の子に恥じない生き方をすればいいだけよ」
――と俺の背中を押した。そもそもなんの迷いなんぞなかったのだけどな。
見送りはライアットとローザだけたった。屋敷の隅の窓からガスが見ていたのは最初だけ気にはなったがあいつも思うところがあるのだろう…窓からおぼろげに見える顔からそう感じた。サーシャの腕をとり馬車に乗り込む俺の腕をサーシャから奪い取るように掴みながらライアットは言った。
「兄さん何時でも帰って来て下さいね」
―――昨晩荷物を確認してる俺とサーシャの前に一太刀の槍を持ってライアットは現れた。
「兄さんお父様を憎まないで欲しい」
これを聞いたのと同時にサーシャは目配せを俺にして「あなた、お母様に挨拶してきますね」と気を利かせローザの部屋へと出ていった。ライアットは続けて他に何か言いたそうだったが、言葉を飲み込むライアットを見て俺は目を閉じ言った。
「親父やロイの名前の事やお前達のせいではないぜ。多分…いや必然だろう。こうなる事はわかっていたんだ。」
―――そうさみんな分かっていたことなんだ。納得させるような顔を俺はしてライアットを見つめ返すとライアットは思い詰め思い出すように話し始めた。
「子供の頃から兄さんは完璧だったよね…武技も作法も鍛錬も全て軽くこなしていたよね。私はそんな兄さんを誇に何よりも自慢に思っていたよ。今でもそうだけど…私の13の誕生日の次の日だっけ?奥義書をお父様の部屋から盗んで2人で掛け合って…」
――また少し遠目に目を細め、思い出すようにライアットは続けた。
「兄さん奥義をさ完璧にこなして俺の両腕腕を折ってしまってさ、ガスが治癒魔法で治そうとしてもうまくいかずに、それが見事にバレてお父様やロイ家のみんなにすごく怒られたけど、知ってるかい?その時のお父様の顔を、私はね兄さん!その時のお父様の顔は今でも忘れられないんだ」
子供の頃の昔の話だ。ライアットと共に修行をしてはいたが何でもすぐにこなしてしまう俺を、親父はこの家の執事でもある自分の右腕ランサーのガスに任せっきりにして、特にライアットを気にかけ指導していた。何をさせても飲み込みの悪いライアットを時に俺は、疎ましく思っていた時もあったが弟の実力や才能は常に認めていた。そしてコツコツと基礎から全てを学び今ではガスを超え、親父さえ超えるであろうカールトン1のランサーになり立派なロイ家の後継者なのだ。
「さあな…忘れたし見ちゃいないさ親父の顔なんて」
これは嘘だ。あの時の親父の顔は今でも俺も覚えている。俺が見た親父の顔は俺を恐ろしく化け物のように見た顔だ。そりゃそうだろ…16のガキが奥義書全てをマスターしちまうのだから。
俺はその時にこうなる事を覚悟していたのかもしれない。
――ライアットは何か躊躇し俺を見ながらまた口を開け始めた
「何年か前……確かサーシャさんに子供が出来たって話があった時にね…お父様が私に言ったんだ…」
「ライアットよこの家ロイ家をお前に任せてよいか?」
「何故ですか!!兄上がいるぢゃないですかっ!!」
――お父様は深く息を吸い込み吐きながら
「ライアット覚えているかい?奥義書を盗みお前の両腕を見事に折った時のことを…」
「忘れるものですか。兄上はあの歳で奥義書を全てマスターしたのですから。私は兄上に少しでも近づこうとした日頃の思いを汲んで、私に力と技を教えようとした結果少し痛い思いをしただけです。」
「そうだバスダッドは、お前の力になろうとしてあの事件は起きた。分かってるんだよそんな事は。でもそんな事ぢゃないんだ問題はね。怖かったのだよ。私は何よりも恐ろしかった……私が何十年もかけてマスターした奥義をなんなくこなしてマスターしてしまった息子バスダッドがなによりも恐ろしく怖く思ってしまったのだよ」
――部屋は肌寒くランタンの炎はゆらゆらとあたりをにじませていた。外では時より夜鳥の鳴き声が聞こえた。そしてライアットの口からは薄く湯気が立っていた。
