「BLを志すなら『饗宴』と『パイドロス』は必読だろうが!」
ということで、続きというか本題ですね。
そうそう。問題はリンゴなんですけど……どこから話せばいいかしら?
えーっと……あ、そうそう。はじまりは漫研の部長から変な哲学書をわたされたところからなんですけど――、
あ、いえ、哲学書って言ってもどっちかって言うと劇の台本? みたいな? 登場人物たちが延々とお喋りをしているような本なんですけど――、
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「BLを志すなら『饗宴』と『パイドロス』は必読だろうが!」
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って感じで部長に渡されたんですけど、こっちはそのへんぜんぜん分かんないじゃないですか?
だから、『?』って頭で読み始めることになったんですけど、これがまあ、たしかに必読書だったワケですよ。
だってですね、どちらも“愛”についての本なんですけど登場人物が男しかいなくって――、
そうそうそうそう、古代ギリシャの同性愛? 少年愛? が背景にあるお話で、まーそりゃ色んなタイプの殿方が登場しては“愛”について、“同性への愛”について熱く語るワケなんですよ!! もー、わたし一瞬ネームに起こしかけましたからね。
そうそうそうそう。それがですね、飲み会の最後に美少年が乱入して来るんですけどね、その美少年がですね、むかし付き合って……はいないのかな? 誘惑したけどソデにされたんだったかな? な男のひとに対しての愛を、たぶんそんなこと語るつもりはなかったんでしょうけど、ただただ“愛”について話すうちに、我知らずのうちに、そのひとへの愛を吐露して行くかたちになっててですね、もうもうもうもう萌えちゃって萌えちゃって。
で、で、で、で、しかも! この愛を告白されてるほうの男ってのが、こう、どっちかっていうとブチャイクな? あんまイケてない? しかもオジさんってんですから、もうもうもうもう、わたしの萌えポイント押しまくりなワケですよ!
これさー、絶対美少年のほうを左と見せ掛けておいて実際はオジさまの誘…………って、ゴメンなさい。ひょっとして引いちゃってたりします? 大丈夫?
大丈夫? あーよか……大丈夫は大丈夫だけど本題はいつ始まるのか?
あ、まー、そうですよね、確かに。……なんかすみません。ついつい……。
で!
えーっと、あれ? なんの話でしたっけ?――ああ、そうそう。
それで、まあその古代ギリシャだかどっかだかのBL? 同性愛? 少年愛? とかの資料としてはたいへんけっこうお世話になった本だったんですけど、なんて言うか、ちょっと腑に落ちない部分もあったんですね。
で、その“腑に落ちない部分”がなんなのか自分でもよく分からなくて。
で、そのモヤッとした頭のままバレンタインのチョコケーキを焼いてたんですけど――、
え? あ、やだ、さっき話したおんな友だちとふたりで食べる用ですよお。
え? あ、はい、すみません。ふたりとも彼氏とかは影も形もないもんで…………、
で! (おお、復活した。えらいぞ、わたし)
で、ですね、本題に戻るとですね、わたし、お家でお料理するときはスマホでユーチューブ流しっぱなしにするタイプなんですよ。――そうそう。レシピホルダーつかって。
で、ユーチューブ流しっぱなしにしてたんですけど、なんかのはずみで、ほら、ヨーローせんせい? ってやたら虫に詳しい先生いるじゃないですか?――そうそう、そのひと。
そのひとの講演? インタビュー? かなんかの動画がながれて来ちゃって、変えようかどうしようか悩んだんですけど、ほら、チョコとココアと薄力粉まみれだったんですよね、両手とも。
なので、だからそのままなんの気なしに流して聞いてたんですね、その動画を。
すると! その先生の話してくれている内容ってのがまさにわたしのモヤモヤを解消してくれるような内容で――、
ってことで、やっとここからが本題になるんですけど…………うまく話せるかな?
まいっか。
じゃあとりあえず、その時その先生が話していた内容を、わたしなりに整理と解釈をしながら話してみますんで、すみませんけど、わかりにくかったらまた言ってくださいね。
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えっと……、うん。じゃあはじめますね。
そしたらですね、まずは、ほら、中学のときに英語で『りんごの話』ってするじゃないですか?――分かんない?
えーーっと、ほら『the apple』と『an apple』のちがいってヤツ。
そうそう、それそれ、その『定冠詞』と『不定冠詞』ってヤツ。
でもアレって、英語ならい始めたばかりの中学生に言っても意味わかんないじゃないですか? こちとら頭のわるさには定評あるワケですし。
しかもウチの学校のミケランジェロ――あ、英語の先生のあだ名なんですけど――そのミケランジェロったら――、
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「『the apple』は感覚で捉えたリンゴで、これが『定冠詞』。『an apple』は概念としてのリンゴ、つまり頭の中のイメージとしてのリンゴで、これが『不定冠詞』です」
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みたいなこと得意顔で言っちゃって、クラスのみんな頭のうえ『?』マークだらけだったんですよ、ほら、みんな頭のわるさには定評あったからですね。
で、仕方ないから、ほかにもうひとり英語に詳しい先生がいて――あ、このひとは音楽の先生だったんですけどね――その先生に放課後話を聞きに言ったんですよ。すると――、
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「あー、えーっと、その、それは……、例えば。いま、目の前にリンゴあったとするじゃない? 目の前じゃなくてもいいんだけど、どっかそこらへんの木に生っているリンゴとか、どっかのスーパーに並んでいるリンゴとか、そう云う具体的に分かるリンゴってのが『the apple』よ」
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って言ってくれたんですね。
これなら分かりやすいでしょ?
自分が手にしたり、食べたり、くちびる寄せたりすることの出来る『あのリンゴ』のことですもんね、すっごいわかりやすい。
なんだけど、この先生でも『an apple』になると途端に歯切れがわるくなって――、
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「えっと……、うーん? 難しいわね。例えばそれは……どこのどれでもないリンゴ、だけどみんなが知っている、あなたたちがいま頭の中で想い描いているあのリンゴ。――、そのリンゴが『an apple』よ」
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みたいな? 意味わかります?
なんかこう、どうにもこうにもモヤモヤっとしてて、つかみどころのない感じの説明しかしてくれなかったワケですよ。
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「どこのどれかは知らないけれど、誰もがみんな知っている?」
「そうそう」
「ごめん先生、それって一体なんのこと?」
*
(続く)