「兄さんお父様の顔は懺悔の顔をしていて今でも泣き崩れそうな声で言ったんだ。そしてこう続けに言ったんだ」
「私はねライアット。その時の気持ちを今でも後悔してるのだよ。我が息子の才能を認め喜ぶよりも自分のプライドを大切にしてしまった事にね。時にプライドは戦士にとってとても大切な事なのだが、あの時の私にはそれは要らない事だったってことはあの時もそして、今更ながら分かっている」
「お父様それならなおさら、今言うべきことは兄上にその気持ちを伝えるべきではないのですか!?」
――その時の感情をぶり返すようにライアットは続けた。
「兄上がロイ家に嫌気がさしているのも知っていたしお父様と嫌悪の中だったのも分かっていました。だからこそ私はそう思ってお父様にそう言ったんです」
――俺は行き場のない気持ちを抑えていた。それでも親父はなにも俺に伝えは来なかったがな…仮にきても何かが変わったとは思えんが…
「ライアットお前の気持ちは分かってるよ。それにロイ家を任せることには、少なからず悪いと思っているし俺ばかり自由で好き勝手やってる事がどんな事よりも1番後ろ冷たい」
だがここに俺の居場所はないんだよ…その気持ちをわからすようにライアットに顔を向けると
「兄上にお父様の気持ちを…本当の気持ちを伝えたい。お父様は懺悔の言葉のあと私にこう言いました」
''あいつを自由にさせたい''
「だが…その言葉も気持ちもあいつには届かないだろう。届かぬ所に追いやってしまった私が1番の罪なのだ」
そう言うとお父様は私に家宝のひとふりロイ家に伝わる魔槍バルザックを私に差し出すと
「バスダッドにこれをと…」
ライアットはロイ家に伝わる槍の1つバルザックを真紅の布から出し俺に渡した。
「親子の縁の餞別にしちゃ、たいそうなもの持ってきたな」
少し嫌味臭く言うと。
「兄さんにはもったいないよ…」
半泣きで笑いながら嫌味で返してきたライアットを軽く抱いて
「親父と屋敷のみんなをよろしく頼むな…」
そう言うとライアットは背を向けてドアの前で何かつぶやいた後
「うん!任せなよ!」
そう言って部屋を出ていった。
あの時つぶやいた言葉はなんとなく聞こえていた……
ニイサンズルイヤ……
そうだ俺はずるいんだ…。だからその呟きさえ聞こえない振りをするんだ。俺はずるいと言う事に全てを押し付けてバルザックを手に次の日サーシャを連れて家を出た。サーシャのお腹もだいぶおおきくなった夏の湿ったの風が吹く日だった。
――――この辺は農家が多い
サーシャの実家はカールトン国の首都パースから東のはずれの街ルモアだ。ルモアは小麦農家が多く街の中心はそこそこ周りの街から人が集まる賑やかな街でギルドの支部もある。ギルドの支部があると冒険者も集まるしそれなりに活気たつ街になる。そこからまた少し離れた所にルモアの森がある。その森の近くに俺は家を建てた。ルモアは何かと人の行き来が便利な街なのだ南へ行くと港街のパストリーゼ国のセーヌと言う街がありセーヌをさらに南下すると首都ハーパーに着く。広大な森を抜けて北へ行くとマーメルの風の荒野トメシス砂漠だ。その荒野の中には風の塔のオアシスの街クーランがある。
―――ここの風は海風となる。トメシス山脈からかなり離れてるためか光のカーテンは滅多に…数年に1回か2回ほどしか降りない。海風のほうが強いのだ。そしてその風は身体を温める心地良い海風なのだ。
パストリーゼのハーパーには馴染の店と馴染の奴らが沢山いる。
パストリーゼ国は女王陛下が代々収めている国で今の女王陛下はダン·マリベル·ローラだ。ダン家はロイ家と昔からのお付き合いで昔話によると初代女王陛下がうちの初代風の塔神のファンダルス様にご熱心たったらしい…。ただの戦士でランサーであるご先祖様は力と富と栄光を手にし世界から認められたとしても流石に女王陛下の隣に立つことは無いと身を引いたらしい……ナニナニがあったとしてもだ…。って事となっているが、なんせ昔ばなしで教育熱心な教皇どもの寄せ集めた話だからな何が本当で嘘なんて誰も知っちゃいない。ただ1人を除いてはな。ほんとこんな話し眉唾だぜ。
にしてもダン·マリベルはあの魔族との地獄の1年前戦争で共に闘った7大英雄の1人で波風の塔の塔神だ。深海を統べる統治者で、魔法の全属性を扱うが特に水と風の魔法の最高位を持つダン家はこの波風の塔神の代々繋ぐ守護者なのだ。
そしてこの波風の塔にもマリベルが愛用していた武器と波風の羽衣が眠っているそうだが、透っけ透けの羽衣だと今の女王陛下にゃ似合わんだろうよ。少しお太りになされてますからな。
そんな事をハーパーの酒場サウザンロードで言った日にゃしばらく家には帰れなくなる。以前ファツが酔っ払って………
「ローラ女王陛下様がにゃ〜〜羽衣着だらにゃ酔った酒が全部店のボトルにゃ戻っていくぜにゃ〜酔も一発で冷める…」
と言った途端にファツは消え城の最下層G級のG様とその眷属が巣くう部屋に放り投げられ、ある意味一瞬で酔いは冷めそこから10日拘束されていたそうな…。ファツに聞いたらその時の10日の記憶は無理矢理忘れたそうだ。あえて聞くまでもないが、なんせ帰ってきた時のファツの顔は……白髪まじりの哀れなじいさまの様で可愛そうのひと言だった。
―――この酒場サウザンロードはあまり知られてはいないが女王陛下ローラ直属国家経営の酒場だったのだ。ウエイターとメイドは全て国の諜報部員や戦士上がりの輩ででさらにツワモノが揃っている。あ〜中には手合わせした輩が何人かいるがさほど、俺の相手にはならんかったけどな。
この酒場での女王陛下への小言は酒場ではなく墓場行きとなるとファツがボソッとこぼしていた。
―――海風が相変わらず優しいな。
トメシス帰りの奴らは必ずこうつぶやく。俺達は急遽ハーパーに寄っていた。仕事を終えルモアに向かうはずだったのだが、黒いグラスドラゴンの襲撃を受けたためで家の帰り道がてらグラスドラゴンの素材を売り次の仕事のコネとその情報を仕入れるためだ。また少し気になる事もあったのでファツと相談した結果寄ることとしたのだが………
―――ファツは女殺しの宝飾品の加工で忙しいみたいだ。それはそれでいつもの馴染の彫金師の所へ街へ着くなり走って行った。
「あとでサウザン集合な!」
俺はファツに叫ぶなりサーシャへの土産は何がいいかな〜と俺も小走りに装飾屋へと向かった。
装飾屋の親父はゴブリンと人間が混ざった混血のグリスと言う男だ。グリスとは長い付き合いになる。グリスは装飾屋と言っても魔法具の手入れもするし魔石の扱いもこの辺ではピカイチの職人だろう。ゴブリンと人が交わるとたいていゴブリンの子供が生まれる。ゴブリンの血筋が強いのだが、稀に人の血が多く混血として生まれる。そうして混血と生まれたゴブリンはほぼ全部が特殊な才能や秀でた能力を持って生まれる。そうしてグリスは魔石の選別と魔法具の制作扱いがバツグンなのだ。
だかゴブリンとの混血は忌み嫌われる。俺たち仲間内ではとても良くしてる職人の1人だが街の一部の有力者からは、たまに嫌がらせをうけたりしてるのを聞く。以前見かねて話を聞こうとしたが、あまり深く入って相談にのることをゴブリンの混血達は嫌がるらしくその時のグリスも、'気にしないでくれ…'とひとことで終わってしまった。それでもこの街ではグリスの店とグリスの仕事にかける思いは本物で周りからも人気はある方だ。たまに女王陛下ローラがお忍びでお抱えのサウザンのメイドと一緒に装具を頼みに来るらしい。というかサウザンロードのメイドという凄腕の諜報部の部下だけどな。あのメイド服には忍び刀や暗器がびっしり仕込まれてるとファツが以前言っていたが……
ファツめ…さては何人か手を出してるな。おいおい女王陛下が知ったら10日ぢゃ済まなくなるんぢゃね〜か?
だが…そんな心配もよそにファツは自分のお抱えの彫金師の所でそのメイドに渡す女殺し細工を頼んでいた。
「へ〜っくしゅっ!」
ファツが曲がり折れた鼻をすすりながら今回の素材だと黒いグラスドラゴンの素材を彫金師に渡していた。
「ファツの旦那お帰りなさい。トメシスの風にでもあたりましたかい?」
「んにゃどうせバスターだろ?」
うむその通りだ。
――あの女王陛下ならコボルトやゴブリンなど魔族との混血事情をもっとなんとか出来る事だろうにと思うのだが…この問題は思っているほど簡単なことではないらしくかなり根が深い。とくに王都の貴族連中の中には混血を排除する反混血派という派閥さえもあるらしい。そのへんはカールトンの王と王を支える貴族達が抑えているらしいが、いつ火種が燃え盛るかわかりゃしないと俺は思っている。
「やあグリス!久しいな。どうだい調子は?」
―――グリスの店は独特の匂いがする。魔石を加工すると魔石からにじみ出る匂いだ。普段魔石など触れない商人や駆け出しの魔石職人などこの匂いにやられてしまう。俺も初めて魔石をいじったとき幻覚と妄想に落ちて危うく川で溺死するところだった。1〜2度魔石落ちをすると耐性が嫌でもつくらしくあの感覚はもう味わう事はできないよとグラスから教えてもらった。
「仕事の帰りにグラスドラゴンの群れに遭遇してな…ファツが楽しそうに2匹のほど……」
と言いながら魔法具のバッグを漁りブラックグラスドラゴンの素材を渡すと…
「バスターの旦那こりゃまた珍しいもん持ってきたね。黒の素材ですかい?」
「ああファツがきれいに調理してくれたよ」
普通にしててもデカい目を1回さらに大きくしたあと見えてんのかわかんないぐらいの細目にして素材を確かめている。
「ファツの兄さんのヴィータもなんでもありなんですな…クックク」
笑いながらとつぶやくと…
「旦那今…群れでって言いましたね?どんぐらいの群れでしたかい?」
俺は作業部屋の暖炉のやかんの湯気を見ながら思い出すように言った。
「グラス嵐ではっきりは見えてなかったが気配で15匹ぐらいは居た気がするぜ」
―――黒の魔石を特殊な反響棒で軽く叩きその波動と反響する音を聞き分けるようにグリスは黒い魔石を鑑定している。
「ふう…旦那黒いやつの群は不吉な前触れですぜ」
――俺にそんな事は知ってるよなって顔をしている。そうなんだ黒いやつらが現れるととにかく騒がしくなるのはいつもの事なんだ。それは農作物の大不作だったり海が荒れグラス嵐のサイクロンが発生したりと大概は災害なのだが…魔素が大発生し魔物の異常発生って俺達にはとても面倒臭い例もある。
「にしてもこの魔石はいいね旦那…3つほど、うんや…上手くすれば4つほどエンチャント付けれそうですぜ…どうしやすか?」
グリスの言う上手くすれば…は確定と同意義なのだ。こいつはたまに自分の言う言葉に保険をかけやがる。あとどんな魔石でもひとつは必ずエンチャントできる。4つ付くというのは本当に稀で希少価値が高い。そのまま売っても金500ギルダにはなるだろう…。
「そう言えば旦那のバルザックにはもう一つ魔石口がありましたね?どうです?スキル向上か新しいスキルか何がエンチャントしますかい?」
魔法具と呼ばれる武具や魔装飾品には必ず魔石を埋め込む魔石口がある。俺のバルザックにはロイ家の紋章が施されてありその合間に6つの魔石口がある。魔法具にもよるが魔石口があるからと言ってなんでも埋め込めれば良いってことぢゃないのだ。強い魔石を埋め込むと魔法具がもたないのだ。耐久しきれず粉々になる事などざらにある。ちなみにファツのヴィータは魔石特化の武器で右左で8個の魔石口がある。あいつはそこにこれもまた希少価値の高い紫の魔石をびっちり埋め込んでやがる。エンチャントスキルなどは教えてはくれなかった。ただ一つ能力最大向上の鬼神化だけは教えてくれたが…戦い方やその姿をみりゃ八百屋の小僧だってわかるスキルさ。
「4つか……3つにしてひとつを倍かけするってのも手だな。どうだい?うちのバルザック君は耐えきれそうかい?」
――バルザックの紋章を軽く撫でながらグリスを見ると何を言ってるんですか?と言わんばかりにまんまるの目を見開いて
「旦那このバルザックは7大英雄が使う武器同等か神塔に眠る秘宝具達に引けをとらない武具ですぜ?今埋め込んである魔石を倍掛けしてさらにこの魔石を埋め込んでもへっちゃらでしょうや」
―――確かにバルザックはザクロスの盾と共鳴し合う盾に認められた魔法の槍の一つだ。
「へ〜とてもたいそうなモノだったんだなうちのバルザックちゃんは」
親父めよくそんなものをポイッと俺に渡したもんだな…。と少し苦虫を潰した親父の顔を思い出すようにグリスにこう言った。
「少し考えるよ…うちのお坊ちゃんの槍にもまだ魔石口が残ってた気がするから、もしうちのガキがこの魔石を持って来た時はよろしく頼むよ。金はおいてくぜ」
――と加工代金を先払いしておくと、そうそう忘れるとこだったサーシャの土産の装飾品を頼むんだった。
「グリスこの黒の尻尾でサーシャに似合うもの作れるかい?」
バッグから尻尾の素材をとりだし渡すとまたあの棒で軽く叩いた。キーーーーンと俺でもはっきり聞こえる透き通った音が作業部屋に響いた。
「旦那これも中々いいね。やはり黒の素材はどれも希少品だね。良い魔法装飾になるよ。口はいくつ作れるかな……うん3つだな。おそらく3つが限界だろう」
素材を2度3度と確かめるように言いながら
「装飾のデザインはどうするんです?旦那またお任せですかい?たまにゃバスターの旦那がデザインしても良いと思いますがねぇ。」
大きなお世話だぜ…まったく。俺の絵心の無さを知ってて言いやがる。だがたまにはやってみるかと思ったところ…
「あっいやいや旦那…この素材でやるのは勘弁ですぜ。旦那にゃもったいねぇですよ。あっしが流行りのやつ作っておきますわ」
一回殺すか?なんて少し殺気はなったらグリスはそれに気がついたのだろう苦笑いしながら代金まけときますぜ…なんて言ってさらに奥の作業部屋へと消えて言った。
「それぢゃ頼んだぜグリス!出来たらルモアに送っておいてくれ」
これでお土産は片付いた。俺は酒場サウザンロードへ道を急いだ。途中見慣れない三角黒頭巾の怪しげな連中に気がついたがパースと言う街はそんな連中がうろつく街だからさほど気にはしなかった。
―――マーメイドの木彫りの看板が風で揺れている。入口には大概用心棒がてらの大男が2人〜3人とたむろしてるのだが今日はいないな。はは〜ん。ローラ様の出勤ですかね?その予感は見事的中するのだがこの店でローラは女将さんと呼ぶのが俺たちの中で決められている。前にファツが口を滑らせて女王陛下と言い切る前にまたファツは忽然と消えるのだが、それほどの事なのだ。そして、何度も忽然と消えるファツはこの酒場では魔法使いと密かに囁かれている。
―――ガラン♪ガラン♪
どこの牛が付けるんだと不思議に思うほどのデカいカウベルがドアを開けると同時に店の外と店内に鳴り響き威勢よく入ると
「いらっしゃいませ〜!」
と相変わらず俺達には鋭い目つきのメイドがお迎えの言葉を吐き捨てるように言うと奥から案の定ローラがニヤニヤした顔でこっちに来いと言わんばかりでアゴで指図した。
「はいはい…今そちらに行きますよ。」
いいのかねぇ女王陛下様と言う方があんなヘラ顔なんかしてと、言いたいところだが俺は魔法使いと言われたくないからな…我慢をした。
―――女王陛下の素顔を知っている客は少ない。この店に通う中で知っているのはごく数人だ。なぜなら普段城に居るのは影武者だからだ。何かしらの国事で謁見した奴らでさえ影武者と謁見してるのだから手はこんでいる。それほど女王陛下の周りは物騒なのだ。
ならこんな酒場に居なきゃいいだろうに。と思うのだがこの酒場のある意味はとても重要な事らしい
が……俺にはたんなる暇つぶししか見えんよ陛下。
ローラの前に腰をかけると同時に―――ガラン♪ガラン♪
入口を見るとファツが入って来た。メイドの1人がファツに駆け寄る。名前はなんて言ったか……サマンサだっけ?年齢不詳だが若作りしてるところを見るといい歳なんだろ。もしかしたら…俺より上なのでは?もはやファツは所構わずのなんでもありだ。
ファツに手でこまねきをすると真っ直ぐこちらへ来て隣に座った。
ローラはファツが座るなり
「やあお二人さん久しぶりだね〜うちの名物焼きたてのチェリーパイ食べるかい?」
そう言うとファツに腕を捕まれついてきたサマンサが緊張した顔をしその場からそそくさと去っていった。そうだこの言葉の掛け合いは俺達の暗号なのだ。
「お〜おかみさんの手作りパイか〜!久しぶりにもらおうかね。ゆっくり食べたいしファツと仕事の話しもあるから奥の部屋使うぜ。なぁファツ行こうか」
と魔法の防壁のかかった部屋へと入って行く。しばらく経つとローラが本当に美味いパイを持って現れた。そして入ると同時にファツを見ながら
「ファツ…サマンサを泣かしたらあんた10日ぢゃ済まないよ。ここのメイド達はねあたいの娘みたいなもんなんだ。わかってるね?」
目を丸くさせたあと俺を見ながらなんでバレてるのって顔をしてる。
「おいおいちょっと待て待て!俺はなんも言ってねーぜ?ていうかどう見たってお前達を見てりゃバレバレだろうよ」
泳いだ目を元に戻しあきらめと覚悟をした顔でファツは言った。
「陛下、俺はサマンサと結婚する気だ。今回の旅で得た黒の素材で今指輪とブレスレットを作って貰ってる。プロポーズもする。渡す時にするつもりだ。俺は本気だよ。」
ローラは少しうなずくとファツのおでこを指で跳ねながら陛下は余計だよとファツに言っていた。
なんだかんだで多分嬉しいのだろう。
「ちょっとお待ちよ今黒の素材って言ったかい?」
さすが女王陛下様災いとかに敏感なのだろう。食いつくように俺を見ながら
「バスターどう言う事だい?説明をしっ。」
「そうなんだその事について俺も話したかったのさ。王宮の占い師や予言者いるだろう?ここ最近変わったことなかったかい?女将さん」
俺はこういう所でしっかり女将さんと言う良い子ちゃんを演じるのさ。
「そうさね変わったこと……。今のところ何もないようだが…」
ローラは目で表の店内を目配せしながら
「それよりも気がついたかい?店の奥の窓側に座っていた頭巾の3人組」
それなら店に入った瞬間に敵意に似たオーラを感じていたから分かっていた。
「ああ…分かっていたぜ。確か街にも何人か居たぜ、あれはどう見てもただの冒険者でもねーだろ」
やっぱりって顔をローラはしながら
「あの男たちはゼビアス帝国の諜報員なんだ。ここのところおかしな事と言えばあいつらがハーパーをうろついてるってことさね。」
ゼビアス帝国と言えば軍事国家で西側の大陸の国や魔族とよく戦争をしている。
「確か今ゼビアスは戦争してないよなファツ?」
ファツも元諜報部員だがそれよりもファツの実の兄ボッツは、現役のカールトン国第1諜報部の隊長なのだ。
「ああ…そんな話しは噂でも聞いた事ないぜ。めんどくせぇな…なんなら今取っ捕まえてここで吐かせりゃいいぢゃねーか?」
あ……やっぱりこいつはアホだ。
ローラも同じ事を思ったのだろう深くためいきをつくと
「黒のグラスドラゴンといいゼアスの不穏な動きと言い気にはなるが今のところ大きな動きはないからね…様子を見ておこうか」
そう言うと指をパチンと鳴らした。こちらを伺ってていたのだろか?すぐさまサマンサが入ってきて女将と少し話したあと部屋を出ようとする。するとローラがサマンサに
「ファツがなんか良いことがあったらしいよ!サマンサ!良かったね〜おごっでもらいな!」
ファツが苦虫を噛み潰したような顔をしてた。
―――今晩は宿に泊まって明日家に帰ろう。その後はオアシスの街クーランだ。ショーンの嫌味もいい加減あきあきなんだが…
――薄暗くなった宿への道を俺はゆっくり歩いて行った。
―――第2話―――
オアシスの街と風の塔
つづくm(_ _;)m